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急襲の大蛇


「さっき言ったじゃないか。死にたくないって」

「言い……ましたけど」

「なら話は簡単だ。その元凶を取り除けばいい」


 シーサーペントを倒せばいい。


「俺は元々そのつもりだったんだ。ちょうどいい」

「でも、私は贄で……倒すだなんて」

「どうせ、死ぬしかないならその直前まで抗ってやればいいじゃないか。足掻いて、足掻いて、足掻いて、死ぬほど手こずらせてやるんだ」

「足掻く……」


 なにも大人しく喰われてやることはない。


「……私がそうすることで怒りが鎮まらなくなるかも知れません。そうなったら皆が……」

「もしそうなったら一緒に喰われてやるよ」

「なっ――」


 セリアの表情がまた驚きに染まる。


「こう見えてかなり魔力を蓄えてる。いわば極上の贄だ。俺を喰えばどんな怒りも鎮まるさ」

「たしかに……それなら――でも、そんな……あなたまで」

「どうせ勝てずに負けたら喰われちまうんだ。気にするな」


 水中はシーサーペントの土俵だ。

 人魚のセリアならまだしも、俺はまず逃げ切れない。

 サラマンダーの時のようにはいかないだろう。

 負けが死に等しい戦いに挑むことになる。


「……やはり、いけません。自分が助かりたいがために、皆を危険に晒すなんて」


 たしかに俺を喰って怒りが鎮まる確証はない。

 俺たちの必死の抵抗が人魚を滅ぼすかも知れない。


「じゃあ、こうは考えられないか?」


 発想の転換だ。


「自分が助かるためじゃない。この先、人魚たちが贄にならなくて済むように戦うんだって」

「贄にならなくて済むように……」


 シーサーペントがいなくなれば贄は必要なくなる。

 すべてを押しつけられた誰かが、喰われて死ぬこともなくなる。

 この悪しき風習を断ち切れる。


「……おせ、ますか」


 セリアは声を振り絞るように言葉を紡ぐ。


「倒せ、ますかっ……シーサーペントをっ」


 その瞳には微かな希望が宿っていた。

 もう自らの死を受け入れてはいない。

 生きたいと願っている。

 諦めてはいなかった。


「――あぁ、絶対に倒してみせる」


 いまはただ強い言葉だけを口にする。

 絶対なんてないことはわかっている。

 だが、それでも断言した。

 必ずやシーサーペントを倒すのだと魂に刻むために。


「行こう」

「はい」


 差し出した手をセリアは掴んだ。

 このことは誰にも話せない。

 話せば止められる。

 悪い魔物にそそのかされたのだと、阻止されるのは目に見えていた。

 だから俺たちはこっそりと牢屋から抜け出した。


「――ネクロマンサー……ですか」


 シーサーペントの元へと向かう道中にて。

 俺たちは互いの話をした。

 自身の現状を誰かに話したのは初めてのことだ。

 すこしだけ気持ちが楽になれたような気がした。


「戻れるといいですね、人間に」

「あぁ。人間に戻ったら、また会いにくるよ」

「ふふっ、楽しみにしてますね」


 あるかないかもわからない未来を語る。

 それでも笑みを浮かべられるのは、この先があると信じているからだ。


「しかし、セリアは族長の妹だったのか」


 あの兄が人魚たちの長という訳か。

 その割には若く見えていたが。

 まぁ、人魚の成長が人のそれと同じかどうかはわからないけど。


「歳はいくつなんだ?」

「私ですか? 十六歳になりますけど」

「十六か……」


 この分だと兄のほうも二十歳前後くらいか?

