会わないのも憂鬱
トモダチになった後のことが、ふっと浮かんできました。
前作と主人公が入れ替わり、その分、出てくるコロボックルも増えてしまいました。
「何でかなぁ」
狩りで集めてきた獲物の処理をしながら、トビー=トンビはため息とともにつぶやく。
「何が?」
狩りの相棒を務めて、今もいっしょに処理をしているワンコが顔をあげた。ワンコはヒイラギ一族だが、トンビとは従兄弟になる。コロボックルの中でも嗅覚や聴覚が鋭い方で、それが呼び名の由来だ。
今回の狩りは、冬に備えて防寒用の綿を集めてきた。そのままでは粗いので、更に細かく梳いて下処理をし、肌触りよく、使い易くするのだ。更に糸に紡いで布にもする(これはもっぱら女性陣の仕事)。
ワンコの問いかけに、トンビが「あれ?」というような顔をする。独り言を聞かれたことより、自分が独り言を言ったこと自体に気づいていなかったかのような顔だ。
「何が『何でかなぁ』なんだ?」
狩りの首尾は悪くなかったし、ため息をつくようなことなんかなかったろ?という気持ちがアリアリと浮かんだワンコの顔に、トンビは頬を掻いた。
「いや、美月がさー」
トンビの言葉に、ワンコは「そっちか」と思った。トンビのトモダチのことは、直接の面識はないが人柄は大体、把握している。味方といっても良いぐらいコロボックルのことは大事に思い、尊重してくれるが、それ以上に、自分からは踏み込まないようキッチリ一線を引いている。そして、それをトンビがもどかしく思っていることも。
「トールさんと会わせたのに、その後、全然、会わないんだよ」
美月とトールさんの対面は、トンビ一人の考えではない。世話役や相談役にも話を通して許可を得た、いわば国の方針に近い。もちろん、予めトールさんにも打診をしてOKをもらっている。
美月自身は知らないし、知ったら「相応しくない」と言い張るだろうが、コロボックル側は美月を味方候補と見なしている。だから、味方であるトールさんに紹介しようという話になった。トールさん自身が、既に美月を知っていたのは想定外だったが、これはこれで好感触だろうと思われた。
「トールさんは、どう言ってるのさ」
「最近、会えないから話してない」
「連絡係のハヤテに伝言頼んだ?」
「ハヤテにも会ってない。何だかつかまらなくて」
「じゃあ、美月さん一人の責任じゃないんじゃないか?」
「それはそうなんだけどさー」
不満そうなトンビの顔を見ながら、ワンコは首をひねる。
「トンビはトールさんと美月さん、どうなってほしいんだ?」
その言葉に、トンビは虚を衝かれたような顔をした。
「どうって……」
「もしかして、将来は、せいたかさんとママ先生みたいに結婚してほしいとか」
ワンコの言葉に、トンビは「えっ!?」と声を上げると、赤くなって狼狽している。
「二人を会わせるのに世話役も相談役も賛成したっていうのは、そういう可能性も考えてのことだろ? 違うの?」
「オレ……オレ、そこまでは考えてなかった」
トモダチになっても踏み込んでこない美月に、トンビはコロボックルのことが話せる人間の知り合いができれば、美月も気楽に自分たちのことを聞けるようになるのではないかと思っていたのだ。そうやって、いずれは味方になることをOKさせるのだと。そして、トールさんなら、知り合いになるのに何の問題もない。
だが、世話役たちがワンコが言ったようなことも考えていたとしたら。
「それで、全然反対されなかったのか……」
とはいえ、美月はもちろん、トールさんの気持ちもあるので、世話役たちの思惑はあくまで思惑でしかない。だが、何か心の中がもやもやとする。
(だったら、トールさんはどうして美月と会うのをOKしたんだろう)
美月に誰かを紹介するというアイデアを相談役に話し、候補者としてトールさんはどうかと言ったのはトンビ自身である。最終的にジャンケンで負けて連絡係にはならなかったが、トールさんとは子どもの頃から何度か会っていて、人となりを知っていたからだ。
アイデアが採用され、トールさんに対面の打診をしたのは世話役で、トンビが直接、頼んだわけではなかったが、アイデアも候補者も自分の考えが通った形だったので、それに気を良くして、トールさんがなぜOKしたのかまでは考えていなかった。
◇
「なぁに? 難しい顔して」
数日ぶりに訪れた美月の部屋で、トンビは黙りこくって座っていた。いっしょに晩ごはんを食べたら(美月が作ったものを食べられるだけ切り分ける。隠れ家は作らなかったが、食器類や簡単な寝具ぐらいは置いてある)、普段なら、最近あった出来事などを話し始めるのに、今日はだんまりである。
「ん~……」
晩ごはんは、いつも通りの量を食べたので、体調が悪いわけではなさそうだと思いつつ、美月はトンビの顔を眺める。と、トンビが目を合わせて、じっと見つめてきた。
「美月はさー、トールさんと会おうと思わない?」
「トールさん? トールさんなら、この前、うちの会社に仕事でいらして会ったけど?」
「えええええっ!?」
それほど驚くとはと、逆に美月の方がびっくりである。
「初めてお会いした時、うちの職場のパソコンがトールさんの会社のシステム使ってるってわかったでしょ。で、近いうちに更新する予定で、その下準備のためにって」
トールさんは技術畑の人で、普段はあまり納入先に来たりはしないらしいけど…と説明しながら、美月は驚愕の後は呆然としているトンビの様子を見て、心配になった。
「トビー?」
「それだけ?」
「それだけって?」
「仕事の後は?」
「え? うちでの仕事が終わったら、会社に戻られたけど」
「えー…」とひっくり返るトンビに、「いやいやいや、お互い、仕事中だからね?」とツッコむ美月。何なのよ、である。
が、ひっくり返ったままゴロゴロ転がるトンビを見て、美月は心配になる。
「トビー、トールさんと何かあったの?」
そう声をかけると、トンビは転がるのを止めて起き上がった。
「何にもないよ」
しかし、美月から返ってきたのは「何にもないって態度じゃないでしょ」という、じとっとした視線。心配そうな表情付き。
(こういう美月だから、味方になってくれたらと思ったんだよな)
気絶した自分を助けてくれた上に、何も聞かずに送ってくれ、トモダチになってほしいと言えば嬉し泣きまでして喜んで。そのくせ、自分からはコロボックルのことは聞いてこない。
何でそんなに頑固なんだろうと思うが、トンビを大事に思ってくれていることはよくわかる。
「ホントに、何にもないよ」と、トンビはニッと笑って言う。
「美月がトールさんと会ったのを、ぼくは全然、知らなかったから。トールさんとは最近、会ってなかったし」
自分を差し置いて、黙って二人で会っていたら……と思ったら、また心の中にもやっとしたものが広がった。
(やっぱり、トールさんに聞いてみなきゃ)
あと1回で終わらせる予定です。