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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第三部 側近の恋、蕾の転機
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12 来風にてシルバと桓惠にクダを巻く ー緑栄ー

 



 手早くお互い町に馴染む装いになり、桓惠に連れられてきたのは和味亭(なごみてい)の女将から聞いていた来風(らいふう)という店だった。


 いらっしゃいませ〜 と声をかけてきた娘が和味亭の女将と雰囲気がよく似ている。かなり白陽国の人となりに寄せているが、テュルカ国出身なのだろう。


 そして給仕の娘は緑栄を認めると、すぐにこちらへどうぞ〜、と奥の部屋へと案内してくれる。桓惠と共に格子戸で閉じられた個室に入ると、待っていたのは義兄であるシルバだった。


「シルバ殿……! わざわざこちらへ?」


 白銀にちかい前髪がもっさりと目を隠している色黒の美丈夫は、元気そうだな、と頷いた。口元はそのままだが、こちらからは見えない眼差しは少し緩んでいるのではないかと緑栄は感じる。


 紫鈴と結婚してからのシルバは、自分に対しても義弟ではなく本当の弟のように思ってくれている節があり、兄を持った事がない緑栄は少しこそばゆい。


「所要で国境近くまで出向かなくてはいけなくてな、二、三日陛下の側を離れるので詳細を伝えにきた」


 シルバはまぁ、座れ、と卓に二人を座らせると、緑栄や桓惠が動くよりも先に用意してあった酒を杯にいれてくれた。


 杯を目の前にかざし、三人同時にあおるとピリッと辛口で癖のある古酒だった。あまり白陽国で口に含んだ事のない味だ。シルバの好みなのだろう。もしかしたらテュルカ国のものかもしれない。


「お前には初耳だろうが、陛下が正妃を定める意向を示した。俺はその為に国境を越えてすぐの所に住んでいる大叔父と今後の話をするつもりだ」

「まった、シルバ殿! 誰を正妃に?! 一番大事な所ですっ」


 緑栄があわてて、杯から口を外すと、シルバは、ああ、すまん、そうだったな、と珍しく口元を緩めた。


「青蘭殿だ」

「……っ!」


 緑栄は声にならない声を上げそうになり、必死に抑える。


 よし、よしっ、よっしっ!!


 こんなに想いがこみ上げてくるのはあまり経験がないくらい、熱くなった。


  陛下が青蘭の事を気に入っているのは側からみても分かっていた。蕾、まだ蕾だ、とのらりくらりとしていたがやっと心に決めたのだ。

 影に、そして紫鈴としてわずかな期間を日向に見守ってきた緑栄の心に広がるのは、ほっとすると共に、陛下、青蘭、双方を支えねばという想いだった。


「シルバ殿の不在の間、戻りますか?」


 側近が二人も主の側を外れるのは良くない、と春華の事が脳裏によぎりながらも戻る心づもりをするが、シルバは首を横に振った。


「今回はいい。打ち合わせに行くようなものだ」

「もしかして青蘭をテュルカに移しますか?」

「ああ。内々にどの部族の養子になるかを話し合わねばならぬ。そう遠くない間に移すことになるだろう」


 三月(みつき)もかからないはずだ、とシルバはゆっくりと杯を開けながら言った。


「分かりました。その間にこちらの方を収めて表宮に戻ります。青蘭が移る際には姉も一緒に?」

「ああ、紫鈴はこちらを訪れたこともあるしな。その予定だ」


 緑栄は頷いて今後の自分の動きの算段をした。


「シルバ殿、桓惠をこのまま私が預かりたいと思います。陛下にお伝え出来ますか?」

「えぇ?! 俺ですかぃ?!」


 それまで美味そうにつり目を細めて杯を舐めていた桓惠は、突然自分の名前が出たので慌てて杯を置いた。


「空いたらそのまま私の下について。その方が早くまとまる」

「いや、俺、まず利葉さまに報告せねばでして」

「じゃ、その後でいいから。兄弟子の初めての頼みだよ? 断れないでしょ」

「兄弟子っつったって!」


 幼き頃、利葉が緑栄を影として仕込み始めてから一週間違いで桓惠が連れてこられて来た。同い年の二人はお互いを横目で見ながら切磋琢磨してきたのだ。


「一週間でも一日違いでも兄弟子は兄弟子! 急いで父さんに報告してきて。戻ったときの拠点は……和味亭(なごみてい)を使わせてもらってもいいですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 シルバは、少し舌にぴりりと刺激がある香辛料が絡めてある肉の煮付けを食べながら頷いた。


「本来はこれも甘辛く煮るのだが、この店にも砂糖が入らなくなってきた。青蘭殿の為に早期に片付けたいのもあるが、いよいよ輸入量を増やせと表宮に市井からの突き上げも出てきている。必要ならうちの者も使ってくれ」


