28 感謝
紫鈴は行きに俯いて走った道を今度は前を向いて走る。
奥宮の門を札を見せて駆け抜け、息を切らしながら表門通過する時、今出ると日没まで間に合いませんよ! と声を掛けられたが、大丈夫! ありがとう! と手を振って応えた。
城門も札を見せようとしたら、大丈夫です、と通された。さすがに半刻も立たない内に再度通るのだから、覚えられていた。
ありがとう、と言って、城門を出る。
袂から緑栄から貰った紙を出し、順路を覚え、とにかく西の宿へと走ろうとした時だった。
往来の左の方で人集りが出来ていた。
「めんずらしーなぁ」
「テコでも動かねぇみてーだ」
「兄ちゃん、よっぽど慣れてねぇんだべ」
「いんや〜 ありゃ馬の意思だっぺよー」
「馬なんかに意思なんぞあんべかぁ?」
「あるある、おら見た事あるんさ、テコでも動かねぇ馬」
「どこでぇ」
「万丘の手前さぁ。あん時も随分動かねかったさ」
「なんして動かねぇの?」
「そんときゃ腹いただったみてーだよ?」
「あはは、人間みてぇだなぁ」
往来の野次馬の声に胸が震える。
近くへ行くと、黒い見知った姿があった。
主人よりも早く紫鈴を見つけ、嘶く声。
ブルルッ ブルルッ
あ! 動いた! と野次馬。
ブルルルッ
目の前の光景が信じられなくて呆然とする紫鈴に、黒毛の見事な肢体が近づく。
紫鈴の顔に鼻先を近付けて、甘えた。
「アリッ」
紫鈴はアリの首筋に抱きついて頬擦りする。
ブルルッ ブルルッ
アリが嬉しそうに応じる。
「アリ……」
言葉にならなくて、感謝を込めて額を首筋につけた。
ブルルッ
「あ」
後ろで声が聞こえた。
「あ……」
その声を聞いて、自分の行為が何を意味するか思い出した。
笑みがあふれる。
あの時も、何も考えずに感謝したのだった。
紫鈴は、今度は意思を持ってアリの首筋に額を付ける。
天の神、地の神、水の神、火の神よ
見守り下さり、ありがとうございます。
シルバと私の婚姻が
つつがなく結ばれますように
アリが祝福してくれますように
あの時の祈りも、成就した。
今度も成就しますように、と
微笑みながら、祈った。
了
お読み下さりありがとうございました。第ニ部 本編 完結です。
後日談を数話(お砂糖多め…でも当社比)を用意しております。
よかったらそのままお待ち下さいね。




