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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第三部 側近の恋、蕾の転機
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9 女官長の部屋で ー青蘭ー

 



 青蘭が表宮寄りにある帝の私室を出て奥宮へと続く廊下を歩いていると、少しずつ人の賑わいを感じるようになった。日が暮れる前に一斉に掃除をしているのだ。


 食事以外のほとんどを後宮より少し離れた帝の私室で過ごしているので自分はあまり参加してはいないが、侍女や下女たちが黙々と短い時間の中ですみからすみまで清めていく。


 掃除の邪魔にならないように廊下の端を歩きながら、奥宮にある女官長の部屋へと急ぎ歩いていった。


「失礼します、青蘭です」

「入りなさい」


 扉を開け中に入ると、執務机に座っていた女官長、柑音(かんね)は部屋の端で掃除をしていた下女に残りは明日にしていい、といって下がらせた。


「申し訳ありません、お忙しい時間帯に」

「よい、いつ来てもらっても忙しいことに変わりはない。青蘭が直接来るというのは陛下からの直務であろう? 何用じゃ」


 柑音は見ていた書簡を置いてこちらを見据えたので青蘭も背筋を伸ばして略礼をし、帝からの直言を伝えた。


「ふむ、シルバどのを休ませるので紫鈴も同じように、か。陛下もやっと気がきくようになったということか? いや、そんな訳はないか」


 最後は独り言になってしまったが柑音の陛下に対する言葉はいつも(から)い。

 青蘭は少し困ったように微笑んだ。

 帝の側仕えとなってから伝令役として会う機会が増えたので青蘭は慣れているが、側仕えをしている日の浅い下女はぎょっとしているので柑音の言葉は他の人からみても厳しいものなのだろう。


