幕間 ー煌明、シルバー
煌明が円卓に肘をついて書簡を見ていると、参上しました。と声がかかった。
顔を上げると、シルバが略礼をして立っている。
「一応、音を立てて入ってくるのだな」
と煌明が揶揄ると、
「私は実働はしないので」
と低い返しが来た。煌明はふっと笑う。
座るか? と聞くと、いえ、こちらで、と立ったままなので、煌明は書簡を卓に置き、シルバの方に身体を向けた。
今は馬丁として簡易な袍に身を包んでいるが、本来は一族の長を担い一時期は国をまとめる力を持っていた男。
完全に気配を普通の男としてまとっているが、いざとなれば化ける。
煌明ははっきりと覚えていた。
先の政変時、混乱に興じて攻め入ってきた外敵を倒すためにテュルカ国に助力を求めた時に、テュルカ国の先鋒として来ていたのがシルバだった。
テュルカ国の騎兵隊を駆使して西方、金城国の片翼を削ぎ、それを足がかりに返り討ちに出来るよう素早く采配したその手腕に舌を巻いたものだ。
事前に煌明の元へその動きを説明をしに来た時、ゆらりと見せた騎兵長とは別の顔も、煌明は頭の隅に刻んだ。
そして戦場で前髪を総髪に上げ、眼光鋭く戦局を見て動いている姿を遠目にも見て感心したのだ。
驚異的に規律が取れたテュルカ国の軍馬の動きに騎馬兵の機動力の必要性を悟り、戦後に軍馬、騎兵の強化を指示したのは記憶に新しい。
煌明は座りながら足を組み、軽く腕も組むとシルバに相対した。
「紫鈴を嫁に迎えて、一応士官した形になっているが……まだ馬丁でいいのか?」
「その方が動けるので」
「馬丁でもこちら側に来た以上、そなたが持っている物も白陽国が使わせて貰う事になるが、相違ないか?」
「委細相違ありません」
無表情で答えるシルバに、煌明は苦笑する。
「堅苦しいな。近所の誰それだと思って話せと言わなかったか?」
「内容が内容なので」
シルバの応答に、まぁな、と頷く。
フル族の長に収まっていた男を気軽に扱えない事は分かっているが、立場的に近い存在になっていく。
(全てを見せる訳にはいかない。だがもう少し話せる雰囲気にはしたい、が……)
シルバの降りている前髪を見て、煌明は苦笑した。
戦局の時、騎馬兵を操るのとは別に示した顔は今は隠されている。有事にしか現さないその顔を、シルバはこちらに来てまだ煌明に見せてはいなかった。
もう少し時間がかかるか。
お互いの腹の内を見せない事には何ともならない。
そしてまだそこまででもない事は双方承知していた。
「紫鈴に例の顔の事は?」
「まだ言っておりません」
「勘付いているか?」
「今はまだ何とも」
「見た目あれだが、箱入りだからな」
煌明の言葉にシルバが深く頷く。
「私から言うか?」
「いえ、本人には聞かれたら答えると言ってありますので」
「分かった時、なじられるぞ?」
「その時はその時」
「あまり、知られたくない、か」
煌明の言にシルバが今度は苦笑して頷いた。
その人間味ある反応に、煌明もふっと笑う。
そしてシルバが紫鈴を深く想っている事に、少し安堵する。紫鈴の事は今は部下として扱っているが、幼き頃から一緒に育った乳兄弟だ。
やはり気になっていた。
いろいろな思惑があるかもしれないが、それでも、紫鈴を想っての婚姻だと信じてはいた。信じてはいたが。
確かめずにはおれない所が、まだ未熟、か。
煌明はまた少し笑い、今度はシルバの隠れている目を見て言った。
「馬丁も良いが、軍籍には入ってもらうぞ。位は佐官少佐だ。馬術訓練も見てもらう」
「むろん、そのつもりです」
「そちらの国と違って騎馬が弱くてな」
「存じております」
シルバの即答にくっと苦笑する。
馬丁から見た視点か、もう一つの目から見た視点か。どちらにせよ、今後はその目をこちら側で使わせてもらう事になる。
煌明は頷いて、ゆっくりと立った。
「それならば我からは何も言うまい。歓迎しよう。シルバ・アラ・テュルカ」
煌明の静かな物言いに、シルバも膝をつき正式な拝礼を取った。
やがて立ち上がると、一つ、いいでしょうか、と無表情で言った。
なんだ?と尋ねる。
「もうテュルカではありません」
シルバはそう言って、にっと笑った。
煌明も満足げに頷く。
「そうだったな。シルバ・アラ・フル、よろしく頼む」
気安く言った。
その言葉にシルバはさっと臣下の礼を取り、御意と短く言って部屋を辞して行った。
煌明はその振る舞いに苦笑し肩をすくめる。
「近所の弟にはまだまだ時間がかかりそうだ」
一人ごち、また卓に置いてある書簡に向きあうのだった。
佐官少佐は一軍の副司令官補佐の役割に相当します。
階級として
将軍 一軍の司令官
佐官大佐 一軍の副司令官
佐官少佐 一軍の副司令官補佐
騎兵
歩兵
となります。




