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未来の世界


「それではこれよりコールドスリープに入ります。よろしいですね? 音無透おとなしとおるさん」

「はい」


 そう返事をすると、白衣を着た医師は機械を操作する。

 カプセル型の冷凍睡眠装置。

 それは微かな音と振動を伴い、棺桶のように俺を外界から切り離した。


「リラックスしてくださいね」


 医師の声がこもって聞こえ、装置が作動する。

 意識が遠くなり、ひんやりとした冷気が身体を包む。

 このまま意識を手放せば、次ぎに目覚めるのは数十年後。

 世界はどう変わっているだろう?

 技術はどれほど進歩する?

 行きつけのラーメン屋は、まだ営業しているだろうか?

 そして、この不治の病を治せる時代が、来ているだろうか?

 意識が、遠く遠くなる。


「数十年後まで、ごきげんよう」


 ぷつりと意識が途切れる。

 そして、俺の肉体と魂は長い時を過ごした。

 けれど、体感にしてみれば一瞬の出来事に過ぎない。

 瞬きほどの刹那が過ぎて、俺の意識は覚醒した。


「――ん、んんんっ」


 目が覚める。

 ぼやけた視界がすこしずつ輪郭を帯びていく。


「本当に……一瞬だったな」


 数十年も経ったのか、疑わしいほどだ。


「えーっと……内側から開けられるん……だよな」


 すこし視線を彷徨わせると、取っ手を見つけた。

 それに手を伸ばし、装置から出ようとしたところ。


「――は?」


 信じられないものを見た。


「な……え?」


 言葉がうまく出てこない。

 あまりのことで、思考が追いつかない。

 なぜなら、俺の右手が骨になっていたからだ。

 肉も爪もない、露出した骨が無機質に動いている。


「はっ――はっ――」


 理解が追いつき、現状を理解する。

 そして。


「アアァアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアッ!」


 絶叫しながら、装置をこじ開けた。


「なん――だよ、これっ」


 起き上がり、自分の両手を見る。

 何度見ても、骨だ。

 肉がそげ落ち、骨だけになっている。


「腕もっ、身体もっ!」


 恐る恐る、骨になった両手で顔に触れる。

 それは無慈悲なほどに、酷くかたい感触がした。


「顔も……」


 信じがたい現実にどうしていいのか、わからなくなる。


「どうして、こんな……」


 目が覚めたら、この不治の病を治療するはずだった。

 生きて人生を謳歌するはずだった。

 なのに、どうしてこんな骸骨に。


「――人間からスケルトンへの正常変異に成功しました」


 混乱する頭で必死に考えていると、不意に誰かの声がする。


「誰だっ!」


 周囲を見渡して見ても人影はない。

 というよりかは、人が住めるような環境ではない。


「なんだ、ここ」


 まるで洞窟の中だ。

 地下に空いた空洞のように見える。


「病院に、いたはずなのに」


 病院、病室の面影はない。


「――地殻変動により四十八年前に存在していた白波病院から大幅なズレが生じています」

「また、この声」


 だが、やはり人影はない。


「いったい、誰なんだ」

「――私は、真実を司る精霊です」

「せい……れい?」


 なにを、言っている?


「――私は自らが観測した真実を、他者へ告げるためだけに存在します」

「真実……」


 この酷く機械的な音声の言うことが本当だと仮定するなら。

 俺の身になにが起こったのか、わかるかも知れない。

 すごく馬鹿げた話だけれど、試してみるか。


「なら、教えてくれ。俺の身に、いったいなにが起こったんだ?」

「――スケルトンへと変異しました」


 そう言われてもな。


「あー……悪いけど、もうちょっと噛み砕いてくれない?」

「――情報の整理、修正を開始」


 自称、精霊の声はそうして次の言葉を紡ぐ。


「――現在より約四十八年前。この星である地球と、次元の彼方に存在していた異世界が繋がりを持ちました」

「異世界……だって?」

「――地球と異世界は互いを破壊しながら融合し、一つとなりました」

「待て待て待てっ、情報量が多すぎる!」


 異世界、異世界だって?

