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9 双子 ー煌明ー

 



 青蘭が寝付いたのを確認してから、煌明は起こさない様に側を離れ部屋を後にした。

 静かに廊下を歩いていると、音もなく煌明の背後に影が現れ、笑い含みに言った。


「遠慮せずに口付けの一つや二つして来たらよかったのに」

「お前が居るからしない訳ではない。紫鈴しーりん


 煌明は見もせず応じる。

 へぇ、という気配に、蕾にそんな事出来るか、とボソッと言った。


「蕾ねぇ」


 からかう様な口ぶりに煌明は嫌な顔をする。


「その蕾にどなたかが喰われると思う程の口付けをした様ですよ」


 煌明はピタッと歩みを止めた。

 紫鈴は構わずに前へ歩を進める。


「……本当に口付けだけと言っていたか?」

「ええ。その後、喉元をかぶりつかれて怖くなって起こしたと言っていましたね」

「お前……何故それを先に知らせない」


 怒気を孕んだ声に紫鈴は悪びれず言った。


「主の動揺が面白いからに決まってるじゃないですか」

「……」


 剣呑な気配を察し、紫鈴はするすると距離を取った。

 ジリジリと同じ距離を保ちながら圧を異常に高めていく二人の間に、戻りました、とまた一つ影が揺らいだ。


「あら、緑栄りょくえい。長かったわね」

「思いの外ここから距離があってね」


 片方が圧を解いてしまったので、煌明も仕方なく圧を解く。それを認めた後、緑栄はザッと臣下の礼を取った。


「主、ご報告いたします。紫鈴も一緒に」


 煌明は頷き、足早に自室に足を向けた。




 ****




 緑栄の報告はすでに青蘭から聞いた事とも重なっていたが、気になる点がいくつかあった。


「実の子のように育てていたのに、ある時から変わったと?」

「はい。青蘭が四、五歳の頃から周りにも養女だと公言して、厳しく躾けだした様です。その頃はよく家から諍いの声が絶えなかったそうですよ」

「青蘭と養父母がか?」

「いえ、養父母と養祖母とが。教育方針の転換について折り合わなかった様です」

「そうか」


 青蘭からよく話に出る祖母の事だろう。話ぶりからすると、祖母についていろいろな事を学んだらしい。

 複雑な家庭環境で育ったわりに、心根がぶれてない所をみると、祖母が慈しんで育てたのだろうと推測される。


「結局折り合いは付かなかった様で、それぞれの教育をそれぞれでしていたらしいです。相反する場面では青蘭の方で折り合いをつけた様ですね」


 二人の大人の間に入って双方をなだめていたのだろうか、あの小さな身体で。

 性根が優しい青蘭からすると辛かったかもしれないな、と煌明は眉をひそめる。


「青蘭が自分で決めた事には双方とも文句はなく引いた様ですから。その点から見ても、養父母は強権家ではなく、青蘭の為を思って躾けている感じでしたね。ただ度が過ぎると思われる場面は多々あった様ですが」

「親にまで敬語とかな」

「そうですね。……青蘭が話しましたか。随分と仲良くなった様ですね、主」

「そーなのよ、緑栄。あなたの居ない間に随分と」

「それはそれは」


 紫鈴の含む様な言い方に、二人同時にニソッと笑う。


「お前ら、同じ顔で笑うな」

「あら、失礼な。こんな美人の笑顔なんて見れませんわよ」

「誠に」


 煌明は双子を睨みつけて目で続けろ、と言った。


「その後はつつがなく暮らしていた様なのですが、一度だけ、養祖母が青蘭を連れて血相を変えて呪い師の所へ出かけた事があったそうです」

「呪い師? 医者ではなく?」

「おそらく医師はいないと思われます」

「かなり規模の小さい村ということか」


 頷いた緑栄に煌明はふむ、と顎に手を当てた。白陽国に医師はそう多くはない。主要な街には常駐しているが、村規模ではほとんど居ないに等しい。

 そのかわり呪い師がだいたいどこの村にもいる。薬の作れる呪い師は重宝されるのだ。


「その他突出するべき事は、十四になったらアッサリと青磁と共に娘を手離した事ですかね。手放した理由が昨年の飢饉で税が払えなくなった為奉公に出したとの事ですが、五年前の大飢饉の時は家畜を売ってでも税を払っていたとの話になので……おそらく、十四になったら手離すと決めていたのでしょう」