 やはり族長をやる年齢としては若すぎるな。


「それがどうかしたんですか?」

「いや。あー……俺と歳が近いんだなと思って」


 咄嗟に、そう誤魔化した。

 俺が踏み込むようなことでもないと思ったからだ。


「そうなんですか? 意外ですね。いえ、具体的な年齢が浮かんでいた訳ではないのですが」

「はっはー。いまの俺には骨しかないからな」


 骨から年齢を言い当てるのは難しいだろう。

 でも、実年齢を言えば俺も七十近くってことになるのか。

 精神年齢はまだまだ十代のそれだけど。

 冷凍睡眠装置が五十年近く動いていたから肉体年齢も十代でいいはず。

 復活したらお爺ちゃんでした、なんてことにはならずに済みそうだ。


「――つきました。ここです」


 水底を進むことしばらく、セリアは立ち止まってそう告げた。

 視線の先には祭壇のように装飾された四角い岩が置かれている。

 あの場所で何人もの人魚がシーサーペントに喰われたのだろう。


「……実は何世代か前、まだ世界が分かたれていた頃に、シーサーペントを討伐しようとしたことがあるらしいんです」


 地球と異世界が繋がる前からの話か。

 随分と長い因縁だ。


「……それで、結果は?」

「その代の精鋭を集めて挑んだらしいのですが、全滅だったと伝え聞いています。それどころか……」

「怒り狂って、か」

「はい。海流を操ることで嵐を起こし、三日三晩怒り狂ったようです」


 嵐を起こす海の蛇。

 怒り狂うその姿は人魚に畏怖を刻み込んだ。

 それは今の代まで根深く続いている。


「それ以降のことです。シーサーペントに贄を捧げるようになったのは」

「まるで神話だな」


 神に触れ、神を怒らせ、贄を捧げて怒りを鎮める。

 また怒り出さないように接触を禁じ、抗うことを止め、贄を捧げ続けた。


「でも、それも今日で終わる。終わりにする」

「はい。その通りです」


 そう決意を新たにし、祭壇へと近づいていく。

 水底は異様なほど静けさに満ちていた。

 周囲に魔物の姿が一つもなく、誘魚珊瑚だけが空しく光っている。


「可笑しい、ですね」


 その様子に対してセリアは訝しむ。


「いつもなら、もっと生き物がたくさんいるのに」


 いるはずの生物がいなくなっている。


「たしかに……妙だな」


 誘魚珊瑚が光っているのは生きている証。

 生きられているのは寄生性の天敵を魔物に捕食させているからだ。

 だが、その捕食者にあたる小型の魔物がいない。

 元々ここにいなかったのではなく、どこかへといなくなった。

 なら、その原因はいったいなんだ?


「――まさか」


 すでにシーサーペントがどこかに潜んでいる。


「セリア、周囲を警戒しろっ!」

「は、はいっ!」


 圧倒的な捕食者を前に逃げ出した。

 そう考えれば、この異様な静けさにも説明がつく。


「どこに……いる?」


 だが、いったいどこに?

 あれだけ巨大な蛇を見落とすことなどあり得るのか?

