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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第二部 高位女官と一族の掟
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後日談 ー西の宿にてー




「そろそろ戻るか」

「そうね、お勘定しなきゃ」


 紫鈴は立ち上がったが、大丈夫だ、とシルバは歩き出した。


「ね、まって。前に来た時も払っていないと思うのよ、一緒に払いたいのだけど」

「ああ、大丈夫だ。ここはフル族の店だから」

「そうなの? でもいくら同郷の人がやっている店だからって払わないのは」

「ああ、言い方を間違えた。俺の店だから払わなくていい」

「はあ?!」


 ぽかんとしている間にシルバは店を出る。

 ありがとうございました〜 という店員の声に片手を上げて。

 紫鈴は半信半疑で店員に声を掛ける。


「あの、お勘定を……」


 店員はにこにこして言った。


「大丈夫です。おさからいつも月末に余分に頂いておりますので。今日はありがとうございました。お気を付けてお帰り下さい」


 促される様に店を出た。

 シルバは店を出た所で待っていてくれた。


「どうした?」

「払わなくてよかった」


 そうだろ、と頷くシルバ。紫鈴は気になる言葉を思い切って聞いた。


「あの……長って?」

「ああ、俺の事だ。まあ、シンに譲ったから今は任を解かれたが」

「フル族の……長?」

「ああ、今は違う」


(違うって……もしかして私の為に長を降りたの…? そんなのっ)


 眉をひそめて声を出そうとしたら、シルバに両頬を捉えられた。


「言っておくが、これは俺の意志でした事だ。もともと長を好きでやっていた訳ではない。お前との事を口実に任を解かれたと逆に喜んでいるくらいだ。この件に関して気に病む事はない。これ以上ぐだぐだ言うなよ?」


 静かに言葉を重ねられて、紫鈴はため息をつく。


「語彙が少なくて黙っているのもウソね。フル族の長だったり、口数が多かったり、いったい幾つ顔があるの? 私が好きになったシルバは本当にシルバなの?」

「……口数が多いのも少ないのもどちらも俺だ。その他の顔は聞かれたら答える。あと、やっと言ったな」

「もう掟には縛られないんだからその都度教えて。あと、言ったわよ」


言外に好きという言葉を告げたことを言われ、紫鈴は目元を赤くする。そんな自分を見るのは初めてなのだろう、シルバが面白そうに目で笑った。


「俺は気が回らないから聞かれないと答えられない。あと、最後の言葉をもう一回言ってくれ」

「本当に気が回らない人は私の隣にいないわ。あと、こんな往来で二度は言えない」


二つの問いを交互に応えながら身を寄せて小声で話す。なんだか、話している内容がとてつもなく恥ずかしい。


「照れているのだな」

「うるさい」

「あの〜 長ぁ〜 店の前でいちゃつくのは勘弁して頂けないでしようかぁ〜 お客さんが出るに出れないんですぅ〜」


 店員が申し訳なさそうに店から顔だけ出して言った。

 シルバと二人、慌ててその場から逃げ出した。




 シルバが半歩先を行き、紫鈴は半歩後ろをついていく。

 酔いが回っていないか心配でそんな歩き方なのだが、今夜のシルバは足元がしっかりしていた。


「今日はあまり飲んでないの?」

「ああ、飲んでいない」

「よかったの? 飲み足らないんだったら別の店に行く?」


 話ばかりしていてお酒が楽しめなかったか、と紫鈴は気になった。しかしシルバは首を軽く横に振る。


「今日はそこまで酔う必要はない。むしろこれぐらいでいい」


 紫鈴は前回シルバがだいぶ飲んでいたので、あれがシルバの通常の酔い方だと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。


(今後夫婦になって一緒に住むとなると、どれだけお酒を用意しておけばいいのか今から分かっておきたいのだけど)


 前回と今回で極端過ぎて分からない。

 まあ、おいおいでいいのか、と諦めた。


 そうこうする内に宿に着いた。

 宿の人は今回も女性物の夜衣を一式貸してくれた。

 恐縮して礼を言うと、大丈夫です、ごゆっくり、と部屋に案内された。


 二階の一番隅の部屋で、前回泊まった時よりも広い部屋だった。しかも、寝台が二つ重ねて置いてある。


(うわぁ……)


 紫鈴はそれを見て一気に心臓が跳ね上がった。


(夫婦になるんだもの、そうよね、あれよね、えっと……)


 奥宮では女官達と際どい物言いや、さも分かっている風で喋っているが、実際の紫鈴は経験も何もない、真っさらな初めてさんだった。


(え〜っと、まずは! 身体!)


「ゆ、湯殿に行ってくるわね!」

「ああ、後で俺も行く」


 荷物の番が有るから残る、という意味で言っただけなのに、は、はい、と顔を赤らめてギクシャクと出て行った紫鈴。その姿を見てシルバは彼女が男を知らぬのだと看破したが、止めるという選択は頭になかった。


 紫鈴がようやくこちらに向いてくれたのだ。

 今まで掟に阻まれて散々我慢したのだ。

 天然で煽ってくる敵をギリギリでかわしてここまで来た。

 最後の最後で半分陥落して耳をかじってしまったが、あれでとどまった自分を褒めたい。

 返す返すも拷問だった。

 それがやっと解禁なのだ。

 止めるだなんて無理な話だ。



 やがてホカホカと湯上がってしまうぐらいの赤みを帯びた紫鈴が戻ってきた。

 荷物を頼み、シルバも烏の行水とばかりに湯を浴びてくる。意気揚々と部屋へ戻ると、信じられない光景があった。

 紫鈴が掛布を抱き枕の様に抱え込み、ころんと寝ていた。

 そんなに待たせたつもりは無かった。

 だが。くーくーと寝ている。


 シルバは頬をむにむにとつまんでみた。起きない。

 みよーんとつまんでみた。起きない。


 盛大なため息をついて横になる。

 口を少し半開きにして寝ている様は、いつもより幼い印象をシルバに植え付けた。

 疲れてたのだろう。嵐の様な心境の中王都へ戻り、青蘭に説得されて今に至るまで、心身共に疲弊したのだ。


 でも、とシルバは少し腫れぼったい瞼に口付けた。

 俺も待ったのだ。

 額にも頬にも唇にも。

 甘く噛むと、微かに身じろぎをする。

 拷問を今回は拷問と捉えなくていい。

 半開きの口を角度を変えて攻めて行く。


「ん……んん? ……シルファ……?」


 流石の紫鈴も口蓋を弄られて覚醒する。


「ああ、起きたか?」


 起こす様に仕向けながら確認する。


「ん……私、寝てた……?」


 まだ寝ぼけまなこで、どうやって起きたのか分かっていない様だ。


「ああ、少しな。だが大丈夫だ。まだ朝じゃない」

「そうなの……わかった、お休み……」

「ま、まて」

「んー……?」


 また直ぐ寝ようとする紫鈴を揺さぶる。


「紫鈴!」

「シルバ……」

「起きたか?」

「大好き……」


 今度こそ何をしても起きなかった。




 発狂寸前の男は、せめて、と寝台の端に離れて寝たのだが、新妻の例の癖で擦り寄られ、拷問だ、酷すぎる、とつぶやきながら、いつもの様に抱き寄せるのだった。



あー…発狂寸前の方にガクガクされているのでもう1話だけお付き合い下さい…

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