14 奥宮で四人の高位女官とあう ー青蘭ー
王宮早朝、奥宮では青蘭が下女に先導されて、女官長が在室する部屋へと歩いていた。
女官の一日は朝礼と呼ばれる打ち合わせから始まる。
全ての女官を集める事は出来ないので、まず中心となる女官長と奥宮を統べる四官が集まり、そこからそれぞれの役職の場所へ情報が流れていく。
奥宮は現在、奥総(総務的な仕事)・奥楽儀(礼楽に携わる仕事)・奥食(食事に携わる)・奥寝(居住空間に携わる)と四つの部署に分けられて職務に従事していて、青蘭は従来、奥寝に属している。
しかし青蘭はいま、いつも並んでいる朝礼の場所ではなく、女官長の部屋に緊張した面持ちで立っていた。立ち位置としては女官長の斜め後ろである。
女官長と共に四官が揃ったので、朝令を始める、と長は厳かな声で告げた。
「奥総宮高位女官、伯紫鈴が三日間の休暇を取った。その代わりとして奥寝宮侍女、呉青蘭を三日間奥総宮に置く。各自そのつもりで動くように」
女官長の前に立つ四人が諾、と頷いた。事前に話が通っているのだろう、ほっそりとした女人が一歩前にでる。
「奥総宮、総括、胡水蓮と申します。本日より御身をお預かりします。お見知り置きを」
「よ、よろしくお願いいたします」
女官長に促されて緊張した面持ちで青蘭が挨拶をすると、水連は細面の口元をほんのりと和らげてこちらこそよろしくお願いしますわ、涼やかな声で応じた。
続いて一歩でたのは身体つきも女性らしい華のある女人だった。
「私は奥楽儀を司ります、高珠凛と申します。今回はご一緒することはなさそうですが、祭事の時にお目もじするかと思いますわ。どうぞ良しなに」
「は、はい、よろしくお願いいたします」
青蘭は、なぜ今回関わる方以外にも紹介されているか不思議に思いながらも丁寧に挨拶を交わす。
「奥食の黄杏だよ。食が細いから気になっていたんだ。ちゃんと食べなさいよ?」
「だいぶ食べられるようになりました。いつも美味しい食事をありがとうございます」
筋肉質の腕を腰にあて、のぞき込むように言われた身体つきのしっかりした女人は青蘭も顔見知りだ。
厨房で自ら腕をふるいながらも采配をしている姿をいつも感謝していた。
何百人もいる女官の中でまさか自分が認識されていたとは思わず、目を丸くしながら日頃のお礼を言う。
ならよし、と頷く黄杏の隣から一歩出て最後に挨拶をされたのは青蘭の上司、許月林。一見冷たくも見える無表情の中に、気遣いを帯びた眼差しを向けていた。
「月林さま、少しの間離れます。陛下の部屋のお花をお願いいたします」
「承知しています。青蘭はこちらを気にせずにお役目を全うしなさい」
「はい、月林さま」
深々と月林に頭を下げると青蘭は水連の隣に行き、一歩下がった。
四官と共に女官長を見つめる。
女官長、柑音は全員がこちらを向いたのを確認して頷くと口を開いた。
「本来、一介の女官が部署をまたいで働くことはない。今回は特別な措置だということを重ねて周知するように。気軽に他の部署へ異動できるとは思わせぬよう」
柑音の懸念を正しく理解した四官はそれぞれ絶妙なタイミングで諾と頷く。
「承知しました」
「抜かりはないですわ」
「そんな根性なしは狙い下げだけどね」
「承りました」
流れるような応答と女官長の言葉に青蘭はただただ黙って同じように頷く。
「青蘭の移動以外は通常通り。以上」
女官長は簡潔に告げると、そのまま朝礼の部屋を出ていった。
「では私たちも」
緊張の面持ちの青蘭に水連は柔らかく微笑みながら退室を促した。はい、と歩き出す青蘭に後ろから声がかかる。
「ひとまずお昼までがんばりな、腕によりをかけて作っておくよ」
