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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第三部 側近の恋、蕾の転機
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15 ーシルバー

第8回ネット小説大賞の二次を通過しました。

 



 緑栄が酒で潰れたあと桓惠と共に来風亭(らいふうてい)に投げ込んだシルバは、寝静まった家に戻った。


 仕事で遅くなる旨を伝えていたので、新妻は気持ちよさそうに寝ている。そんな妻を惜しそうに眺めながら目を閉じ、数刻もせぬうちに早朝から最終確認の為に帝の私室に顔を出した。


「早いな、シルバ」

「繋ぎの場所には半日かかるからな」

「キサ殿と言ったか、鷹のような漢だと聴いている。私も一度会ってみたいものだが」


 まだ朝礼に行く前の煌明(こうめい)は官服の前を開けたまま、気だるげに円卓の椅子に座って頷く。


 キサ叔父の事は俺から進言していないのに風貌まで掴んでいる……紫鈴が話したか。


 相変わらず食えない主人だ、と長い前髪の内側で目を細めると、煌明は笑ってひらひらと手を横に振った。


「そう気を悪くするな、紫鈴も自分の動向を部下として報告しただけだ。存在はかねてから知ってはいたが名前や顔などは確認してはいない。そんな事をすれは彼は移動してしまうだろう?」


 煌明も遠目に視認していただけだと軽く吐く。


「変りなくあの場に居てくれるのがこちらとしても助かるのだ。ある者が見ればテュルカ国と拮抗していると見えるし、ある者が見ればテュルカ国との友好を感じ取るだろう。そして現在はシルバがこちらに来てくれたおかげで強力な支点にもなった」


 結果として上々だ、と気にした風もなく笑う帝に、シルバはそうだな、と頷いた。


 自分より年若く、しかしその重責を担う立場からか老成した歳上と話しているようにも思えるこの漢を、シルバはゆっくりと認めていた。


 煌明もこちらの気質を分かっているのだろう。無理に臣に下れとは言わず、こちらに任せている。

 シルバが紫鈴の夫だから特別に扱っているという風でもない。

 相手の気質に合わせて言葉を変えているのは、本来煌明自身が持っている資質だと見ていた。

 その心意気に、心が自然と傾く者も多い。


 シルバは静かに告げた。


「キサ叔父を通して貴方の意向をテュルカ国の現長であるシン・タル・テュルカにまずは伝える。ただ、継いで間もない事もあり五部族を纏めるには荷が重い。後見としてカルン・ルア・テュルカにも立ってもらう」

「テュルカの名が同時に二つも立つのか?」

「現長が未成年の場合のみ立つ」

「なるほど」


 煌明は大きく頷いた。

 弟のシンにとってはテュルカを継いで最初の大仕事となる。自分の都合で長を退いた身としては全面的に助ける所存だ。母も頷いてくれるだろう。


「青蘭殿を無事に送迎する為にもキサ叔父とシン、後見には俺が貴方の臣に下った事を話さなければならない。良いか」

「全て任せる。……というか、本当にいいのか?」


 煌明も静かにこちらを見ていた。

 有事が起きれば白陽国の臣として立つのだ。それは時に、故郷にも背を向ける事になる。


 シルバはふっと笑みを浮かべた。


「そなたは紫鈴の家族だからな。テュルカ国の者は、家族を一番に考えるのだ」

「…………紫鈴さまさまだな」


 煌明は少年のようにくしゃりと笑うと、椅子から立ち上がり、シルバに向かって両手を広げた。


「臣下の礼じゃなくていいのか?」

「紫鈴の家族なら、私にとっても家族だ。そうだろ? 兄弟(あにき)


 テュルカ国の挨拶で親愛を示す煌明が小憎らしい。そして愛おしかった。

 シルバも応えて、軽く抱きしめる。


「手のかかる義弟(おとうと)が増えて困る」


 ため息混じりそう呟くと、身体を離した煌明に思い切りよく背中を叩かれた。


「頼りにしているぞ、兄貴(シルバ)


