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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第三部 側近の恋、蕾の転機
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1 雀も逃げ出す

 



「よかった」 


 青蘭は、思わずつぶやきながらトトトッと早足で自室に服を取りに行く。


 緑栄はいつも青蘭の事は〝青蘭殿〟と呼ぶ。〝青蘭〟と呼び捨てにする時は紫鈴に化けた時のみだ。

 何があったか知らないが、緑栄は紫鈴に化けるのを止めると告げ、それ以来紫鈴が奥宮を離れる時でも彼女の代わりはしていなかったのだ。


 実は、大きな声では言えないが、とても残念に思っていた。

 紫鈴に化けた緑栄は、女性よりも女性らしく淑やかになる。その所作を青蘭は密かに見て勉強していたのだ。


(どちらの紫鈴姉さんも素敵ですが……所作は緑栄様が一番です)


 本物の姉さんには口が裂けても言えないけれど。

 ふふふっと微笑んで、自室へ急いだ。




 ****




 青蘭に持ってきてもらった女官服を持ち、表宮と奥宮の境にある小部屋にするっと入る。

 何の変哲も無い部屋の壁の一角に指を入れ反転させ、内側から再度細工をし、人一人分の幅しかない細い廊下を通って部屋に入った。

 表宮、奥宮どちらにも繋がるこの薄暗い部屋を使うのは、数週間ぶりだ。

 この部屋でお互いの衣服を交換し、それぞれに成り替わって任務にあたっていたのが遠い昔の様に感じる。


 バサバサと袍を脱ぎ、女性用の肌衣の上に外衣を重ねる。帯を巻き帯締めをし、鏡台の前に座って髪を結い上げ、手早く化粧をした。


 懐紙を軽くはんで不要な紅を落とした後、口の端を小指で押さえながら青蘭から渡された紙片を懐に入れる。



 ご挨拶もせず去る事をお許し下さい

 縁の下の花が倒れぬ様、見て頂ければ幸いです

 お身体を大切に

 春華



 宛名が無いのは緑栄宛だと分からぬ様に配慮したのだろう。迷いのない筆から彼女がこうする事を決めていたのが分かる。細くともはっきりとした筆使いに、彼女の性格が垣間見えた。


 ふっと笑ってしまう。

 口元が上がるのを抑えきれないのは、どうしてだろうか。

 沸々と腹の底から込み上げてくるこの思い。



 何をどう畳んだのか知らないけれど。


「これで終わりだと思っているのならば……許さない」



 不穏な気配を漂わせながら〝紫鈴〟はゆらりと立ち上がる。


 まずはあの人。


 扉の前で一旦止まり、ふー…と息を吐く。


 〝私は伯紫鈴。奥宮高位女官〟


 指先を揃え、すっと扉を開いた。




 ****




「そんな黒い気配で来るな。皆が怯えるだろう」


 こめかみに指を当てつつ対峙するのは、奥宮・女官長、柑音かんね。緑栄と紫鈴・双子の実母でもある。

 お茶を出しに来た下女が又しても最速の速度で去っていったのを見てたしなめる。


「この気配にならぬ様、配慮して下さっていたらこんな事にはならぬのです」


 女官長はそれには答えずため息を吐く。


「化けるのは止めたのではないのか」

「看破する人が辞められたそうで、安心して化けて来れました」

「辞めたのではない。年季だ」

「そうでしたね、年季」


 にこやかに微笑んでいる。


「その恐ろしい笑いで怒るのはやめろ」

「この状況にしたのは母上、貴女です」

「女官長としての守秘義務だ! 他意は無い!」

「……他意は無い?」


 ぶわっと気配が濃くなった。

 くっと柑音は四肢を踏ん張って耐える。


「私は、〝もうまんじゅう無しでは生きて行けませぬ〟と申し上げましたよね」

「……母は差し入れると言った」

「その差し入れも現在は停止されております」

「不審者が叫び声を上げて捜索に出したのでな、差し入れ代も人件費として無くなってしまったわ」


 ぴくっと片頬が揺れたのを見て、少し押し返した柑音はふんっと鼻息を荒くする。


「年季明けの時期を、何故教えてくれなかったのです」

「あちらに配慮した結果だ。既に婚約者もおり、結婚が決まっている。本人も承知だ」

「……」

「事を荒だてねば収まる。お前はまだ告げておらぬ様だし」

「本人が、承知?」

「あ、ああ。最後の挨拶の時にそう申していた」


 一瞬の静寂の後、柑音の肘に鳥肌が立つ。


 ブワアアアアァ


 先程とは比では無い気配が撒き散らされる。柑音は顔の前に腕を交差し、歯を食いしばってやり過ごす。圧の凄さに座っている椅子がズズッと動いた。


 ピチチチチチチッ


 外に留まっていた雀が一斉に飛ぶ。

 嵐の様な気配が部屋いっぱいに膨らんだかと思うと、やがて止んだ。


「相、分かりました」

「わ、分かってくれたか」

「はい、では失礼致します」


 粛々と略礼をして踵を返す緑栄に、いつもの様に背筋、歩幅とは声を掛けなかった。

 美しい立ち姿だったからだ。

 ただ、一度もこちらを振り返らずに出て行った緑栄を見て、柑音は頭を抱えた。


「不味い。不味った……あんな怒った緑栄は初めて見た」


 後悔先に立たずとは誰が言った言葉か。

 柑音は珍しく素に戻り、判断を間違えたかもしれない、と唇を噛んだ。




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