「お疲れになりましたら、奥楽堂へいらしてくださいまし。癒してさしあげますわ」
「こちらの事は任せなさい。しっかりするのですよ、青蘭」
背中を押してくれる黄杏、珠凛、月林の声に胸が熱くなりながらありがとうございます、とまたお辞儀をすると、青蘭は扉近くで待つ水連の元へととっと駆け寄り部屋を出ていった。
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奥の宮の中でも山側の離れに位置している女官長の部屋を出て、水連と二人、長い渡り廊下歩いていく。
あまり早く歩けない青蘭に合わせて歩いてくれる水連の気づかいに、すみません、ありがとうございます、と心から感謝する。
「人気ね、青蘭」
頭上からふふっと笑いながら声をかけてくれる水連に、とんでもない、と首を横にふる。
「まだ頼りないので、みなさんが気にかけてくださるのです」
「それでも人に好かれる、というのは良いこと。特にこの奥宮では」
涼やかな目元はそのままにさらりと言う水連の言葉は、気にしなければ水のように流れていく。でも、青蘭はなんとなく流してはいけない気がして尋ねた。
「……特に、との意味を聞いても、いいですか?」
「ええ、もちろん」
涼やかな目元がゆるりと緩んで、歩きながら水連は簡潔に教えてくれる。
曰く、奥宮は女人の集まり。女人は集団になると派閥をつくり、時にいがみ合うもの。その中で存在を認識されつつも大きな集まりの中にも居なく、孤立するでもなくその場にいる青蘭はなかなか稀有な存在なのだそうだ。
「特に陛下の寵愛を一身に浴びている存在の貴方は妬みの対象になりやすいのに、皆、そのような気配もないのです。あなたの資質、といってもいいほどですね」
「寵愛、などではないと思います。わたしはただのお話相手ですから」
水連の言葉に青蘭は目を見開いてぽかんと口を開けると、あわてて大きく首を横にふる。
そんな姿に水連はふふっと目を細めて口元を袖で隠した。
「……愛らしいですね。なんだか、皆の気持ちがわかります。そうですか、やはり、お可愛らしい」
「す、水連さま」
ぱぁ、と顔どころか首元まで真っ赤にする青蘭に、水連はころころと笑った。
「いけません、青蘭さま。私にそのような姿を見せても何も出来ませんよ。でも、そうですね……これは陛下どころか私も絆されてしまいますね。この奥宮でこれほど素直で尊い心の持ち主ならば」
水連はふふっと頷くと、今日は奥総宮がどんな仕事を担っているかお教えしますね、おみ足が疲れたら休憩しましょう、とにこりと笑いかけてくれた。
「はい、水連さま、よろしくお願いいたします」
青蘭は目をぱちぱちとさせて朱色になった自分の気持ちをひきしめると、一度立ち止まって水連に丁寧に略礼をした。
「はい、頼まれましたわ。主上、青蘭さま」
水連も向かい合うと、青蘭に向かって臣下の礼を取った。
「え? 水連さま、おやめください。たぶん礼がちがいますっ」
「ふふっ、私としたことが。まだ、でしたね、間違えてしまいましたわ」
「水連さま?」
「ふふふっ、青蘭さま、内緒にしておいてくださいね」
「は、はい?」
奥総宮総括に認められたとはつゆとも知らずに青蘭は目を白黒とさせる。
その後、奥総宮の部署を一つ一つ案内されるのだが、総括水連のさりげなく下にも置かない丁寧な青蘭の扱いに女官たちは察して動いていくのだった。
お久しぶりです、お元気でしたか?
この度は佐倉治加さんの地道な読みたいコールのおかげで書くことができました。
長い物語で新しい連載が始まると途切れがちになりますが、ゆっくり進めてまいりますね。
治さん、ありがとう!
また書いていきます。
なん




