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4 その夜 ー煌明ー

 



 その夜、更けて。


 誰もが寝静まっている廊下をすり抜け、従者一人に送られて私室に戻った煌明こうめいは、寝台にドサッと倒れた。

 この所通常の政務に加え、新年を迎える為の準備も平行して進めているので、いつもの倍以上に忙しい。


 拝謁の準備を決めるだの、新年の装束の絹糸の色を決めるだの、自分にとってはどうでもいい事だと投げたくなるのだが仕方がない。決めなければその責を取らされて善良な臣官の首が飛ぶ。

 特に装束に関しては妃を娶れば妃の仕事なのだから、と女官長にまで釘を刺された。


 ――やる必要の無い仕事までやっているから忙しいのです。いい加減、本気で考えて下さりますようお願いします。……お願いしましたからね。


 自分の幼き頃を知っている柑音(かんね)は、ともすれば実母よりも母らしい物言いをする。

 だが政権を治めて二年。外敵を抑え、やっと内政が落ち着いてきた所である。

 女に気を配る余裕もなかった。


 戦略的に妃を娶った方が良い国もあるが、正直気が乗らない。

 長いため息をついて仰向けになると、目の端に枝が見えた。

 むくっと起きて眺める。

 青蘭が活けたものだ。


 とうとう庭に花がなくなったのだろう。

 花ではなく赤い実を付けた枝が、枝と枝を交差させて中央に集まる様に活けてある。下方には深緑の椿の葉が添えられて、赤と緑の色合いが鮮やかであった。


 面白い、青蘭の花は。


 けして華やかではない。むしろ楚々《そそ》として貧相にも見えなくもない。が、そうは見えない。

 出しゃばらず、かといってあれば必ず目を奪われ見入ってしまう。


 本人そのもの、か。


 童女の様に小さいのに、けして存在感がない訳ではない。

 小さいのでぱたぱたと動作も小刻みだが、煩雑はんざつではなく、全ての所作がきちんとしている。


 容姿はというと、多岐にわたって美人が多い奥宮の中で、りんごの様な赤い頬は幼さが際立ち、かえって目立つ。

 今日みたいにむくれて膨らむ頬を見ると、何というか小リスにしか見えなくなる。

 なんとも愛らしい。


 ふっと笑うと、思い出し笑いとは、いやらしいですね、居間の闇から声がした。

 煌明はすっと笑みを消した。


「どうだ?」

「変化はありませぬ」

「そうか」

「陛下の方が変化がありそうですね」

「そうか?」

「幼女趣味とは存じませんでした」

「私もだ」

「……陛下」


 おいおい、とでもいう様な気配が闇の中からする。


「冗談だ、蕾に手を出すかよ。あ、蕾ではなかったんだったな」

「陛下!」

「冗談だ、いや冗談ではないか。本人がそう申したのでな。私が確かめた訳ではない」


 ほっとした気配に片眉を上げ、なんだ、お前も青蘭が気に入ったのか? とからかう様に投げると、影は呆れた口調で突き返してきた。


「陛下程ではありませんよ。宮中にない人物なのでつい目をかけてしまうだけです」

「……そうだな、実に面白い。本人は」


 帝の含む言い方に闇の気配がすぅとあらたまる。煌明は枕元にある青磁を掴んだ。


「本人は問題ない。しかし私のことわりが解せぬ、と告げるのでな」

「は」

「今一度改めてくれるか。郷の方までお前の目で見てきてくれ」

「御意」


 言うが早いか気配が消えた。

 煌明は青磁を見る。


 何か、ある。この青磁と青蘭に。なぜ青磁と共に献上された? ……いったい何があるというのだ。


 上から下から穴が空くほど見るのだか、まだこの器から何も見い出していない。

 ため息を吐きながら焦る気持ちに蓋をして、枕元に青磁を転がす。


 ドサッと身体を横たえると途端に泥沼の様な強烈な眠気が襲ってきた。思考しなければならぬ事は五万と有るのに、もう身体は動いてはくれない。意思を伴わず瞼が落ちていく。


 諦めて深淵に身を委ねた時、やっと煌明の四肢はこわばりから解放され、ぴくりと痙攣しやがて寝台に沈んでいった。




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