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白陽国物語 〜蕾と華と偽華の恋〜  作者: なななん
第二部 高位女官と一族の掟
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11 直談判

 



 ドドッ ドドッ と軽快な音と共に馬が駆ける。

 頰を叩く風が爽やかで、季節が春らしく移行しているのが分かる。

 そんな颯爽とした風景とは裏腹に、紫鈴はぶすっとした気分で駆けていた。

 無論、一人ではない。シルバの後ろだ。


「少し休むか?」


 馬足を緩めて問いかけてきたシルバに、いい、と短く答えてダンマリを決め込む。

 シルバは相変わらず、そうか、と言ったきり、こちらに話しかけてくる事はない。

 紫鈴の頑なな様子を感じとったかどうかは分からないが、シルバは短くハッと声を掛けてまたアリを早駆けにさせた。




 雷雨の一件があってから、紫鈴はシルバと顔を合わせたくなく、次の休養日に馬舎には行かなかった。

 シルバには気分が悪いから会えないと下女に言付けを頼み、緑栄に断って久しぶりに一人で街にでも繰り出そうと思っていたのだ。

 しかし、自室を出た所で下女が慌てふためいて走ってきた。


「紫鈴様、紫鈴様! 大変でございます!」

「どうしたの?」


 下女は青ざめて動揺している。


「シルバ様がいらして、紫鈴様にお目通りをしたいと」

「言付けは」

「言いました! 一旦分かったとおっしゃられたのですが、次に陛下に御目通りを願われて」

「陛下に?! そんなお時間など無いのに!」

「それが、丁度私室に戻られていて、良いと言われたそうで、只今面会をしておられます!」


 下女の言葉に紫鈴の背筋がピッとなった。


「知らせてくれて、どうもありがとう。後は私が引き受けるわ」


 ニッコリと笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。下女はその顔を見てほっとし、落ち着きを取り戻して頭を下げる。

 紫鈴は下女を見送り身をひるがえすと、何やらかしてくれてるのよっ、と呼気も荒く、足早に帝の私室へと向かった。


 奥向きの扉から来訪を告げると、青蘭が迎えてくれた。


「紫鈴姉さん、今、シルバ様が」

「ええ、分かっているわ。シルバが陛下へ直談判しにきた理由も」


 にこやかに激しく怒っている紫鈴を見て、青蘭は少々お待ち下さい、と直ぐに帝へ取次の旨を進言してくれた。

 来室を許可されて私室に足を踏み入れる。

 居間には帝とシルバ。

 青蘭はお茶を用意しますね、と茶房へ下がって行った。


「おや、紫鈴。耳が早いな、今呼びに行かせようとしていた所だ」

「私事でお手間を取らせ、申し訳ありません。陛下」

「なに、構わん。さて、シルバ。これで望みは叶ったか?」

「恐悦至極に存じます」


 前髪で表情など見えないが、すました雰囲気でその場にいるシルバ。紫鈴は、はらわたが煮えるような気持ちをどうにか抑えて帝の言葉を待つ。

 傍若無人な振る舞いも許される紫鈴だが、それは気心の知れている者の間だけだ。シルバが居る前では帝がこちらに向くまではじっと控える。


「シルバよ、私は格式張った物言いは好かん。他ならまだしも、この部屋にいる時は普段の様に話して構わん。私の事は近所の兄ちゃんだと思ってだな」

「は……兄とは思えませんが」

「では弟で構わん」

「はぁ」


 珍しく戸惑っているシルバに、いつもだったら冗談の一つでもかける所だが、今の紫鈴は怒りが優っていて言葉が出ない。

 その様子を見た帝はコホンと咳払いをすると、仕切り直した。


「さて、シルバ、これで掟を破らずに済んだな。少し話していくか? 必要ならばお前達二人に部屋を明け渡すが?」

「陛下っ!!」


 怒りの矛先が帝に向くのだが、本人は気にした風もなく、肩をすくめて冗談だと手を上げている。


「それには及びません」


 騒動の発端であるシルバがそのように応じたものだから、紫鈴の沸点は脳天まで噴き上がった。


(私を何だと思っているのかっ!!)


