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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第三部 側近の恋、蕾の転機
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8 今上帝、意向を示す。ー煌明ー

 



 桓惠の言葉に煌明は片肘を卓につけて手の甲に顎をのせると、長い長いため息をはいた。


「見れば分かるだろう」

「確かな言葉を貰ってこいと言われています」

「相変わらず容赦ないな」


 チッと舌打ちをしてしばし間を置いたが、ゆらりと崩れた背を正すと、桓惠とこの場には居なくともその背後にいる利葉を見据えて言った。


「余の考えとしてはそうだ。だが容易にはまかり通らぬ事、重々承知しておる」

「側妃としてどちらかの貴家へ養子にだすおつもりでしょうか」

「否、釣り合いが取れる主要な家には既に娘御がおり頷くとは思えぬ」

「では側女として召し上げるおつもりで」

「否、余は終身側女は取らぬ。災いの元だ」

「では……」


 桓惠は次に可能性がある言葉を告げようとするのだが、生唾を呑んでしまい容易には発せられなかった。

 まさか、との思いが先行したからだ。

 白陽国は曲がりなりにも大陸五指に数えられる広大な領土を持つ国、その国を治める者の伴侶は大国に恥じぬ賢女が求められる。

 そしてその地位に座る者には高貴である事も求められるのだ、一介の女官に担えるものではない。


 黙ってしまった桓惠をみて煌明は人事のようにくくっ笑った。


「まぁ、そうだろうな。そうであるからして、誰しも余に何も言わぬ。だからこそ利葉が痺れを切らしたのであろう」

「申し訳ありません」

「いや、先程シルバが言った通りだ。誰もがそう思うだろうさ。だが、余の想いは揺るがぬものとなりつつある」


 煌明はふっといたずら小僧のように口元を緩ませると、桓惠を通して利葉に見せつけるかのごとくがらりと表情を変え不敵な笑みを浮かべた。


「余は呉青蘭(ご せいらん)を正妃に望む。そのつもりで動くよう利葉に伝えよ」

「はっ!」


 拳を片手に当て武官としての最敬礼を取った桓惠は利葉に元へとすぐに私室を出ていった。

 残された白陽国の帝と仮として側近についている元テュルカ国の長は種類の違う息を同時に吐いた。


「なんだ、シルバまで気を張らなくてもよいだろう?」

「違う。厄介ごとに巻き込まれた為のため息だ」


 再び恐ろしいほどの不機嫌な気をまき散らし始めた背後のシルバに、煌明は椅子をずらして腕を組んで半身を偉丈夫に向けた。

 シルバも同じく立ったまま腕を組んでいる。二人になれば言葉も対等。現在は白陽国の臣に下っているがシルバは白陽国より領土の広いテュルカ国の元長、煌明もその態度を咎めはしない。


「仕方ないだろう、現在の我が国にとって信のおける国はテュルカ国一択だ。青蘭をそちらに預け、族長の娘としてこちらに嫁がせるしか策はなかろう」

「テュルカとて一枚岩ではない。国から嫁がせるには五代部族に諾を貰わねばならぬ」

「双方の国の関係を強化するにもってこいだとかなんだとか言い含めてどうにか体裁を整えてくれ」

「無茶を言うな、そう上手くいくか。ここの貴家と同様、一族の娘を当てがうと言うに決まってる」

「そこをどうにかするのがシルバの腕だ。テュルカ・サリの長は辞してはいないのであろう?」


 嫌なところを突かれてシルバの目が剣呑な光を発する。テュルカ・サリとはテュルカ国の諜報部隊だ。表向きシルバは白陽国の臣下へと下り、その実、裏で白陽国で得た情報をテュルカに流している、()()()()()なっている。


「双方の国の為にはその事自体、秘する方がいい」

「承知している。もっともテュルカ五代部族のつついて困る事柄など既に掴んでいるだろう? その旨を未だサリの長として任についていることを匂わせながら揺さぶれば一発で黙る。簡単なことだ」


