後日談 ー食堂にてー
「二度、いや三度も求婚されるとは思わなかった」
再会の後、シルバは黙って紫鈴の手を引くと、西の宿にアリを預け、以前連れていかれた食堂に入った。
とにかく酒でも飲まなけれやっておれん、とばかりに駆け付け一杯煽った後、そんな風に言った。
紫鈴は恥ずかしくてプイッと横を向いてそれに関しては答えない。
「何であそこに居たの。もう帰ったかと思った」
会ったら告げようと思っていた言葉は出てこず、ひたすら恥ずかしい。
「アリが動かなかった。俺は一先ず宿で休んで、明日王宮に行くつもりだったんだ」
「アリ……」
帝の読みが当たった。城門の所で会えなくても、西の宿で会えていただろう。でもアリのおかげで、こうして一緒に食事を取ることが出来た。
アリに感謝する。
「なだめても引っ張っても動かなくてな。あんなアリは初めてだった」
「アリは信じて待っていてくれたのね」
「まるで俺は信じてなかったと言わんばかりだな」
「だって宿に戻ろうとしたじゃない」
「出直そうとしたんだ」
むう、とお互いがお互いを睨んだ。でも長くは続かない。顔を見合わせながら小さく笑い合う。
ふいにシルバが頬に手を当て、目尻をなぞった。
「何故、考えを変えたんだ?」
笑っているが、泣き腫らした目だ。
紫鈴は、あんまり見ないで、と目を伏せた。
シルバは今度は頬をふにふにとつまんで、言え、と催促してくる。
わかったからやめて、と紫鈴は睨んだ。
シルバは名残惜しそうに引いた。
「青蘭が考えてくれたの。国を離れられないから別れたと言ったら、じゃあシルバに白陽国に来てもらう様に説得してきて下さいって」
「……」
「難しい事は分かってる。許しを得る為に、また村に行ってお母様にもお願いする。だから、シルバ、私と一緒に白陽国で暮らして欲しい」
「……」
「……だめ…?」
何も言わないシルバにだんだんと不安が募ってきて、紫鈴は涙目で聞いた。
「駄目ではない。そんな顔をするな」
「じゃあなんで」
「お前はいつも、俺を残して一人で突っ走って一人で完結をして。俺が口を挟む間が無い。今度は俺が求婚したかったんだ。なのに、またお前から求婚された。だから悔しくて黙った」
「何それっ」
「お前が悪い」
「八つ当たりじゃないっ」
「俺はもともと口数が少ないんだ。慮れ」
「知らないわよ。あと本当はそんなに口数少なく無いでしょ。白陽語だから語彙が少ないだけで、フリカ語だと普通に喋ってるでしょ」
「……」
「都合が悪いと黙っているだけでしょ。口数が少ないふりして」
「何故分かった」
「あれだけ一緒に居れば分かるわよ」
そう看破した紫鈴に、参ったとシルバは両手を挙げた。
「で、どうなの? こちらに来れそう?」
再度確認する。うやむやでは済まされない。
シルバと紫鈴の大事な事。
シルバはニッとして頷いた。
「来られる。実はもう、その様にしてきた」
「……え?」
シルバの話はこうだ。
村で紫鈴が婚約を解消したいと申し出た後、紫鈴が下がってからシルバは母に言った。
紫鈴は今思い詰めてああ言ったが、白陽国に戻って自分が説得するから解消はしないでくれと。
「母は青蘭殿と同じ事を言ったのだ。あんなに思い詰めて出した答えだから、軽々には覆らない。それよりあの子の憂いを取ってあげるのが先だ、と」
「カルン様」
「母は俺の村での任を解いてシンに引き継ぐ事を村の皆に示してくれた。俺は晴れて自由の身となり、お前と共に居れる事になった」
「え、まって、何で言ってくれなかったの? あの時言ってくれてたら、こんな事には」
「それは」
「それは?」
シルバは眉間にしわを寄せておもろに、掟だ、と短く言った。
「ええ?! ここにきて掟ぇ?」
「言うな。掟の被害を被っているのは誰が何と言おうと俺だ」
「そんな事知らないわよ! そもそも知らないのよ、婚約の掟を。何で教えてくれないのよ」
「それも、掟の縛りだ」
紫鈴は絶句する。
「だが、お前が教えて欲しいと言ってくれたので、今から教える事が出来る」
「え……? 何それ、私が聞かなかったから教えられなかったって事?」
「そうだ」
「なに……それ……」
そもそも、とシルバはフル族の婚約の掟への進め方を教えてくれた。
まず、好き合った者達が自分達の想いを確かめ合った後、
どちらかの馬の首に額を付け、馬が許す仕草をしたら仮の婚約が成立する。
三月の間共に過ごし、二人の想いが変わらなければ、結婚。どちらか一方の想いが変われば、別離。もう少し確かめ合いたいと双方が願えば期間を延長する。
と、これは以前に教えてくれた通りだ。
それを踏まえて厳守しなければならない掟として以下の通りだと言う。
一、双方の合意が無ければ過度な接触は避ける事。
一、お互いの意見を尊重する事。
一、知らずして婚約が成された場合、問われるまではこの掟を秘密にする事
以上を厳守する事。
紫鈴はざっと今までの事を顧みる。
まず、好き合っていなかった。
好きでは無いと拒否していたので、掟も興味が無いという体にして何も聞かなかった。
お互いの意見を尊重しすぎて本音が言えなかった。
「ああ……」
紫鈴は机に突っ伏した。
全部裏目である。
シルバはくっくっと笑い出した。
そして突っ伏している紫鈴の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「まあ、これが俺達の婚約の形だ。色々あったが収まった。これで良いんじゃないか?」
一手違えばここまで苦労しないで済んだかもしれないのに、とは思ったが、いや、どの道苦労したかも、と思い直した。
辛い思いをしなければ、シルバへの想いを告げる事はなかった。これでいいんだ、と紫鈴は顔を上げた。
(あ、そう言えばまだ告げてなかった)
と紫鈴はシルバの顔を見たが、もう幸せそうに出来上がっているのを見て、ま、いいか、と自分の心の内に収めた。
告げる時間は、いくらでもあるから。
後に散々言わされる羽目になるのだが、それはまた別の話。
シルバよく喋っていますが、なんだかんだ本当は口数少ない方です。
紫鈴相手なのでよく喋ってますね。
もう少し後日談続きます。
徐々に甘くなる…はず?




