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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第二部 高位女官と一族の掟
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16 見舞いー緑栄ー




 奥宮では朝の朝礼が始まっていた。

 紫鈴が戻らないので、代わりに緑栄が青蘭と共に立つ。

 女官長の柑音かんねはさっと視線を絡めたが、事情は届いている様で顔色も変えず佇んでいた。


 つつがなく朝礼が終わり、皆がそれぞれに移動する中、緑栄はある一人の女官が居ない事に気付く。

 青蘭には先に行くように声をかけて、散って行く女官の一人を呼び止めた。


「ねえ、今朝春華さんを見かけないのだけど、あなたご存知無い?」

「おはようございます、紫鈴様。春華さんは今朝体調を崩されてお休みを頂いているようですわ」

「まあ、そう……。ありがとう」


 略礼をして去っていく女官と反対側の廊下を歩きながら、緑栄はしばし思案する。

 やがて帝の私室とは違う方向に、足早に歩き出した。




 奥宮の北官舎に春華の部屋はあった。

 緑栄が訪ねて行けたのは正午を一刻ほど過ぎた頃だった。

 入念に仕事をし、早目に終わらせられるよう努めたにもかかわらず、思ったより遅くなってしまった。

 小さな土鍋をお盆にのせ、中の気配を探るが物音一つしない。


「紫鈴です。入るわよ?」


 囁く様に告げて部屋に入ると、春華は左右にニ段になっている寝台の下段に寝ていた。

 小机お盆を置き、片膝をついて様子を見る。

 額に手を当てると、高熱と迄はいかないが熱を持っていた。

 緑栄はため息をつく。


 春華が風邪を引いたのは、昨晩の行動の所為だ。

 おそらく身体が温まりきらない状態で出たのだろう。

 その原因は自分にあった。

 一旦部屋を出て手桶を持って戻り、手拭いを固く絞って額に当てると、苦しげな表情が少しやわらいだ。


「……?」


 何度目かに手拭いを替えた時、薄く春華が目を開けた。


「気分はどう?」

「……りん、さま…?」


 声を発したのは今が初めてなのだろう。

 掠れてあまり聞き取れない。


「ひどい声よ。少し水分を取った方がいい」


 力ない春華を支え起こし、白湯の入った湯呑みを口元へ持っていく。

 こく、こくとゆっくり飲み干した後、春華は一つ、目を瞑ってから今度は意識のはっきりした目で緑栄を見た。


「紫鈴様、わざわざこんな所まで…いたみ入ります」

「いえ、朝礼であなたの姿が見えなかったから」


 平静を装いつつそれらしい事を言ってみるのだが、一介の女官が休みを取ったぐらいで紫鈴の程の高位女官が見舞うとは聞いた事がなく、春華はただただ恐縮していた。

 緑栄は自分の所為で春華が風邪を引いたとは言えず、知った顔が見えないと心配するたちなのよ、とか、早く元気になってまたおまんじゅう作って貰いたいし、とか何とか苦し紛れに言いながら世話を焼いた。


 まだ何も食べていないという春華に、自参した粥を手渡しながら様子を見る。

 食べは悪くなく、ゆっくりだが椀を空にしたのを見て、ほっと一息ついた。


「すっかりご心配をおかけしてしまって……」


 食べ終えてゆっくりと頭を下げる春華に、いいからいいから、と横にならせる。

 少し乱れた前髪を整えてやると、春華は嬉しそうな、くすぐったそうな、普段では決して見せない柔らかい表情かおをした。


「っ!」


(それは反則)


 緑栄はあまり春華を見ないようにしながらまた前髪を梳いた。

 本来ならば緑栄にとって女官との過度の接触は避けなければならない。見た目完璧に化けているとはいえ、身体に触れるとやはり分かってしまう。

 手を取り合って作業する業務も、用心を兼ねて極力避けてきたというのに。

 まずいまずいと思いながら髪を梳くのをやめられない。

 やがて春華が眠りにつくまで、緑栄は物も言わずやってはいけない行為をやり続けた。




 自室に戻ると、青蘭の書き置きが目に付いた。


 〝紫鈴様へ、陛下より、例の小部屋へ行くように、との事です。青蘭〟


 緑栄は見たか見ないかぐらいの勢いで踵を返し、所作に気を付けながら足早に小部屋へ向かう。

 それは、紫鈴が戻ったと言う知らせであった。






「紫鈴!!」

「ごめんなさい!!」


 部屋に飛び込み開口一番、あの姉から謝罪の言葉が出た事に、緑栄は不覚ながら二の句が告げれなかった。


「〜〜〜〜〜〜っもう!」

「悪かったわ、今回は本当に」

「父上の所なんざ普通なら半日よ?!」

「うん、そうなんだけどね……緑栄、女言葉になってる」

「〜〜〜〜この格好がいけないのよ!」


 緑栄は指摘されてバッサバッサと女官装から文官装に着替えた。


「で、遅れた理由は?」

「……台所が」

「ええ?! 先週母上は帰られたのだよ?!」

「十日前だって、来たの」

「とお……」


 十日前と聞いて緑栄はぞっとした。

 察するに十日分の食器やお鍋等が台所に山積みになっていたという事だ。


「それは……致しかたなかったね……」


 もう一つの遅れた理由は、いくら姉弟とはいえ言うにははばかられた。自分自身納得出来ていない所もある。


「シルバ殿と一緒に寝たの?」

「ばっ! 別々に決まってるじゃないのっ! ……同じ部屋だったけど」

「同じ部屋?!」


 緑栄は手を当てて天井を仰いだ。

 念の為懸念事項を投下し反応が思った通りでほっとしたのも束の間、今度は相手が不憫になる。


「仕方がないじゃない! 休前日だし、馬も一緒だったし、そこしか宿がなくて」

「そうじゃなくて……シルバ殿は……」

「夕飯にお酒飲んで酔っぱらってガーガー寝てた」

「……もありなん」


 緑栄は同じ男としてシルバに同情した。

 シルバの誠実な振る舞いが紫鈴にとんと響いていないのも痛い。


いっそ手篭めにされた方が話が早いのでは、と弟としては物騒な事を考えるのだが、後々の騒動を想像して慌てて首を横に振る。


(いや、やはりシルバ殿の策の方が賢明だ。命が幾つあっても足りない)


 それにしても押しが強そうであまり接触しない所を見ると、向こう側に何らかの縛りが有るかもしれない。


(実際は如何どうなのか聞いて見たい所だが)


 帝の従者である表の緑栄と、奥宮の馬丁であるシルバとは接点があまり無さすぎた。


(時間、作って会ってみるか)


 一人、何やら頷いている緑栄を尻目に、紫鈴は手早く女官装に着替えて化粧をする。


「そちら側で変わった事は?」

「特には。あ、春華さんが熱を出したので見舞った。回復したら声を掛けてあげて」

「あれ? 見舞う仲だった?」

「手作りまんじゅう貰ったでしょ」

「まぁ、確かに」

「とにかく様子見てよ」

「了解」

「じゃ、後よろしく。青蘭も心配してたんだからね」

「ん。顔出します」


 返事を聞いたかぐらいで気配が消えた。表宮へと行ったのだろう。従者としての緑栄の仕事が無くなる訳ではないから、今回は本当に悪いことをした。

 後で甘い物でも差し入れよう、と心に決めながら、一人になると浮かぶのはもう一つの事。


 紫鈴は頭を振ってそれを散らす。

 深呼吸一つ、背筋を伸ばすと奥宮の扉を開けた。




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