 次元の向こう側に存在していて、それがこの地球と繋がった?

 正直、頭が可笑しくなりそうだ。


「……つまり、あれか? 地球にないはずのものが大量に現れたってこと?」

「――その認識で問題ありません」


 問題ないことなんてないが。


「――そのうちの一つが、このダンジョンと呼ばれる迷宮です」

「たしか、地殻変動がどうのって言ってたけど」

「――はい。ダンジョンは周囲にあるものを無差別に取り込むことで構築されています。これがあなたの現在地が大幅にズレている理由です」

「はっ」


 異世界。

 ダンジョン。

 そして、スケルトン。

 まるで御伽噺だ。


「人間からスケルトンに変異したって言ってたけど、それも異世界に関係があるのか?」

「――はい。ダンジョン内で死亡した人間は、時間の経過とともに魔物へと変異します」

「俺はもう人間じゃないってことか」


 まぁ、こんな骨格だけになってしまったんだ。

 人間として、生きているとは言えない。

 寧ろ、これでよく物事が考えられているものだ。


「そうか。そうやって死んだのか」

「――ダンジョンの精製時に取り込まれたことにより、冷凍睡眠装置への電力供給が停止。内部バッテリーによって四十七年と二百五十日間、稼働。電力切れによる強制終了により安全装置に不具合が発生。あなたは目覚めることなく死亡し、時間経過によって肉体が腐敗――」

「言わなくていいから」


 自分の末路なんて、想像しただけでも怖気が立つ。

 立つ毛が、もうないんだけれど。

 つるつるだ。

 どこがと言わず、全身が。


「とりあえず、事情はわかった」


 わからないことだらけだが、とにかくわかった。


「スケルトンねぇ」


 そういうモンスターが、ゲームにもいたっけ。

 たしか序盤のザコ敵で。

 変異するにしても、もっと強いのにしてくれればな。

 ドラゴンとか、そういう格好の良い奴がよかった。

 骨って。


「なぁ、人間に戻る方法とかないわけ?」


 まぁ、ないとは思うけれど。

 ダメ元で、そう聞いてみる。


「――一つだけあります」

「……マジかよ」


 あるのか。

 人間に戻る方法が。


「――魔物には魔力という力が備わっています」

「魔力……魔法を使うための?」

「――はい。魔力を消費することで魔法を顕現させることができます」


 魔力、魔法。


「なら、その魔法で人間に戻れるのか?」

「――正確には、生き返ることが出来ます」


 生き返る。


「――死霊魔術ネクロマンシー。あなたがネクロマンサーとなり自身を蘇生する。これが唯一の方法です」


 ネクロマンサーとなって、死んだ自分を生き返らせる。

 そうすればスケルトンから、人間になることができる。

 本当なら、真実なら、それは希望だ。


「どうすれば成れるんだっ!? そのネクロマンサーには!」

「――残念ながら現在のあなたでは不可能です」

「は?」


 不可能って。


「――スケルトンの潜在魔力は非常に微量です。現状、どの魔法も使用は叶いません」

「……じゃあ、どうしろって言うんだよ」


 せっかく希望を見つけたって言うのに。

 スケルトンのままでは不可能なんて。


「――ほかの魔物を倒してください」

「魔物を倒す?」

「――ほかの魔物を倒し、喰らうことで潜在魔力が増加します」


 ほかの魔物を喰えば、魔力が手に入る。

 魔力が手に入れば、魔法が使える。

 魔法が使えれば、ネクロマンサーになれる。


「本当……なんだな?」

「――私は真実を司る者。嘘を申しません」


 希望は、たしかにそこに存在した。

 その前には険しい道が広がっている。

 だが、そうだとしても俺はこの希望に縋るしかない。

 必ず、必ずや、人間に戻ってみせる。

 そのためならほかの魔物だって喰らってやろう。


「わかった。俺はやるぞ」


 立ち上がり、装置から出て地に足を付ける。

 歩行に問題はない。

 骨だけの身体でも自由に動く。


「絶対に、生き返ってやる!」


 こうして俺のスケルトン生活が幕を開けた。

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