 その声が思いの外弾んでいて、シルバは思わず煌明の頭をぐりぐりと撫でた。




 ****




 煌明との謁見を終え、王宮内の住まいに戻る。

 寝室にて黒地の官服を無造作に脱いでいると、ぱたぱたという足音と共に玄関の扉が開く音がした。


 入ってくるなり華やかな気配を感じる。

 紫鈴だ。


 あれも隠密の仕事をしていたこともあるだろうに、とシルバは口元を緩ませる。


「シルバ?」

「居る」


 紫鈴からは気配が感じられなかったのだろう、少し伺うような問いに短く応えた。


 あ、こっちね、と声がして気配が近づいた。


 軽やかな足取りが本人の気持ちを表している。休暇の予定が耳に入ったのだろう。


「シルバ、今回は私もいっしょってきゃあっっ!!」


 勢いよく扉を開けた妻は自分を見たとたん、すぐに後ろを向いた。


「シルバ、着替えているなら先にそういって!」

「別に気にしない。普通に入ってこればいい」

「私が気にするのっ」


 結い上げた豊かな黒髪から覗くうなじが薄く色づいていく。


 下穿きは履いているし裸なのは上半身だけだ。何も問題はないと思うのだが、存外と初心(うぶ)な新妻はいろいろな場面で恥らう。


 今も両手を顔にあて、無防備に首筋をこちらへ晒しているので遠慮なく食んだ。


「……っシルバ!」


 逃げようとする腰を捉えて両手で囲くと、細いたおやかな白い手がぱしぱしと結構な力で叩いてくる。


「少しだけだ」


 普段は使わない能力を全開にしているので疲れる。紫鈴の、牡丹の様にほのかに香る匂いを嗅ぐと癒されるのだ。


 にこかやな仮面の裏で己が利益だけ輩や、古狸のような狡猾な者まで、ありとあらゆる輩が帝の元に(まみ)える。


 言動に気をつけたい輩を知らせる為に煌明帝と示し合わせた合図は、気配を変えるだけだった。


 しかし不快に思う者にはやたらと眼光が鋭くなってしまう。それに気づいた者が怯えて下がるので、分かりやすいが内偵の役割は向かないとの評を受けた。が、やむなしだろう。そもそも向かぬのだ。


 重いため息を吐いて戯れていた柔らかな肢体から身を離すと、自由なった紫鈴は逆に懐に入ってきた。


「い、嫌だとかじゃないのよ? でも、すぐに出発なんじゃないの? 緑栄を王都から戻さないと聞いたから、すぐに戻るつもりなんでしょう?」


 嫌がったからため息を吐いたと思ったのか、慌てたように言葉を紡いでいる。


 可愛い奴だ。手に入らなかった頃も可愛かったが、新妻となった今は正直手放せない。


「ああ、実は時間がない。日が暮れる前にキサ叔父の所まで行きたい」

「わっ! 半日はかかるじゃないっ、すぐに出ないと……ってシルバっ」

「アリを走らせる」

「私じゃアリの速度に合わせられな……っ!」


 両手で顎から耳をくすぐりながら上へ向かせると、頬と同じくらい紅くなった目元から潤んだ目がこちらを見つめている。


 ああ、わかっている。


 思わず笑みがこぼれると、紫鈴は目を見開いて肩口に額を当ててきた。


「そうされると口づけが出来ない」

「ばかっ……シルバのばかっ! 読まないでっ!!」

「仕方がないだろう、分かりやすい」

「恥ずかしいって……いつも言ってるじゃないっ」


 たすたすと胸を叩くのも愛らしい。

 帝の私室で見る紫鈴は凛としてしっかりした女官だが、自分の腕の中では崩れるのだ。


 そろりと滑りの良い布地の上から背中の筋にそってゆるやかに撫でると、ぴくりと震えた。つい、()いな、と口に出る。


「……っばかぁっ」

「男はみんな莫迦(ばか)なものだ」


 笑いながら抱き上げるとすぐに踵を返した。

 まって、扉っ、と紫鈴は焦ったように言うが、この時間、家に戻っている役人などいない。

 そもそも玄関は閉めているのだ、どうということはない。


 寝台に広がる黒檀のような髪を一房拾って口づける。自分の腕の下にいる新妻は相も変わらず恥じらって目をうろうろとさせ、耐えられなかったのか横を向いた。


 無防備だ。

 それがいい。


 晒された耳元に口づけを落とし、襟足に花を散らす。


 芳しい牡丹の香りの元はここだったかと、ひどく満足した。









お久しぶりです。お元気でしたか?

前書きにも書かせて頂いたのですが、この物語が第8回ネット小説大賞の二次を通過しました。


正直、言葉を失いました。

なろうにお邪魔してからずっと書いている作品が認められる。

こんなに嬉しいことはありません。


それも全て、今ここで読んで下さっている皆さんのおかげです。この作品を見つけて下さって、ありがとうございます。


実は二次にはもう一つ、別作品も通過しており、現在並行して執筆しています。


謎解きなんてできないし、王太子殿下と結婚なんてもっとできません!

https://ncode.syosetu.com/n2102fx/


洋風の物語ですのでこちらとはテイストが違いますが、よかった覗いてみてください。


久しぶり白陽国を書けてとても楽しかったです。次話はもう少し早めにお届けできたらと思っています。


ここまで読んで下さってありがとうございました。


2020.5.15 なななん


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。普段あまり中華風の舞台の作品は読まないのですが、こちらのお話は一度読み出したらどんどん続きが気になって一気読みでした。 途中、いいところで一部終わってメインの人物が変わるのか〜と…
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