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6 流行り病 ー煌明ー

 



「ぐっ……」


 粘つく様な喉の渇きを覚えて、煌明は薄く目を開けた。自室の寝室だ。

 身じろぎをしようとするのだか、身体が動かない。右手の上に何か乗っている。

 なんだ? と無理に起きようとして、乗っているものが何か気付き、慌てて身体を元に戻した。

 顔は伏せて、髪はいつもの様に結い上がってはいないが、頭の形で青蘭だと推測した。


「なぜ……ここに」


 呟いたら頭痛がした。倒れたか、と頭を枕に戻す間にゆっくりと記憶が戻ってくる。


「青蘭がついてくれたのか」


 おそらく一晩中付き添っていたのだろう。ピクリとも動かない。

 起こさない様に苦心して青蘭の顔の下にある右手を引き抜いた。感覚が戻らない痺れに、青蘭の看病の長さを知る。

 しばらくして足早な音と共に皇医、長耀(ちょうよう)が入ってきた。


「陛下、お目覚めでしたか!」

「ああ、水を一杯くれるか、喉が渇いた」


 その前にと皇医は身体の触診をしてから、ゆっくりと噛んで含む様に、と注意して水をもたせてくれた。

 側で突っ伏している青蘭に長耀は、皺が目立つようになってきた目元をわずかに緩め温かい一瞥を向けている。


「青蘭に任したのだな」


 暗に側を離れた事を告げると、幼少の頃から仕えてくれている長耀は視線をこちらに戻して頷き、伏礼をして詫びた。そして離れた理由を正確に告げた。


「母上が?! 流行り病か! して、容態は」

「只今は安定し、回復に向かっております。お年の分、陛下の様に直ぐに、とはいかないでしょうが、まず大丈夫でしょう」


 安堵の溜息をつき、改めて青蘭を見た。髪の毛が邪魔をして表情が見えない。


「お前の目からしても、信に値したか」


 ポツリと言った。

 長耀はまた正確に答える。


「まず、病の進行の経過が正確でした。実際に看護したのでしょうな。そして皇太后様が倒れたと聞き、一番に声を上げました。また、自分の命も他人の命も預かれる度量。信に値しました」

「そうか」


 煌明は青蘭の前髪をどけて顔を見ようとした。かき上げようとして触った額が熱い。


「……熱がある」

「移りましたな」


 長耀は頷き、青蘭の身体を起こした。力なく、なすがままになっている。


「構わないからここに寝かせろ」

「……陛下の寝台にですか」


 微妙な顔をした皇医に、コホンと咳払いをして、もっともらしく言った。


「蕾に手をだすか。流行り病なのだろう? 感染者を増やさない為だ」

「分かりました」


 そう言って皇医が青蘭を抱き上げると、かくっと青蘭の頭が下がり、首元が露わになった。

 はだけた胸元に散った小さな花に、双方押し黙る。


「……」

「……」

「…………………まさか……私か?」

「はーーーーーーぁ。他にどなたがここへ入られると?」


 呆然と自問自答する煌明に長い溜息を見舞った皇医は、慇懃に主人の隣へ青蘭を寝かす。


 そして枕元にあるたらいで丁寧に手を洗いながら淡々と言った。


「はじめに申しておきますが、この病に関しては汗をかいた方が回復が早いと思われます。が、体力的にみて添い寝程度にしておくのがこの者の為かと存じます」

「言われなくてもそのつもりだ」


 皇医は目を細めてこちらを見てくる。


「何もせぬ!」

「分かりました。何かありましたらお呼び下さい」


 長耀は汗をかいたら拭って下さい、と布を近くに置き、退出して行った。




 人の気配がなくなった部屋に、小さな浅い呼吸が響く。

 抱き寄せると、頭の先から足元まですっぽりと身体の中に入ってしまう小さき者。

 その者に付けてしまった花に、自分自身が戸惑う。

 今も、ここに留めてしまった。

 春節の準備で半月ほど顔をまともに見ていなかった。青蘭の花が段々と淋しげになっていくのを見て、手慰みに手紙を入れた。

 たちまち変わっていく花が面白く、また自分も慰められた。


「顔を、見たかったのだ」


 つぶらな瞳は今は瞑られている。いつもハキハキと喋る口は、苦しげに少し開いていた。


「早く、元気になれ」


 冷たい身体を抱きしめる。

 青蘭は身じろぎをして額を胸にすり寄せてきた。

 なんとも言えぬ気持ちが広がっていく。

 それが幼子を見る父性の情なのか、女を想う恋慕の情なのか、今はまだ、計りかねていた。




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