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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第二部 高位女官と一族の掟
44/77

18 王都門

裏タイトル

男共のはかりごと

 



 五日後、紫鈴は少し気を張って馬舎へと歩いていた。

 シルバに会うのは例の一泊してから初めてで、平静に、普段通りに、と柄にもなく心に唱えない事にはここへ来る勇気も出てこないぐらいだ。


(天の神、地の神よ、どうか普通に話せます様に)


 普段はどんな辛辣な言葉も切り返し、絡んでくる相手には言葉巧みに千切っては投げ、千切っては投げとあしらっている自分が、シルバと相対するのに神頼みとは。


 緑栄が見たら泡を吹いて倒れそうである。

 祈っている所なんて見られてないわよね、とぶつぶつこぼしながらシルバを訪ねると、アリを伴って馬舎から出る所だった。


「ああ、丁度よかった」

「先日は、どうも。また、どこか? 随分重そうね」


 シルバはアリの腹の脇にも荷をくくり付けている。


「ああ、ちょっとな。ここで会えたから掟は守られた。心配は無用だ。では行ってくる」

「え、ちょっと」


 言うが早いかさっと馬上の人となり、手を上げて去って行ってしまった。

 一人残された紫鈴はあっけに取られてたたずむ。


(今日は一緒に行かないんだ……別にいいけどっ)


 思うとも無しに考えてしまった自分に一喝して、早々に元来た道を戻って行く。

 不意に訪れた一人の休暇をどう過ごそうかと、例の小部屋でほうから女官衣に袖を通そうとした所で緑栄が駆け込んできた。


「紫鈴たいへん! シルバが村に戻っちゃうって!!」

「はい? 今、会って来た所なんだけど」

「ええ?! 何で止めないの!!」

「なんでって知らないし!」

「とにかく紫鈴、追って!」

「別に、追わなくったって」

「戻ってこないかもしれないよ!」

「ええ?! そんな事一言も……」


 言われてみるとシルバは何となくそそくさと出ていった気がしないでもない。

 装備もいつもよりは多かった気がする。


「今なら間に合うから早く!」

「でも」

「シルバ殿、今朝早く主に目通りしていったんだよ。主から紫鈴に早く知らせてやれって言われて……紫鈴!」

「………」

「紫鈴、このままでいいの?!」

「………緑栄、袍、貸して!」


 女官装から袍に着替える。


「馬、表に出してあるから!」


 緑栄の声を背中で聞きながら、頷いて走り出した。

 アリの馬足を思うと馬を使った方がいいかとも思ったが、ここは王都、人の往来も多く、自分の技量を思うとかえって遅いと判断して、人を抜いながら走りに走った。


 そして、王都門。


「待ちなさいよ!!!!」


 息が上がって、声も出ないくらいなのに。

 怒鳴った声は思いの外大きく、見知った後ろ姿が振り向いた。

 紫鈴は一言発して無理をしたのか咳き込み、身体を折って自分の中の嵐が鎮まるのを待つ。

 アリがブルルッという鼻息と共に心配そうに顔を寄せて来た。


「アリ……だい、じょぶ」


 シルバはアリから降り、黙って水筒をさしだした。

 紫鈴は言葉を発したかったが出ず、奪うように差し出したものを取ると、浴びるように飲もうとして咎めようとする気配を察し、手を上げて止め、一呼吸置いてゆっくり噛むように一口飲んだ。

 その様子を見てシルバがほっと息をつく。

 それに紫鈴はイラッときた。


(何、心配してるのよ! 置いて行こうとしたくせに!!)


 キッとシルバを睨む。


「何故、来た」


 ボソッとした問いに、更に柳眉が上がる。


「村に帰るって聞いたのよ」

「ああ」

「何で私に言わないの」

「聞かれなかったからだ。心配無用とも言った」


 聞かれなければ黙って帰っていいのか。

 一言も無く。

 一言も……!


 紫鈴は息を大きく吸い込んだ。


「いつもいつも言葉が足りないのよっ! 確かに私はあなたと一緒になれないと言ったけど、あなたは掟だから一緒に居なければならないって言ってたじゃないっ! なのに一人で帰るって……あんなに掟掟って言ってたのに破るの? それとも諦めて帰るの? どちらにしても私に一言も無いってどういう事よ!納得出来ないっ!」


 一息に叫んで、また咳き込んだ。

 シルバは黙って水筒を渡す。

 紫鈴も受け取って再び一口飲む。

 しばらく間を置いて、シルバはボソッとまた言った。


「まず、掟は破らない」

「……は?」

「お前との付き合いがだいぶ掛かりそうなので、掟の延長を申し込みに戻るだけだ。了承を得てすぐに帰るから、一週間以内には王都に戻るつもりだった。まあ、今となってはお前が来たから急いで戻らなくても良くなったが」


 え? と、思わず手にもった水筒を落としそうになる。シルバはすぐに気づいて、ちゃんと持て、と握らせてくれるが、それどころじゃない。


「だって陛下に挨拶したって」

「こちらの事情と、一週間以内に戻る事を報告した」

「緑栄が、緑栄が追えって」

「どこへ行くのか? と聞かれたので村に戻ると言った」

「……」


 呆然と、言葉にならない。


(…勘違い? 勘違いなの? 勘違いって何を……)


 ぶわっと顔から汗が吹き出した。

 へどもどと水筒をシルバに返し、そ、そうなんだ、あは、あはは、と無理に笑い声を出した。


「い、いってらっしゃい。き、気をつけてね、じゃまた」


 シルバの顔を見るともなしに手を振って王宮へ戻ろうとしたが、まて、と腕を掴まれて振り返させられた。


「何故、来た」

「いえなに、勘違いしただけで」

「何を勘違いした」


 間髪入れずに畳み掛けてくるシルバ。

 前髪で表情は見えないが、不穏とも取れる気配、迫ってくる圧を感じて、紫鈴は焦った。


(何って、何って、それは……)


 胸に浮かんだ微かな温かみを認める訳にはいかなかった。


「わ、分からない!」


 紫鈴の素っ頓狂な答えに、シルバは長い長いため息をついた。

 そして紫鈴を見る。

 横を向いて、ぎゅっと目を瞑っている紫鈴の姿に、先程よりもさらに長いため息が再び出る。


「……掟が無けりゃ」

「え?」


 小さくもない声に顔を上げると、前髪に隠れたシルバの瞳は見えないが口はへの字に結ばれていた。あからさまに機嫌が悪そうな姿は、あまり見たことがなかった。


「何でもない。俺は村に一旦戻る。お前も来い」

「ええっ?!」

「一緒に来てこの現状を見てもらった方が早い。……お前という存在も村に知らせておきたいしな。乗れ」

「ちょ、ちょっと」

「これ以上四の五の言うな。俺は少し怒っている」


 そう言ってむつっと黙ってしまったシルバの〝怒っている〟との言に固まってしまった紫鈴。

 シルバはそんな紫鈴をひょいと馬上に乗せると自分も後ろに乗り、文句を言われぬよう、すぐに早駆けで走っていった。



「不発か?」

「不発ですね…」

「お前、白白し過ぎたんじゃないか?」

「いや、そこは大丈夫だったんじゃ…走って追いましたし」

「シルバも押しているんだがな…」

「我が姉ながら鉄壁の守りですね」

「ため息ついてるな」

「そら吐きたくもなります」

「あ、怒った」

「あ、固まった」

「良いな、乗せた」

「怒ると固まるのか…良し」

「いや、あれはシルバ専用だ。お前じゃ無理だ」

「ダメですかね」

「返り討ちだ」

「……ですね」


by煌明&緑栄

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