 だいたいの者が十三、四で家を出て奉公、もしくは丁稚に出る。そういった意味ではなんらおかしい事柄ではない。

 煌明はもう一つ気になっていた件を緑栄に尋ねた。


「青磁は、元々青蘭の家にあった物なのか?」


 緑栄も頷いて煌明をみるのだが、それが何とも言えません、とあまり良い顔をしなかった。


「あれほどの器、家に飾るなり、人に見せるなり自慢したと言う話が出て来そうなのですが、知人に見た者は無く、しかし青蘭が家を出る時には大事に箱を抱えていたとの事ですので、家からは持って出た様ですね」


 うーむ、と煌明再び口元に手を当てた。


「呪い師の元へ行ったというのが気になるわね」


 紫鈴は〝気〟を見る事が出来るので、その点が気になった。


 白陽国には神を祀るほこらがあり主に天地水火の四神を祀っている。健康や作物豊穣、一年の良など、日々の願いを祈る場が四神の祠とすると、呪い師はもう少し人間くさい。


 恋の成就や、貶めたい相手へのじゅ、失せ物のありかを当てる等々、ただ、薬師も兼ねているので、医者が居ない郷では重宝されている。熱が出た、腹が下ったと呪い師の元へ走っていくのはよくある事なのだか。


「青蘭のあの点が関係しているのかもしれないわ」

「変化はないのか?」


 紫鈴はふっと笑って、他のいろいろな変化はあるけれど、と注略をつけて、


「気の色は変わらないわ。

 黒子のような一点の黒も」


 紫鈴は気の色を見る事が出来る。

 人間が誰しも持っている気質を、色として見る事が出来るのだ。

 本来持っている気の色は生まれてから死ぬまで変わらず、体調によってくすんだり輝いたりして見える。


 紫鈴によれば、


 煌明は紅の入った金

 緑栄は緑青

 女官長は橙と茶の間


 といった所だ。


 そして青蘭は、乳白色。

 しかし後ろの首筋に、一点の黒がある。



 最初は見間違いかと思った程、小さい黒だ。

 それが何を意味するのかは分からない。

 また、青蘭の本質に関わるものならば、用心しなければならない。


「やはり、直接話をきくか」

「主が?」

「そんな訳ないでしょ」


 煌明は腹をくくる。


「紫鈴、頼む」


 その目をみて、紫鈴はふーーー…と息を吐く。


「御意。でも青蘭の側を離れていいのですか?」

「だいぶ落ち着いたからな。会えなくても花は届ける事にする」

「そうしてやってください。あの子の元気の元なので」


花が? と緑栄が首をかしげるので、っとに朴念仁で疲れるわ、と紫鈴は額に手を当てた。


「問う相手はいかが致しましょう」

「青蘭のばば様だ。なるべく一人の時を狙え。養父母には気取られぬ様に。それから私の名を出せ」

「御名を出しても良いので?」

「ああ。その方が話が早い」

「御意。では」


 今度は言うが早いか紫鈴の姿が闇に消えた。


「さて、緑栄は……そんな顔をするな」


 煌明の苦笑に、緑栄は顔を歪ませる。


「分かってますよ。紫鈴の代役ですよね」

「お前が化けても相当美人だぞ?」

「同じ顔ですから」

「いや、本人より淑やかに見えるらしい」


 恐ろしい事を言わんで下さいよ、と緑栄。


「紫鈴の耳にでも入ったら後でどんな嫌がらせされるか」


 煌明はくっと笑った。


「違いない」





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