6 金糖を通りすぎて ー緑栄ー
金糖の店の前に行ってみると、周りの問屋街の雰囲気と違うことに気がついた。あわよくば中に入って様子を見たいと思っていたが、扉は開かれてなく、商いをしている様子がない。
(休み? いや、倉庫の方は人が動いていた)
金糖に向かう前に渡った桟橋からは店の側面に当たる部分が見え、店の奥に当たる倉庫部分の扉は大きく開かれ、透河を使って渡ってくる荷物舟が二艘、岸につけてあったのが見えていた。そこに積まれていた荷を下ろして運んでいる者を緑栄は確認している。
緑栄は、当初中に入るつもりだった足をそのまま通りの流れに任せ、金糖のあの派手な看板が目の端に映るぐらいの距離を置いて、通りに出ている露店に入った。
「らっしゃいっ」
「肉まんじゅう一つ! いんやぁ、まいったなぁ」
「はいよっ、肉まんじゅうね! お客さん、どうした?」
もうもうと湯気が出ている一抱えもある蒸し器の蓋を開けて、熱々の肉まんじゅうを渡しながら白い鉢巻をした年配の店主が声をかけてくる。
「あち、あちち、おお、うまそう。いんやぁ、おらぁ砂糖買いにきたんよぉ、そこの金糖って店が問屋って聞いてきたんだけんど、閉まっておらす。まいったなぁ」
「旅の人、金糖はダメダメ! 一見さんお断りよ。取引先にしか商いしないんだってよ。こっちの西はダメだから東に行った方がまだあるんじゃないかなぁ」
「えぇ?! 問屋で買う方が安いと思って来たにぃ」
「あー、ご苦労さんだねぇ。他のものは確かにここのが安いよ? でも砂糖はダメだ。金糖が買い占めてるってもっぱらの噂だよ。西は息がかかってるから東の方がまだ手に入る。下を見て単価跳ね上げてるけどね」
「うえぇ……ここまで来たんになぁ」
もぐもぐと顔の半分もあろうかと大きい肉まんじゅうを頬張りながら肩の力を落としていると、おかしいよな、金糖だけよ、と近くに座っていた仕事上がりとおぼしき荷物夫がぼそっと言った。
「他の品物はそんな事ないのによ、砂糖だけ金糖が買い占めって、なぁ」
「あぁ、そんな事してちゃあお上が黙っちゃいないのによ、変わらないしよ」
「知らねぇんでねぇ? おらとこの村には聞いた事ねぇ話だに?」
緑栄はあえて水を向けてみた。すると荷物夫達はどっと笑った。
「そりゃあ、あんたが住んでいるような田舎の所までは話がいかないだろうさ!」
「その訛り、南の方だろう? んな遠方まで都の話が行くかよ」
「あははっ、ちがいないわいねぇ! おらぁとこ都どころか国の端に近いからなぁ」
緑栄も一緒になって笑うと、途端に店の雰囲気が柔らかくなった。
「なんだよ、そんな遠くから来たのか。残念だったな、これでも食いなよ。おやっさん、この人に肉まんじゅうもう一つ!」
「あいよっ! 肉まんじゅう一つ!」
店主が今度は皿の上に乗せて持ってきた。
「さっき熱々を食べられなかったからね、ちょっと冷ましてから食いねぇ」
「おやっさんやさしぃ!」
「いやぁ、こんなひょろひょろな癖に国の端から来たんだろ? しかも目当ての物が買えないんじゃあせっかく王都に来たのに良い思い出がねぇじゃねぇか。せめてなぁ」
「うん、分かる分かる。そのナリじゃ、都遊びもせずに帰るんだろ? せめてここで腹いっぱいになって帰んなよ」
そんな事を言いながらあれもこれもと荷物夫達は緑栄の皿に自分の皿から盛ってくれる。緑栄はじんわりと心が温かくなりながら、ありがとうございますですぅ、と頭を下げた。
緑栄はうまそうに甘辛のタレにつけてある骨つき肉を頬張りながら、いつぞやからか、と荷物夫達に話しかける。
「おらぁとこの村に砂糖が届かなくなってぇ。都なら沢山あるだろと思ってきたけんども、都に住んでいても手に入らないだに?」
「ああ、ここ二年くらい前からいつの間にかな」
「おれらの所にもごくわずかしか売ってくれねぇしよ」
「餡まんじゅうが作れないようになったのは、そうさな、それぐらいだな」
「え! この店に餡ころのまんじゅうがあっただか!」
店主が餡まんじゅうの話をしだしたので、緑栄は思わず仕事を忘れて机から身を乗り出した。
鉢巻をとった店主はその布で湯気に濡れた顔を拭いながら、ああ、と頷いた。
「肉まんじゅうと同じぐらいの大きさでな? 中の餡は小豆を砂糖で煮た甘い餡にしてな」
「ご! ご店主! 砂糖がまた手に入ったらまた作っていただけるだにか?!」
「ああ、もちろん! 肉まんじゅうと同じぐらいみんなが喜んでくれていたからねぇ」