 煌明はちょっとそこまでお使いを頼まれてくれ、とばかりに笑っていうと、シルバはむつっと口を閉ざした。

 しわが残りそうなほど深く眉間を寄せてかなり長い時間黙ったまま微動だなかったが、やがて相当長いため息をつきながら後ろへ流しながら整えてあった銀色の前髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。


「休暇、三日だ。国境にいる大叔父の所へ行って話をつけてくる。緑栄殿が戻られぬ今、長期にここを離れる訳にはいかない」

「ああ、それでいい、頼む。つくづく紫鈴は良い漢を伴侶に迎えたな。礼を言う」

「礼なら早く馬丁に戻すよう、配慮してくれ」

「緑栄次第だな」

「槍でも剣でもいいから緑栄殿の方を早期にだ。そうでなければ俺が動けぬ」

「ふむ、それもそうだな……考えておく」


 これに関しては素直に頷いた煌明をみてシルバは頷いて腕を解くと、さっと臣下の礼を取った。


「心身共に疲弊が激しいので本日はこれで辞させて頂く」

「あ、おい! まだ夕方の謁見が!」


 前髪を鼻まで下ろしたシルバは口元だけの笑みを浮かべながら意趣返しとばかりに言い放つ。


「テュルカ・サリをぐうの音もなく治める事の出来る主には今から来る輩など赤子同然。俺の力無くともどうにでもなる。では失礼する」


 止める間も無くさっと姿を消したシルバに、今度は煌明が息をついて椅子の背に持たれた。


「私は顔色は読めても思考が読める訳ではないのだがな……まぁ、これぐらいの譲歩は仕方ないか」


 シルバにはだいぶ無茶をさせている。今も職場放棄のように見えてサリの部下達に指示を飛ばしに行くのだろう。


 春節をこえて少しずつ内政の安定が目に見えてくると、臣下たちは正妃になりうる者の絵姿を書簡の合間に忍ばせてくるようになった。


 自分が青蘭を重んじている事は漏れ聞いているだろうが、身分、容姿をみて歯牙にもかけていないのだろう。そしてこちらからも青蘭の事は公に通達していない。

 そもそも、と煌明は呟く。


「はっきりさせろも何も、本人の意思をまだ聞いておらぬのは重々承知だろうに、あの親父め」


 青蘭が自分を好ましく思ってくれているのは分かる。だがそれは女官としての親愛に近い。自分への好意も恋慕だとは思えない、そもそも蕾がやっとほころびはじめたような少女なのだ。


「もう少し待ってやりたかったのだがな……」


 本人の成長と共に。


 青蘭を失うかもしれないという時にはっきりと自覚した想いは、煌明の中で揺るがぬものとなっていた。齢、妃としての素養を鑑みるに告げるには早すぎるとして、そのまま様子を見ていたのだが。


 白陽国今上帝という立場が許してはくれぬ。


「どんな顔をするのか、少し楽しみでもあるか」


 苦く笑みを浮かべながら窓辺に()けられた花を見つめた。

 少しずつ暑くなりはじめたからか、見目涼やかな瑠璃色の細い器を最近の青蘭は好んで使っている。

 薄桃色の小さな袋のような花と後ろ支えるように、笹の葉をもっと細くしたような草が添えられていて楚々としているがさりげなく華があるのが良い按配だった。


「花が乱れぬといいのだが……」


 青蘭の心の内は存外と花に表れる。

 不安であったり心細い思いをしていたら、花が寂しくなっていくのだ。


 しかし、と煌明は目を伏せた。


 脳裏には屈託のない笑顔や理知的な瞳、茶を共に飲む時の嬉しそうな口元が浮かぶが、告げた後の表情は浮かばなかった。


 ふっと息を吐き、目を開け、立ち上がると、こればかりは蓋を開けてみないと分からぬ、とひとりごち、時を同じくして呼びに来た侍従に応えて私室を出ていった。




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