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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第二部 高位女官と一族の掟
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後日談 ー西の宿にて 続ー




 うっすらと蒼い空気の中で起きた。

 早朝の涼しさは、温もりに包まれていて感じなかった。

 ああ、そうだった、とぼんやり思った。

 シルバと一緒に寝たのだった。

 起こさない様にゴソゴソと身を起こし、

 そっとシルバの前髪を梳いた。

 前髪を梳くのが念願だった。

 梳いてはいけないと、いましめていたから。

 心待ちに見たシルバの素顔は、眉間に皺を寄せ、切れ長の目は不機嫌そうに瞑られていた。

 何でこんな顔……と残念に思いながら、額にそっと口付けを落として起きた。


 部屋を出て、共有の洗面台で顔を洗う。

 今日帰ったらいろいろ報告しなくては。

 青蘭はいいけど、帝と緑栄は…面倒臭い事になりそう、と思いながら顔の手入れをしようとしたその時。



 キャアアアーーーーーッ



 紫鈴は悲鳴を上げた。



 何事かとシルバと宿の人が飛び出してきた。

 紫鈴は、ごめんなさい、何でもないんです、大丈夫ですと布で顔を隠して部屋に飛び込む。


「紫鈴、どうした」


 シルバが心配そうに覗き込んでくる。


「み、見ないで!」

「顔が、どうかしたのか?」

「め、目が……」

「目が?」

「二重がなくなっちゃった……」


 涙声で紫鈴が言った。

 なんだ、そんな事か、とシルバは思ったが、ふるふると震えている紫鈴を見ると、本人にしてはかなり重大な事らしい。


「どれ、見せてみろ」

「だめっ、ひどいの」

「酷いかどうか見てやる」

「ぜったいいやっ」


 頑なに布を取ろうとしない紫鈴に、ちょっと待ってろ、とシルバは部屋を出て行った。


(どうしよう……このままじゃ宮に帰れない……)


 洗面で見た顔が忘れられない。

 目がぽんぽんに腫れて目が半分しか開いてなく、のっぺりとした……ぶるぶると首を振って残像を消す。

 こんな顔では朝食を取りに部屋から出る事もできない。

 絶望的な気持ちになった時、入るぞ、とシルバと共にもう一人女性が入ってきた。


「失礼しますね、目が腫れているとか?」


 声をかけて来たのは、紫鈴に夜衣を渡してくれた女性だ。

 シルバから宿の女将だと紹介される。


「は、はい……」


 紫鈴は情けなさそうに頷く。


「お薬を持ってきましたので状態をみたいのですが。あ、おさは先に朝食でも取ってきて下さいね。見てはいけませんよ」

「……分かった」


 シルバは渋々部屋を出て行く。

 紫鈴は女将さんの気遣いに感謝した。

 女将さんに促されて布を外すと、女将さんはそっと瞼を触る。


「少し熱を持っていますね。これで冷やしましょう」


 水を潜らせて固く絞った布を紫鈴の両目に当ててくれた。

 ぴたっと張り付く布の感触と共に、瞼が冷やされてほっと息を吐いた。

 少し経ったらこちらの布を、と今度は少し熱めの湯に潜らせた布を当てる。

 何回か温冷を交互に貼り付けていくと、少しずつ目が開く様になってきた。


「だいぶ戻ってきましたよ」


 手鏡を持ってきて紫鈴に持たせてくれた。恐る恐る覗き込むと、一重だったのが薄く二重に戻っている。


「あとはこのお茶の養分がしみた布を当てるといいのですが。これを付けると一刻はそのままにして置いた方がいいのです。もうご出立でしたら止めておきますが、どうなさいますか?」

「やります! あ、でもシルバが」


 目を覆ってしまうので移動が出来ず、午前中が潰れてしまう。自分はじっとしていればいいが、シルバは退屈してしまうだろう。


「では私が聞いてまいります。お待ちください」


 女将はそう言ってすぐに部屋を出て行った。

 紫鈴は再び冷たい布と温かい布を余念なく当てていると、女将が戻って来た。


「とくに予定は無いそうなので、お茶の布を当てますね。その間、目が閉じたままになりますので、長が介助して下さるそうです」

「分かりました、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 紫鈴は礼を言って目を瞑った。




****




「紫鈴、入るぞ」


 シルバは処置が終わったと女将から言われ、まだ朝食を食べていない紫鈴の為に宿で軽食を用意して貰って部屋に入る。


 紫鈴は寝台に座っていた。

 シルバの声にこちらを向くのだが、その顔の目の部分は布で覆われている。

 その一見痛ましい姿に、シルバは何故かゾクッとした。


(何だ?)