 シルバの厚意に緑栄はありがとうございます、と会釈した。それから金糖で仕入れた情報を伝える。


「ウガン国の人間だな、二月(ふたつき)後にまた来るといったか……やはり一月(ひとつき)でどうにかした方がいいな」

「ええ、急ぎます」

「わかった。こちらも大叔父の所から戻り次第、そちらと合流しよう」

「っ! ありがとうございます!」


 テュルカ国の元参謀が直接ついてくれるなんて、こんなに心強い事はない。緑栄は深々と頭を下げた。


「よせ、義弟(おとうと)が困っていたら手を貸すのは当たり前のことだ」


 家族を大事にするテュルカ国の義兄は顔の前でかるく手を振った。


 本当に、こればっかりは姉に感謝しなければならない。


 シルバの懐に入れたという僥倖は、白陽国や緑栄個人にとっても得難いものだ。一緒に動くことでシルバの考え、目線、物の見方を学ぶ事が出来る。喉から手が出るほど望んだ機会に恵まれそうだ。


 緑栄がほくほくしながら辛めに煮付けられた煮物をほおばっていると、それはそうと、首尾はどうなんだ、とシルバに聞かれた。

 緑栄ははい、と箸を置いて居住まいを正した。


「黒猫の噂の件は市井では収まっていて、いっときの情報に踊らされた節がみられます」

「ああ、了解した。出立前に陛下に伝えておく。あー、もう一つの首尾はどうだ」

「…………悪いです」


 緑栄はきりりっとした居住まいをへなへなと崩して肩を落とす。緑栄はシルバに注がれた二杯目の酒をくぴくぴっと呑んだ。


「なんかー、こっちに気があるのはわかるのにー、私に心を開いてくれないんですよぉ。もー怒れてしまってですね、金糖潰しに行ったら桓惠と鉢合わせして出来なかったんですよぉ」

「……本当か?」


 緑栄のクダにシルバが桓惠を見ると、かくかくかくかくかくと桓惠が首を縦に振っている。

 シルバは目で、大丈夫かこいつは、と桓惠にただすと、ふりふりふりふりと小刻みに首を横に振った。


「あー、緑栄? いま金糖潰すのはやめろよ? せめて偵察が済むまでな? 頼むぞ?」


 シルバは諭すように緑栄に言うのだが、本人のクダは止まらない。


「いつになったら終わるんですかぁ、早くしないと春華さんが嫁にいっちゃうんですよぉ、そうしたら私、いっくら待てっていわれても待てませんよぅ」

「あー、婚姻の前には片をつけるように俺からも陛下に」

「待てませんよぅ、その間、春華さんが哀しむじゃないですかぁ」


 ちびりちびりと呑んでいる杯の中に映るのは春華の全てを我慢した顔だ。


「あにうえだって結構やばかったでしょう? 結ばれるか結ばれないか分からなかったじゃないですかぁ」

「いや、俺はまぁ、気長に待つつもりであったから」

「うわっ、よゆー! すげーよゆー! ずるいあにうえ、なんすかその技、伝授してくらはいっ!」

「いや、お前それは」


 シルバがまた諭そうとすると、緑栄の視界に入らない所で桓惠が顔の前に両手を重ねてぺこぺこと頭を下げている。

 シルバは仕方ないな、と肩をすくめると、わかった、伝授する、とうそぶいた。


「ほ、ほんとうですかあにうぇっ」

「ああ、その()は緑栄に惚れてはいるんだろう?」

「たぶん、おそらく、いや、ぜったいっ!」

「本当だな? そうじゃないと効きはしないからな?」


 崩れていた身体を上げてぶんぶんと頷くと、シルバは緑栄に顔を近づけて小声である事を伝授した。

 緑栄はえ? と眉をひそめる。


「そんなんで効きますかね」

「毎日やれば」

「姉にもやったんです?」

「いや、掟の縛りがあってなかなか出来なかったが……あー、一回ぐらいはしたかな」

「それで、今は?」

「今は、まぁ、いや、俺のことはいい」

「っち! 紫鈴の弱味が握れたのに」

「仲悪いわけじゃないだろ」

「いつもこてんぱんにやられるので少しでも握って置きたいんですよぅ」


 ちゃっかりな緑栄にシルバはくっと笑った。桓惠はほっとしたのかやっと二杯目に手をつける。


「苦労かけるな、桓惠」

「ほんとっす……終わったら奢ってほしいっす」

「わかったわかった」

「あにうえ、私もぉ」


 すかさず挙手した緑栄にげっそりと肩を落とした桓惠。義兄(あに)は苦笑して、それぞれな、と男気を見せたのだった。



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