 怒声をあげんとばかりに息を吸い込んだところで、低くも滑らかな声が後に続く。


「一目会えましたのでこれで結構。体調が悪いそうなので、これにて失礼する」


 シルバはそう言い、一同を見回して略礼をすると、紫鈴の方に顔を向けたかかも分からないほど静かにさらりと退室していってしまった。


「〜〜〜〜何なのよっっ!!」


 堪りかねて吐き出した言葉に、帝がブブッと笑った。

 紫鈴はギロッと帝を睨む。


「いや、悪い。他意はない」

「他意がない訳ないでしょうがっ!!」

「うん、まぁな、余りに意思疎通がなってなくて笑えた」


 素行をくずして帝がくったくなく笑う。


「何なんですか、あの男は!!」

「まぁな、ああいう男だ」

「私に会えないからって主に直談判しますか?!」

「ははは、普通はしないな」

「主もなんで目通りしたんですか!」

「そりゃお前、面白そうだからに決まっている」


 思わず後ろから膝蹴りをくらわしたくなる。しかし腐っても主人。ギリギリと歯軋りをする。

 そこへ青蘭が入って来た。


「お待たせしました皆様。あら? シルバ様はもう退室されました?」

「ああ、青蘭、すまないな。シルバの分は私が飲もう。いや、紫鈴、お前が飲むか? 菓子もやるぞ?」

御好ごずいに!」


 吐き捨てる様に言う紫鈴に、青蘭はすっと茶器を差し出し、紫鈴を卓へと導いた。


「姉さん、これ、華月堂の娘さんが今朝作って下さったお菓子なの。華月堂のものよりも優しいお味で美味しいの。食べてみて?」


 ゆっくりと手に待たされる。

 怒りでそれ所では無いのだが、青蘭の顔を立てる為に一口、口に含んだ。


「……美味しい」


 続けて二口。

 黒糖が練りこんだ皮に包まれたほの甘い餡の味が、華月堂の店で売っているものよりも優しい。

 帝もいつの間にか口にし、うん、と頷いている。

 その甘みが口に残っている内に、青蘭は温かいお茶を差し出してくれた。

 お茶の葉の香りと、口の甘みが相まって、とても心地よい。


「美味い茶だ」

「ありがとう存じます……じゃなくて、ございます、でした」


 口に手を当てて言い直す青蘭が愛らしい。

 帝は何も言わず、茶を飲みながら目だけ細めてその様子を見ている。

 紫鈴はそんな二人を見て、細く長い息をついた。


「いかがした? 紫鈴」

「いえ、もう良いです」

「まぁ、一応誤解のない様に言っておくが、シルバはお前に会わせろと言ってきた訳ではないぞ」

「……え?」


 思わぬ事をいわれて、紫鈴は顔を上げる。帝は目に笑みを浮かべながら頷いた。


「直接会えない時は声を交わしてお互いの安否を確かめるらしい。お前が動けないなら屋外からでも良いので声をかけたいと言って来たのだ。愛されたものだな」

「あ、愛じゃありませんよ。あの男の頭は掟に支配されているのですっ」

「うむ、まあ、掟には従っているだろうな」

「やっぱり」

「とにかく、シルバにはこう言ったのだ。暫く待っていろと。本人が来るから、とな」

「……」

「いくらお前の婚約者だとは言え、自室まで行かせるわけにもいかんからな。まぁ元気そうなのを確認して帰ったから良いんじゃないか? 今回はこれで」


 一件落着と言わんばかりにすましてお茶を飲んでいる帝を見て、青蘭が心配そうにこちらを見た。


 紫鈴は帝の問いには応えず、黙ってもう一口お茶を飲んだ。

 やはり、優しいお茶だった。

 一つ目を瞑る。


 とぐろを巻いている煮え湯が凪いでいくのを感じ、青蘭のお茶が美味しいのか、それともシルバの真意がわかったからか。


 紫鈴はゆっくりとお茶を飲み干し、優雅に席を立つ。


「美味しいお茶をありがとうごさいました、主、青蘭」


 頷く帝と、いえ、と応じる青蘭。


 紫鈴は珍しく多くを語らず、失礼しますと拝礼して出て行った。


「……大丈夫でしょうか」


 残された青蘭が心配そうに語りかける。


「大丈夫だろ」


 事もなげに断言した帝を、青蘭は呆れた様に見た。

 うん? といたずらっぽい目を見て、この方は何もかもが分かっておられるのだな、と理解する。

 青蘭はいいえ、何も、と頭を横に降り、いつのまにか全てのものが飲み干された茶器をゆっくりと下げた。




茶房にて

「あ!緑…紫鈴様、大変なのです。カクカクシカジカで姉さんが…」

「分かってるわ、今打開策持ってくるから、ここで待ってて。まだお茶持っていったらダメよ」


バタバタバタ


軒下にて

「春華さん、遅くなってごめんなさい、早速だけど例のお菓子持ってる?」

「はい、お口に合うか心配ですが」

パクパク

「ん、美味しい。お店と違って優しい味。ね、ごめんなさい。早速だけど貰っていっていい? 私のあーあー弟が機嫌が悪くて、これでご機嫌取りたいの」

「勿論、持って行って下さい」

「ありがとう、恩に着るわ。でも10個全部食べれなかったから、また食べたいのだけど」

「は……い。お気にめしたならば……また作りますけど……」

「本当? 嬉しい。抱き締めたいぐらい」

「え?」

「いえ、こちらの話。と、もう行かなきゃ。また連絡するわ。その時にまた10個、お願いね。必ずね」

「はい、分かりました」

「またね」


バタバタバタ


茶房にて

「青蘭、お待たせ。これを茶菓子で持って行って。今朝華月堂の娘さんが作ってくれた黒糖まんじゅう。これ食べたら怒りも治るから」

「まあ、美味しそう! そうですね、これならば」

「急いて持って行って! 紫鈴のすんごい気配がしてる」

「はい! ありがとうございます! 緑…紫鈴様!」


トトト


「やれやれ、世話のやける姉だ…」



by青蘭&緑栄&春華


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― 新着の感想 ―
[一言] お怒り紫鈴、言葉の足りないシルバ。2人はもう少しちゃんと話し合わないとまた喧嘩になっちゃいそう。 緑栄はせっかくのお饅頭、またしても笑
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