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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第二部 高位女官と一族の掟
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17 挨拶

 



 表宮への扉を開けた緑栄は、まず足早に歩く事を心がけた。

 大きく均等な歩幅、顎を引く姿勢。

 足と腰がシナを作らず歩けているか確認する。早く歩く事で強制的に男の歩き方に戻す狙いもある。

 暫くして通常の歩幅に戻した。

 少し深く息を吐く。

 やはり、切り替えの時はいつも気が張る。

 自分に戻る時は特にだ。


(女性が男っぽいのは時として許されるが、逆は目も当てられない)


 男の自分がシナを作っている所など、想像するだけで吐き気がしてくる。

 緑栄は慌てて頭を振って出てこようとする想像図を散らした。

 公務扱いで外出しているので、通常業務に割り当てられてない分、終業時間まで間があった。

 今度は目的を持って歩く。

 やはり足早に。





 馬舎に近づくと、シルバらしき人影が見えた。緑栄はあえて気配を絶って近付いたのだが、ある一定の範囲に入った所で動けなくなる。

 緑栄は小さく息を吐き、自分の存在を知らせた。


「紫鈴の」

「失礼しました。伯緑栄(はくりょくえい)と申します。少し気を収めて頂けると、ありがたいのですが」

「ああ、すまない」


 シルバは張っていた気を解いた。

 一歩踏み出せば、組み押さえられるか、刀でも持っていようものならば喉元に喰らい付かれる。そんな豪気に緑栄は内心、舌を巻く。


「姉がお世話になった様で」

「いや、心配をおかけした。すまぬ」


 さっと目礼したシルバに、緑栄は敵わないな、という顔をした。


「いえ、至らぬ姉で……シルバ殿にはご心労かけました」


 緑栄も深々と頭を下げる。

 自分も常に振り回されて心底困っているのだ、ましてや好意を持ってくれているシルバにした所業。同じ男としてまた弟として申し訳ない気持ちが前面に出た。

 シルバはいや、と短く応えたが、雰囲気が穏やかになった。

 お互いがお互いの気を読み、ふっと笑い合う。


「時に、緑栄殿も気が見えるのか?」


 シルバが話を変えてくれたので、緑栄はほっとしていえいえ、と顔の前で手を横に振った。


「私は気配を察するぐらいでして。はっきりと見えるのは父と姉ぐらいです」

「そうか」

「気に興味が?」

「ああ、我が国には無いものだからな」


 シルバがはっきりと頷くのをみて、緑栄は家族として懸念していることを聞いてみた。


「気が見えるから、姉を?」


 もし、シルバが姉という人となりではなく、特殊な能力を欲していたいたのなら。

 返答次第ではこの柔らな空気を変えなければならない。

 そんな想いでさりげなく問うと、いや、とシルバはこちらを気にすることもなく首を横に振った。


「そういう訳ではない。馬が許したので。貴殿からすると面食らう事だと思うが」

「テュルカ国にはそういう婚姻の形をとる場合もあると文献で読んだ事はあるのですが、まさか本当だとは思いませんでした」

「うちの村は古い方だからな」

「村、ですか」

「ああ、一応村だ」


 テュルカ国は放牧を好んで暮らしている遊牧民族の為に形式的に名称している名前だ。フル族の他に、ダリ族、カカ族、トル族、コウ族と五大部族があり、合議制で成り立っている。たしか国の代表は五大部族の中で四年の持ち回りで勤めているはずだ。


 フル族は可動式の幕を持ち、常に家畜の草を求めて移動していると思っていたので、緑栄はいささか驚いた。


「定住されているのですか?」

「いや、今の所は夏までだ。その後は南の方へ下がって行く」

「夏までとなると」

「ああ、あと一、二ヶ月だな」

「それまでに紫鈴は決めなければならないのですね」


 自分の事となると短慮すぎる姉の答えなど、直ぐに決まってしまいそうだ。

 緑栄は口元に手を当て、何か良い手はないかと考える。するとシルバは肩をすくめて片腕を腰に当てた。


「まぁ、それに越したことはないが。一度戻ろうと思う」

「返事を待たずにですか?!」

「いや、カリマの移動までに返事がもらえそうにないからか、先に行ってもらう旨を伝える」

「そう、ですか」


 緑栄はほっとすると同時に、二人の恋路が長引きそうな気配にぶると身震いする。

 つまりは自分の二重生活がまだまだ続く事になるのだ。それは勘弁してほしい。


「緑栄殿は姉思いだな」

「いやっ、どうでしょう……貴方の方こそ、諦めないのですね」

「……何といったら良いか。そなたの姉君は、いつもあんな調子なのか?」

「どういう意味です?」


 怪訝な顔をすると、シルバはちょいちょいと顔を寄せてぼそぼそと宿に泊まった時の紫鈴の様子を語ってくれた。

 緑栄は目も口を大きく開き、額に手を当てる。


「もう、ほんと、すみません、ほんと……っ申し訳ないっ」


 がばりとまた頭を下げる緑栄に、シルバはいや、いいんだ、こちらも楽しんでいる、と男気をみせた。


「しかしこう着状態なのが一番痛い所だ」

「そうですね、姉も頑固ですから」


 うんうん、と頷く緑栄は、そうだ! と一つ手を打った。


「シルバ殿、一つ、芝居を打ってみましょうか」

「芝居?」

「あ、いえ、シルバ殿は普通に、必要最小限の言葉で伝えればそれでいいのです。えーっと、私がこう、姉に言うといいのではと」


 緑栄は近くに誰もいない事は重々承知なのだが、悪巧みを働かす時はつい小声にぼそぼそとシルバに告げた。

 シルバはふむ、と顎に手を当て、思案して頷く。

 緑栄はよし、と胸の前でまた力強く手を叩いた。


「では早速陛下に願い出よう」

「はい、紫鈴には私の方から伝えます」

「手数をかけるが」

「いえ、結果的に姉の為になると思いますから」


 緑栄のその言葉に、シルバの目が柔らかく細まった気がして、ちょっと気恥ずかしくなった。


 で、ではまた、 とこれ以上読まれるとこそばゆいくてそそくさと略礼をし表宮へ戻る。


「あの方が義兄(あに)になってくださればすごく助かりそうだ」


 じゃじゃ馬な姉の手綱を落ち着いて持ってくれそう気配になんとしても成功させねば、と意気込む。


「よし! そうとなればまず主!」


 緑栄は足取りも軽く、姉攻略の策を伝えに煌明帝(こうめいてい)の私室へと歩いていった。




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