 いぶかしいながらも朝食を側卓に置き、紫鈴の隣に座った。

 完全に布で覆われていて見えないのだろう。シルバ? と不安げに言いながら手が宙を彷徨う。

 ここだ、と捕えると、ほっとした様に笑った。その笑みに、シルバはまたゾクゾクッとした。


(こ、これは……)


 目を布で覆われた顔は……意思のある瞳を伏せた事により、すっと整った鼻筋と軽く結んだ薄く紅い唇は影を帯びて儚げに佇んでいる。

 普段はきっちりと閉じている夜衣の合わせ目が朝のどさくさで絶妙に緩んだままになっており、かなり際どい。

 シルバだけを頼って寄りかかっている姿がしな垂れ掛かっている様にも見えて、庇護欲と共に強烈な色香を感じた。


(いや、流石に……だめだ)


 俺を頼っているのだ、と何とか自分を律し、朝食だ、朝食、と意識を給仕に専念させる。


「朝食を持って来た。まずはスープでも飲むか?」

「ん。ありがとう、シルバ」


 そう言ってまた手を彷徨わせた紫鈴に椀を渡し、紫鈴の手ごと包んで口元に持っていく。

 こぼさなよう、ゆっくりと椀を傾けながら、こくこくと飲んでいる姿に、また例の感覚が背中を走り始めた。

 ぷはっとスープを飲み切って、ふー…と息をついている口元が、微かに濡れている。

 呆然とその口元を見ていると、シルバ? とその口元が呼んだ。


「あ、ああ、悪い。あー…果物でも食べるか? あちらでは無かったからな」


 どうでもいい事を言ってお茶を濁す。

 まずい、かなり不味い。


「そうね、いただく」


 紫鈴は嬉しそうに笑って言った。

 シルバはその笑顔をあまり見ない様にして、用意されていた葡萄に手を出した。


「皮は、剥くか。手が汚れるな。すまんが俺が口に入れるぞ?」

「何から何までごめんなさい」

「いいから、口を開けろ」

「はい」

 剥くのに必死で、いざ口に放り込もうと顔を上げると、

 無防備に口を開けた紫鈴が…


「〜〜〜〜〜っ」

「シルバ?」

「…………ほら」

 意識が半分飛びながら葡萄を放り込むと、もぐもぐと咀嚼して花が綻ぶ様に笑った。


「美味しい。もう一つ、いい?」

「あ、ああ」

 朦朧としながらも剥き、

 声を掛けて再び口に放り込んだ時、


 食べようとした紫鈴の唇と、入れようとしたシルバの指が重なった。

 生温かく少し濡れた感触に、

 シルバの理性が飛んだ。



「うん、美味し……ん? …んーー!」

 紫鈴は葡萄ではなく柔らかな物に唇を塞がれて、何事かと思うが、すぐに生温かいモノが進入してきて、何をされているのか分かった。



「んー! んー!」

 シルバは背中を叩いて抗議され、はっと身体を話すと、

 目の前に果実と唾液に濡れた赤い唇が荒い息をしている。

「紫鈴、すまん」

「え? え?」

「止まらん」

「何が? 何を? あ…? ちょっと…あっ、い、いや…まって!」

「待てん」



 目を塞がれて、何も状況が分からなくて、

 でもシルバが苦しそうに口付けてくるから、開放してあげなければ、と思った。


「あの…あ…の…」


 口付けの合間に何とか言葉を紡ぐ。

 甘噛みされながら、何だと問われ、

 囁くように言った。


 優しくして…









 優しかったのか酷かったのかは

 よく分からないけれど、

 瞼は再処置が必要となり、

 寝台から動けなかったので

 その日も泊まりとなり、

 帰宮したら緑栄にこってりと叱られた。



 私の所為じゃない! と抗議したが、

 十中八九無意識に煽ったに決まってる!

 と理不尽に言い負かされて撃沈した。


 帝が然もありなんと頷き、

 青蘭が笑ってる。

 シンバは相変わらず前髪が長くて読めないけれど、嬉しそうに隣にいる。


 シルバの所為よ、となじると、

 不可抗力だ、と耳元で囁かれて、また撃沈した。





 完


お読みくださり、ありがとうございました。

何とかシルバもご満悦になりましたので、これにて完結とさせて頂きます。


甘さ加減も正直よく分からず……叱咤辛口激励ご感想頂けたら幸いです。

毎回読んで下さった方、

一気読みして下さった方、

蕾から並走して下さった方、

ありがとうございました!


第二部紫鈴とシルバの物語はこれで終わり、物語は第三部へと続いて行きます。


第三部、側近は恋泥棒。

ここまで読んで下さった方だったら…お分かりですよね(笑)

緑栄と春華の物語。

宜しければお付き合いください。


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