「お、おらぁ、絶対くるだ! 砂糖が前みたいに手に入るようになったら絶対!」
「おおう、にーちゃん、甘いのも好きだったんだなぁ! おれらもここの肉まんじゅうと餡まんじゅうが好きでよ」
「久しぶりに食べてぇなぁ、餡まんじゅう」
口々に餡まんじゅうを懐かしむ荷物夫たちに店主は首を横に振った。
「まぁ、しばらくは無理だな。俺とこにも店で出せるほどの量は下ろしてくれねぇ」
「だなぁ、金糖の商いが変わらないことには」
「ああ、無理だな」
餡の味を思い出してしまった荷物夫達は、食べられない現実を前にしょぼんとなってしまった。
緑栄はこれはまずい、と目の前にある山盛りになっている皿をなんとか平らげて、膨らんだお腹をさすりながらうれしい悲鳴を上げた。
「も、もう腹ぁいっぱいですぅ! なんかおらぁ、感動したぁ。都に来てこんなに親切にしてもらったの初めてだにぃ。砂糖は買えんかったけれど、村に帰って土産話にするだにぃ!」
「お! そうかい? そんなら良かった。砂糖は残念だったけれどな」
「今度は別のもん買いに来なよ。ここ寄ってくれりゃまたご馳走してやるし」
「おお、お前さん達大きくでたね。安心しな、旅の人。こいつらが覚えてなくても俺が覚えておくよ」
ひでぇ、おやっさん! 俺たちだって覚えているさぁ、とまた賑やかになった店を見て緑栄は安堵する。そして、ごちそうさまでしただにぃ、と何度もお礼をし、店を後にした。
(店主や荷物夫達の気持ちが温かい。ここの問屋街自体は円滑に動いていそうだ。……金糖以外は……釣ってみるか)
来た道を戻りながら金糖の店の前で少し立ち止まり、緑栄は店の中の様子を伺う。
開いてなさそうな雰囲気に肩を落としたふりをして、透河を渡る赤い桟橋に足をかけると、ちょっとそこの、と声をかけられた。
「旅の人、砂糖が入り用かい?」
「へぇ?!」
緑栄は驚いたように振り返ると、灰色の袍に身を包んだ荷物夫がこちらを見ていた。襟の部分に金文字で金糖と記してある。
「へ、へぇ、砂糖を買いに来ましたがぁ、一見さんお断りちゅうことを聞きましたでぇ、帰る所ですぅ」
「俺は金糖で働いている者だ。場合によっちゃぁ口利きしてやってもいいぜ?」
「ほ、ほんとですだにぃ?!」
(釣れたが……厳しいな……受けたら引きずりこまれて袋だたきだ)
声を掛けてきた荷物夫の他に、店の壁に背を持たせながら何人かの荷物夫が現れている。ここで騒ぎを起こすことは何も情報を得ていない状態では得策ではない。
「で、でもおらぁ、これだけしか手持ちがないだにぃ。砂糖が高くなっているとは知らなかっただにぃ」
緑栄は首からさげた財布の紐を緩めてちらりと小銭だけを見せた。
「ちっ、しけてんな、それじゃあ俺ら……いや、俺の口利き料ぐらいじゃねぇか。砂糖欲しけりゃ三倍は必要だせ」
「だにかぁ。お兄さん、ありがとぅ、おらぁ出直してくる」
「だな、流石にこれじゃあ、しょっ引ぃても頭割りにもならねぇ」
「しょっぴ?」
「あ、いや、なんでもねぇ。じゃあな。今度は稼いでたくさん金持って来いよ」
「そうしますわぁ、お兄さん、ありがとぅ」
緑栄は丁寧にお辞儀をして桟橋を上がっていった。後を追ってこない気配を確認して、桟橋の中央から下がり、対岸を歩く際にちらりと金糖の方を顧みると、荷物夫達が集まって肩をすくめながら話している。
大方、緑栄が鴨にもならなかった事を話しているのだろう。
(一見はお断り、でも金糖の実情を知らない旅の者は言葉巧みに砂糖を高額で売りつけるか、身包みはがしているか……どこぞの盗賊と同じだ。下の者まであんなんじゃ腐り切っている)
緑栄はすげ笠を深く被り、背後に気をつけながらさりげなく足を早めた。
(一度報告した方がいい……だが)
王宮に戻るか、一旦華月堂に戻るか、普段では一、二もなく決められる事を出来ずに緑栄は表通りをひたすらに歩く。
(あー、こんなんになってしまうのだなぁ)
まいったまいったと呟きながらも心は昼に別れたきりの春華の心配そうな顔が浮かぶ。
(ああ、戻りたい。でも報告もしたい。まいったまいった、まぁ、いいか)
いざとなったら和水亭経由で繋ぎをつけよう。とりあえず春華の所に戻ろう。十中八九心配をかけている。
(よし! そうと決まれば!)
緑栄は表通りから一本入った人のいない路地に入ると、すげ笠をぬぎ身体にぴったりと背負うと路地沿いにそって走りだした。




