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8 新月

 



 春節が近付いている。

 ここニ、三日、部屋に居ても周りが忙しなく動いているのが分かる。

 何も動けないのが心苦しいのだが、今は安静が仕事と、思い直し、青蘭はゆっくりと医学の手引き書に目を通す。


 先日定期健診に尋ねてきた皇医、長耀ちょうように何か勉強したいので本を貸して欲しいと願い出た所、自分は医者なのでこんな物しかないと手渡されたのが医学書だった。

 人体、薬学、薬草と二、三冊置いていってくれたのだが、青蘭には難解で、次の日にこれを読む為の手引き書をお願いして今に至る。


 書物を読んでいると時間が経つのが早い。

 読むのに飽きたら、その手引きを複写してみる。分からない事はまとめて、次回長耀が来た時に聞いてみる為に。


 そうこうしている内に、夜が更けた。

 最近三食きちんと取り、頭も使っているので床につくとすぐ眠ってしまう。

 その夜も、あっという間に眠りについたのだが。


 何刻たったか分からない。

 青蘭の頰をそっと撫でる手に気が付いた。

 薄く目を開けるが、今晩は新月で何も見えない。

 でも、恐怖はなかった。

 その手を、知っていたから。


「陛下?」


 確信と共に頰の手に自分の手を添える。

 暗闇の中で影が揺れた。


 夜目が利くのか? 押し殺しながらも驚いた声に、いえ、まったく見えません、と答え濃い影に向けてにこりと笑う。


「でも、陛下の手は知っています」


 青蘭からは見えないが、帝からは暗闇でも見えるのか少し息を呑む気配がした後で、また青蘭の頰が優しく撫でられた。


「少し、痩せたか。食べているのか?」

「はい。陛下が梅の枝を下さったので、食べられる様になりました」


 ありがとうございました、と微笑むと、影は頷いた。


「ああ。返礼も届いた。そなた、字が書けるのだな」

「はい。こちらに上がる前に学びました。今は長耀様にお借りして、医学の書を読ませて頂いています」


 それは頼もしいな、と影が笑った。

 そして、暫ししんとした沈黙が降りる。

 暗闇の沈黙が苦しくて、青蘭は身を起こした。

 帝は寒いだろうと少しの布擦れの音と共に青蘭の肩に外衣であろう布がかかる。

 それと共に香る独特の匂いに、青蘭は安堵のため息をついた。数週間前に普通に仕事をしていた、陛下の私室の匂いだった。


「辛いか?」

「いえ、良くして頂いています」

「そうか」


 再び降りた沈黙に、青蘭は思い切って言葉を紡ぐ。


「あの……」

「あのな……」


 帝と同時になり、どうぞ、そちこそ、と押し問答をした結果、帝が咳払いをして言った。


「ややの事だけどな、慣例でこうなってしまったけれどもな、そのな……」


 珍しく口籠もる帝に、青蘭は頷いた。


「詳しく分かりませんけれども、同室の女官様にも聞いて頂いた所、よっぽど違うとおっしゃっていたので御子はおられないと思います」


 はっきりと口にした青蘭に、帝はそうか、同室の、と何故か苦い物を食べた様な声色で言った。


「あの……いけなかったでしようか?」


 青蘭が不安そうに聞くと、帝は慌てて言った。


「違う! こちらの話だ。とにかく、何と言ったらいいのか……そなたが今回の事で憂いていないか気になってな。表立った面会は却下されたので、この様な時間になってしまったのだ」


 言い訳の様に言う帝が可笑しくて、青蘭はふふっと笑った。


「何が可笑しい?」


 不機嫌そうな声に青蘭は首をふるふると横に振って、声なく笑みをこぼしながら帝に礼をする。


「いえ、ご心配頂いて、ありがとうございます。陛下のおかげで元気になれました。お会いしたかったので嬉しく思います」

「会いたかったのか?」

「はい。陛下とお話したり、お手紙のやり取りをすると元気になるのです」

「そうか」


 満更でもなく頷いている様子が伺い知れて、青蘭はまた含み笑いが出そうになり、これ以上不機嫌になられては困ると何とか飲み込んだ。

 そして改めて帝に告げる。


「私の方は心配頂かなくても大丈夫ですので、どうぞ陛下はご政務に励んで下さい。……お忙しいのでしょう?」

「ああ。三日後が春節だ。暫く夜半であってもこちらには来れないだろうな」


 きっと春節での帝は煌びやかでとても立派なのであろう。それを側で見られない事を青蘭は残念に思った。


「ご無事のお勤め、及ばずながらこちらで祈らせて頂きます」

「相、分かった。……なぁ、青蘭」

「はい?」

「そなた、また言葉が固く戻っているぞ」

「あ」


 青蘭は深く頷く。


「陛下と話す機会が少ないので、戻ってしまいました。元々物心ついた時からこの言葉使いでしたので、身に染み付いているのだと思います」

「親や友人に対してもか?」

「養女でしたので、養父母からその様にしつけられました」

「……そうか」


 帝は黙って青蘭の頭を撫でた。


 その手の優しさが嬉しくて、あぁ、私、陛下の御手が好きだ、と青蘭はしみじみ思った。


 そのまま優しい時間が流れた後、もう横になった方がいいと言われ、青蘭は素直に応じる。

 また来る、と言う言葉に、はい、と返して目を瞑る。

 青蘭は満ち足りた様に息をつくと、すぐに深い眠りに入っていった。





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