「何日と聞いているか?」

「あ、いえ、期間は聞いておりませんでした。すぐに聞いて参ります」

「まて、その話の間にシルバ殿は?」

「いらっしゃいました」

「では交渉中なのだろう、追ってすぐに……来たな。入りなさい」


 扉の向こうで入室の伺いを立てた声がした。紫鈴だ。青蘭は思わず嬉しくて駆け出さないようにきゅっと手を握った。


「失礼します。あ、青蘭も居たのね!」


 紫鈴はすまし顔で入ってきたものの、青蘭を認めると目元をゆるめ、柑音の前に立ち略礼をした。


「陛下からの書状を預かってきました」

「分かりました、すぐ見ます。二人はそちらの卓でしばらく待っていなさい」


 はい、と二人並んで頷くと、柑音の執務机から少し離れた卓に隣同士で座った。紫鈴が肩を寄せて女官長の邪魔にならないように小声で話しかけてくれる。


「久しぶりね、青蘭。元気だった?」

「はい、紫鈴姉さん。変わりないです」

「あら、私は青蘭と会う機会がへって寂しかったのに」

「あ、あ、そういう事でしたら、はい……私もさみしいです……」


 かつて同じ官舎の二人部屋に住んでいた紫鈴はシルバとの婚姻と共に別邸に移った。それ以来、青蘭は二人部屋を一人で寝起きしている。

 今まで仕事で会うことがなくても食事時や就寝には必ず顔を合わせていたので、青蘭は紫鈴の不在に慣れるまで少し時間がかかった。


 日中では頻回に帝が私室に戻ってこられるので気がまぎれているが、食事時や入浴を終えて誰もいない部屋に帰るとふっと寂しさが胸につく。

 そんなとき青蘭は、ばさりと敷布を頭からかぶって寝てしまうのだ。朝がくれば、また気持ちを新たに働けるから。


「お昼もなかなか一緒に食べられなくてごめんね、誰か声をかけてくれる人いる?」

「もう、姉さんたら子どもじゃないんですから。最近は紅花(ふぉんふぁ)さんと林杏(りんしん)さんが声をかけて下さいます」

「へぇ、たしか春華(しゅんか)さんのお友達だったわね、さすがというかなんというか……よかったわね、青蘭」

「? はい」


 なにが流石なのかはよく分からなかったが、青蘭は頷いた。


「気が回るというか回りすぎて今の現状ってことかしらね……緑栄、頑張らないとこじらせそうだわ」


 紫鈴がたおやかな人差し指を口元に当て、ぶつぶつと呟いている。久しぶりにみた紫鈴の独り言を嬉しそうに眺めながら、青蘭は黙っておとなしく待つ。

 やがて女官長が席を立ってこちらに来たので、二人は居住まいを正した。


「書状を読みました。まずは紫鈴」

「はい」

「シルバ殿が明日から三日間休暇になります。紫鈴も同様とするように、との事でした」

「は……え? 三日も……!!」


 すっとした目元が見開き輝きだしたのをみて、女官長であり紫鈴の母である柑音はしっかりと娘にくぎを刺す。


「ただの休暇な訳がないでしょう?! ああもう、やりにくいわね。紫鈴と話すと女官長の威厳が保てないわ」

「緑栄にもでしょ!」

「ええそうよ、まったく。一言一句同じことを緑栄に言った覚えがあるわ。そして返事も全く同じ。いやねぇ」

「さすが紫鈴姉さんと緑栄さまです」

「「青蘭、そこは誉めるところではないわ」」


 似た親子から同時に顔を向けられ、青蘭はぴょん、と肩をすくめて謝る。

 とにかく、と柑音が咳ばらいをして仕切りなおすと、紫鈴と青蘭はしゃんと背筋をのばした。


「紫鈴は今日の仕事を終えたらすぐに帰宅すること。シルバ殿は先に戻られているようなので詳細を聞きなさい」

「はい」

「よろしい。では次は青蘭」

「はい」

「あなたは明日から紫鈴の代わりに仕事の補佐をしてもらいます」


 青蘭がはい、と落ち着いて頷くのを見て、陛下から下知があったのね、と柑音は微笑んだ。


「では、この場を貸すので紫鈴は引き継ぎをしなさい。だれか、青蘭に紙と筆を」


柑音は手を叩いて侍女を呼ぶと、数枚の上質紙と硯箱を持ってこさせた。


「大まかな流れは事前に知っておくように。細やかなことは当日私が請け負う。紫鈴は三日間で青蘭が出来ることを伝えるように」

「承知しました」

「承りました」


 柑音は頷くと、控えていた侍女に茶を持ってくるように指示し、一旦部屋を退出していった。


 紫鈴と青蘭は同時に息をはく。


「すごいことになったわね、青蘭」

「紫鈴姉さんの代わりなんて務まるかどうか……不安です」

「大丈夫よ、大したことやってないから」

「それは紫鈴姉さんだから。私からすると身に余る仕事だと思います」

「三日間だけだもの、そんな難しいことはさせないわ」

「そうだといいのですが……」


 同じ女官と行っても青蘭は侍女、紫鈴は高位女官、仕事の質や動きが違うことはさすがに青蘭でも想像できるので不安が隠せない。


 紫鈴は侍女が来たのを見て立ち上がり、持ってきたお盆をありがとうと受け取った。

 そして、給仕は自分たちでやるのでしばらく二人だけにしてほしい、と願うと、侍女も心得ていたようで、はい、と頷き下がっていった。


「さぁ、青蘭、まずはお茶を飲みましょう? いつだって青蘭は陛下や私たちが難しい顔をしているとさりげなくお茶を出してくれるでしょう? いつも、そのお茶に心を穏やかにしてもらってるの。今日は青蘭に必要そうね」


 紫鈴はそういうと、流れるような所作で青蘭の前にお茶を出してくれた。


「はぁ、紫鈴姉さんのように滑らかにお茶も出せないし」

「あらー、青蘭、珍しく後ろ向きね」

「久しぶりに顔を知らない人たちの中に入るので、緊張します」

「意外と人見知りやさんですものね」

「はい」


 青蘭は小さく可愛らしいので、奥宮を歩いていてもいろんな人から声はかかる。でも、食事を共にするなど、人付き合いはきわめて限定的だ。


「おそらく女官長さまかその時々の長の方がついて下さると思うから安心して。それにしても私の動きを青蘭に、となると……」

「出来そうにないですか……?」

「いえ、そういうことじゃなくて」

「紫鈴姉さん?」


 紫鈴は少し考えを巡らせていたが、やがて青蘭をみて嬉しそうに微笑んだ。


「……陛下は、青蘭にいろんな事を学んでもらいたいのかもしれないわね。それは、大変だけど喜ばしいことだわ」

「喜ばしいこと?」

「ええ、実は私にとっても」


 ふふっと涼やかな目元がなくなるくらい紫鈴は満願の笑みを浮かべると、青蘭、このお仕事が終わった後にとても良い知らせがあるかもしれないわ、と意味深に言ってぱちんと片目をつむった。


「紫鈴姉さん、よく分からないです」

「ええ、そうね! 私からも言えないし。ふふっ、楽しみ楽しみ!」

「姉さん、なんだかずるいです。分かるように教えてください」

「はいはい、お仕事の話ね! ささ、青蘭、このおまんじゅうを食べてやっつけてしまいましょ? 紙にしっかり書いてねっ」

「姉さんっ」


 ぷっと口をとがらせてふくれた青蘭に紫鈴は華月堂のおまんじゅうを二つもよこして仕事の引き継ぎを話し出し、意味深な話はうやむやにされてしまったのであった。




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