幕間 ー煌明ー
円卓の上に一つだけ灯が灯っている。
居間、寝台の灯は既に消し、煌明は滞った案件に目を通していた。
「ん……」
微かに響いた声に、持っていた書簡を捨て寝台に近付く。
まだ二、三日は眠ると言っていたので起きる筈はないのだが、煌明はともすれば、と気配を伺う。
薄暗い室内、灯の揺らぎと自分の影で顔色は読めない。が、呼吸が深く苦しそうではないので正常なのだろう。
ジジ、と羽虫が灯に飛び込んだ音がした。
「戻りました」
「ああ、済まなかったな」
居間の影から現れたのは利葉だった。
「流石に今日は疲れただろう、座ったらどうだ」
「そうですね、お言葉に甘えて。ですが先に経過を診ましょう」
滑るように寝台にやってきた利葉は左手は額に当て、右手で脈を診た。
「……良いですね、落ち着いています」
煌明はその様子に頷くと、改めて席に座る事を求めた。
「どうだ」
「王都を探ってみましたが、本日倒れた神官、呪い師、気医は居ないようです」
「隠した、という事か?」
「否、あれ程深い術の返しならば、二、三人同時に倒れます。返された時に暴れるのが常ですから、狭い王都の中では隠しきれないでしょう」
「では」
「王都外とみて間違いありません。既に周辺の集落に影を放ちましたので、一両日中には」
「相、分かった。市井はどうだ?」
「つつがなく。今年は日照りもよく、稲の育ちも良いようで、秋の実りが楽しみだと言っていましたよ」
「上々」
ふっと穏やかに笑みを浮かべる。
「良い顔なってきましたな」
「何だ藪から棒に」
「少し落ち着かれましたか」
「落ち着きなどせぬわ。次から次へと」
「まぁ、そうでしょうが。あの者のお蔭ですかね」
振り返る利葉に、関係ない、と言い切れぬ煌明はところで、と話題を変えた。
「シルバを見たか」
「ええ」
「気色は」
「銀です」
「では、まず間違いないな」
「名乗りましたか?」
「いや、様子を見ているのだろう。…紫鈴があの調子だからな」
「面目次第もありません」
「思っても無いことを言うな」
「ははは、さすがですね、明明」
「その名で呼ぶな」
「ふふ、大きくなられた。嬉しゅうございます」
利葉と二人で会うといつもこの調子になってしまう。帝の面を被っても最後は餓鬼扱いだ。
煌明は一つ頭を振ると、気安い雰囲気を絶った。
「シルバがこちらに就けばまた動かし方も変わってくるが……」
「そうですねぇ」
「緑栄もな。一人で動く癖、何とかならぬのか?」
「あれも私に似ておりますので」
「お前が居るからまだいい、か」
「不肖の息子で申し訳ありません」
いずれ利葉の立ち位置に来ることは承知だが、父が現役の間は好きにやるつもりなのだろう。
「娘は箱入り、息子は放任。お前達、育て方間違えたな」
ため息をついて投げると利葉はくすりと笑って首をかすかに横にふった。
「明明も含め三人とも間違えておりませんよ、現在こうなったのは各々の意思」
「丸投げか」
「親離れはとうに過ぎたでしょう?」
煌明は、肩をすくめて答えた。
「では本日はこれで」
「ああ。……青蘭を救ってくれた事、感謝する」
「皆とあの者の力ですよ、では」
そう言ったかと思うとまた影に入り、消えて行った。




