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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第二部 高位女官と一族の掟
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21 故郷へ ー嵐ー

 



「あの、お聞きしたいのですが」


 紫鈴はサリヤに向き直り話しかけると、サリヤは困った様な申し訳ない様な顔をして、ワたし、白陽語、少し、と言った。

 紫鈴は頷いて、ゆっくりはっきりと問う。


「私はシルバの村に行きます。

 その人達は、白陽語、話せますか?」


 サリヤは目をぱしぱしっと瞬かせると、少し考え込むようにうつむいて、やがて申し訳なさそうに応えた。


「話す人、話さない人、いる。女の人、あまり、話さない」


 ほとんど言葉は通じないかもしれない。

 紫鈴はその覚悟をした。

 そして先程のグルカの対応を見ても、紫鈴を、と言うよりは女性を重きに置いていないかもしれない、と心に留めた。

 文化、生活の習慣の違いが大いにある。

 紫鈴は少しずつ不安になっていく心を止める事が出来なかった。


 半刻もしない内にシルバが紫鈴のいる部屋へ入ってきた。

 サリヤに礼を言って紫鈴の横に座る。サリヤが笑顔で会釈して下がると、シルバはサリヤの持ってきた揚げパンをとって紫鈴に勧めた。

 紫鈴が黙って首を振ると、一口でペロリと食べた後、ぐしゃぐしゃと紫鈴の頭を撫でた。


「何……?」

「心細かったのか?」

「そんなわけ……」


 無いと言えなかった。

 強気になれない。


(どうしよう……シルバの前だと、どんどん弱くなる)


 自分で自分が信じられないくらい、他の人には見せない面がどんどん出てくる。

 雨が本降りになってきて、紫鈴の心を代弁するかのようにザアザアとカリマの屋根を叩いている。


 シルバは黙ってしまった紫鈴を見てふっと笑うと、ぐっと身体を引き寄せた。

 紫鈴が抗議する間も無く膝の上に横抱きになって座らされる。


 シルバにしては強引だ、と思ったが、紫鈴は大人しくシルバの胸に頭を寄せた。

 シルバは両腕を組んで紫鈴をすっぽりと包む。


「俺の村は、夏は白陽国側の草原に居て、冬は南のイザーナ国の方へ下がっていくんだ」


 シルバの声が胸から聞こえる。

 トクトクという心音と共にくぐもって響く。

 少し聞き辛くて身を起こすと、いつもは見えない切れ長の目が前髪から透けて見えた。

 あの穏やかな目が、こちらを向いている。


「あと一ヶ月もすれば、徐々に南に下がって行く。その前に俺が白陽国に居る手配をしなければならない」

「……」

「もうすぐ約束の三月みつきにもなる。皆が行く前に報告しなければならない」

「……三月を過ぎると、どうなるの?」


 聞かなければいいのに、と思う前に言葉が滑り出てしまった。自分の答えは一択しかないのに、相反する心を止める事が出来ない。


「答えが出れば、結婚か、別離か。答えが出なければ延長。俺は延長を申し込みに行くのだが」


 シルバはそこで言葉を切った。

 いつも口数は少ないけれど、言い淀む事のない人が。


 紫鈴はシルバを見上げる。

 シルバも紫鈴を見ていた。


「延長には、双方の同意が必要だ」


 紫鈴は目を見開いた。


「村に着いたら、俺の親族。まぁ、母になるわけだが、母の前でどうするか告げてくれ」


 紫鈴の唇が、震えながら言う。


「……延長……しないって……言ったら?」


 シルバが、じっと紫鈴を見下ろしている。その目には驚愕の色も怒りの色も見当たらない。いつものように穏やかな瞳があるだけだ。


「婚約の儀は解消され、お前を白陽国まで送り届けて別れる」


 シルバは淡々と事実だけを言った。

 紫鈴はシルバの腕の中で身を硬くした。

 そんな紫鈴の背中を、なぜかシルバはぽんぽんと安心させる様に優しく叩いた。


 紫鈴はその優しさに、我慢が出来なかった。


「なんなの……なんで何も言わないの……? 同意してくれって……言えばいいじゃない、延長してくれって……」


 ぼろぼろと涙が出た。


 シルバは決して紫鈴の回答を誘導する事は無かった。

 真摯に想いを告げ、紫鈴の想いはどうだ、と確認するが、無理強いはしなかった。

 最初はしない、絶対受けないと息巻いていたのに。


 シルバと時間を共にするたびに、

 どんどん何も言えなくなっていく。

 ここまで来ても。

 腕の中に居ても。


 自分で決めなければならないのが、辛かった。

 辛くて、甘えた。



 シルバは紫鈴の頬に手を当て、こちらに向けた。潤んだ瞳から溢れ出る涙を吸い、瞼に口付ける。

 初めて心の内を明かした紫鈴を見て、苦しそうに息を吐き、地を這う様な声で言った。


「お前が、決めるんだ」


 紫鈴の眉がぐぐっと歪んだ。

 見る見るうちに瞳に新たな涙が盛り上がってくる。



「……決めたく……ない……」



 小さな、囁くような、叫びだった。



 シルバは堪りかねた様に紫鈴を搔き抱いた。

 紫鈴は身体を一瞬だけ硬くさせ、しかしシルバに縋り付いた。

 何もかも忘れて、この激情に流されたかった。


 おとがいを掴まれて上を向かされた時、紫鈴は自ら目を瞑った。

 震えながらシルバの思いを待った。

 吐息はすぐ側まで来ていた。


 だが、唇まで届かず、頬に落ちた。



 シルバは苦しげに唸った後、紫鈴の耳朶を咬んだ。


「……っあ」


 背中まで走った衝撃に声が上がる。


 その吐息に骨が軋むほど抱きしめて、シルバは突然身を放し部屋を出て行った。


 紫鈴は咬まれた耳朶を震える手で触る。

 シルバが付けた甘い痛みにまた涙が出た。


 側にあったにクッションに頭を付ける。

 顔を埋めて泣いた。


 雨音が一層強くなった。





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