 そう思いはすれど周囲にシーサーペントの姿は見つからない。


「見える範囲にいないなら」


 残りは死角だけ。

 頭上で身を隠すことは物理的にあり得ない。

 なら。


「……下」


 その予想は的中する。

 俺が足下に視線を降ろした瞬間、巨大な瞳と目があった。


「――セリアっ!」

「きゃっ――」


 咄嗟にセリアを突き飛ばした。

 それと時を同じくして、地面に潜んでいたシーサーペントが獲物を喰らう。

 勢いよく飛びだし、真上にいた俺へと牙を突き立てた。


「――ぐっ、このっ!」


 辛うじてジャックフロスト・ボディが牙を受け止める。

 だが、その咬合力は凄まじく、この剛力を持ってしても耐えるのが精一杯。

 噛み砕かれないように持ちこたえるが、骨の節々が悲鳴を上げ始めていた。


「透さんっ!」


 うねるシーサーペントにセリアが追いつく。

 流石は人魚とだけあって速度では勝っているみたいだ。


「いま助けますっ!」


 セリアは泳ぎながら魔法の矢を番えて放つ。

 その射撃にはすこしの狂いもなく。

 シーサーペントの片目を見事に射抜いた。


「シャァァァアアアアアアアアアァァアアアアッ!」


 目を射抜かれたことにより、シーサーペントは悲鳴を上げる。

 怯み、混乱し、微かに咬合力が弱まるのを感じて反撃の好機を見いだした。

 即座に押さえていた上下の牙に、両手から冷気の魔力を流し込む。

 そして。


「一生、物が喰えなくしてやる」


 一気に魔氷として牙のすべてを凍結させた。

 瞬間的に凍り付いたことで筋肉の動きや血の流れすらも停止させる。

 それによって生じる負傷と痛みは想像をはるかに超えるもの。

 シーサーペントは更に悲鳴を上げ、あまりの痛みにのたうち回る。


「いまのうちにっ」


 狂ったように暴れる隙をついて口腔から脱出をはかる。

 凍てついた足場を蹴って水中を進み、なんとか水底まで逃げおおせた。


「無事ですかっ!?」


 水底に足をつけると、すぐにセリアが来てくれた。


「あぁ、なんとかな。さっきは助かった」


 そう礼を言いつつ、シーサーペントを見据えた。

 暴れに暴れ、周囲の岩や地面にぶつかっては破壊の限りを尽くしている。

 あれくらいじゃ、まだ死なない。

 決定的な致命傷を与えなければ死んではくれない。


「セリア。すこしだけ時間を稼いでくれるか?」


 そう言いながら手元に白銀刀を構築する。


「なにか手が?」

「あぁ、うまく行けば倒せるかも知れない。でも、すこしだけ時間がかかる。その間、俺は無防備だ。頼めるか?」

「……わかりました。その役目、きちんと務めてみせます」


 心強い言葉を添えて了承してくれた。

 そして怯むことなくシーサーペントへとセリアは単身で向かう。

 その小さな背中を見つめ、俺は白銀刀に魔力を込め始めた。


「こっちですっ!」


 セリアは目にも止まらぬ高速で水中を移動して魔法の矢を放つ。

 その速さはシーサーペントとて容易に捕らえられるものではない。

 迫りくる攻撃を紙一重で躱し、セリアは反撃の魔法を連射している。

 いくつもの矢が深緑の鱗を砕いては、その長い胴体へと突き刺さっていく。

 だが、そのどれもが決め手にはなり得ない。


「――くっ」


 無数の矢で射抜いても、シーサーペントが倒れることはないだろう。

 それが人魚が敵わなかった理由だ。

 速度で上回っていても人魚は有効打を持っていない。

 それゆえに、じょじょに追い詰められて最後には負けてしまう。

 だから、その有効打は俺が代わりに用意しよう。

 白銀刀に魔力は貯まった。


「セリアっ! 戻ってこい!」


 そう叫び、白銀刀を構える。

 それを聞いたセリアが反転してこちらへと戻ってきた。


「どうする気ですかっ!」

「いいから離れてろっ!」


 セリアを追ってシーサーペントがこちらに来る。

 大口を開け、すべてを飲み込まんとする口腔が迫った。

 だが、俺は待ち構ええてギリギリまで引き寄せる。

 そして。


「――」


 コボルトの脚力と、ジャックフロストの豪腕。

 この二つを合わせれば、俺はシーサーペントの速度を一瞬だけ上回れる。

 瞬間的な加速。

 それによって俺は横方向への回避を成功させた。

 同時に、がら空きとなった長い胴体を見据える。

 この位置からなら、シーサーペントは避けられない。


「ここだっ」


 再度、水底を蹴る。

 白銀の刃は深緑の鱗を斬り裂いて、その内側へと食い込んだ。

 刀身が完全に埋まり、深々と突き刺さる。

 けれど、これだけでは決定打にはならない。

 次の一手が勝敗を決める。

 刀身に貯め込んだ大量の魔力を全解放し、シーサーペントへ送り込んだ。


「凍り付けっ!」


 冷気の魔力が止めどなく溢れて全身を駆け巡る。

 血流に乗って隅々まで行き届き、すべてを凍てつかせる。

 鱗も、骨も、肉も、内臓も、等しく凍っていく。

 それは生命活動を終わりを意味し、数秒とかからず末端にある脳にまで届く。


「シャァアアア……ァァァアア……」


 死が駆け上ってくる感覚にシーサーペントは断末魔の叫びを上げた。

 か細いそれはすぐに途切れ、ついに肉体のすべてが凍てついた。

 その命はいまこの時をもって永遠に停止する。


「勝った……んですか?」


 呆然としながらもセリアは問う。


「あぁ、勝ったんだ」


 それに答えると、実感がこみ上げてきたようで。


「やったー!」


 勢いあまってセリアは俺に抱きついてきた。


「お、おいおい」

「よかった……よかったです。本当に」


 でも、まぁ、それもしようがないのかも知れない。

 死の定めから解放された。

 命が助かった。

 そう思えば思うほど溢れ出す感情は止められない。

 そういうものなんだと思う。


「にしても……」


 抱き締めたまま離さないセリアから、シーサーペントの死体へと視線は移る。

 倒せたのはよかった。

 ジャックフロストの特性が有利に働いた結果だろう。

 だが、だからこそ、引っかかる。

 あまりにも。

 そう、あまりにも、だ。

 簡単すぎる。

 呆気なさ過ぎる。

 理由のない不安がこの胸について離れない。

 そう思った直後のことだった。


「――シャァアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアッ!」


 聞こえるはずのない咆吼が轟いたのは。

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新作を始めました。こちらからどうぞ。魔法学園の隠れスピードスターを生徒たちは誰も知らない
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