24 許可
一両日した後、紫鈴、緑栄、シルバは煌明の私室に集められた。
利葉が言っていた様に、気を分けた者は例外なくどっしりと身体が重く動けず、昨日は皆ずっと伏せていた。今朝はまだ動けるが、疲労感がまだ身体に残っている。
だが、集められた三人の顔は晴れやかだった。
円卓の奥にある煌明の寝台には、まだ青蘭が眠っている。相当な負荷がかかっているので、二、三日眠りっぱなしでもおかしくはない。と利葉は言い置いて市井へ戻って行った。
倒れた直後とは違い、顔に赤味が差しているので、安心して見ていられる。
「皆、まずは青蘭の為によく務めてくれた。礼を言う」
三人の顔を一人一人見て言う煌明に、双子は『もったいのうございます』と同時に言い、伏礼をした。
シルバも臣下の礼を取り、言葉を押し頂く。
「また、シルバには重ね重ね世話になった。
何か礼をしたいのだか」
「礼には及びません」
「それでは気がすまぬのだか。何かないか?」
重ねて問われてしばし沈黙した後、改めて臣下の礼を取り、口を開いた。
「では、三月の間、私を馬丁として雇って頂きたい」
「馬丁でいいのか?」
「はい。三月の間、こちらを離れる事が出来ないので、せめて馬の世話をして恩を返したいと思います」
「それは構わないが……離れられないとはどういう事だ?」
シルバはまたしばらく黙った後、おもむろに凄いことを言った。
「そちらの伯紫鈴どのが私に求婚しましたので、一族の掟に従い、三月の間、紫鈴どのの側に居なければならないので」
ぽかんと口を開いたまま紫鈴を見る緑栄。
紫鈴も又、しかり。
双子は驚く顔も同じ顔だ。
その顔に煌明は、
「そうなのか?」
と確認を取った。
「はい? 私?」
「求婚したそうだぞ」
「は……」
求婚? した? 私が? はい?
いやいやいやいや、
「き、記憶に無いのですが」
「だそうだぞ?」
と今度はシルバに聞くと、シルバはあっさり頷いた。
「そうでしょう。言葉としてはありませんから」
「どういう……」
「私の馬に乗る前に、馬に許可を貰いに行けと言ったのは覚えておいでか?」
シルバは紫鈴の方へ顔を向けていった。
煌明の手前、丁寧な言葉を発しているシルバはまるで別人の様だ。
「はい。それは、覚えています」
「その際、私の馬の首に、額をつけましたね」
「は、い」
その場面は鮮明に覚えている。馬に乗せて貰えなければ間に合わなく、祈る気持ちで額を当てたのだ。
そしてその後のシルバと少年の様子が只ならぬ感じだったのも思い出した。
シルバは頷き、続けた。
「その馬に額を付ける行為が、我が一族にとっての求婚にあたります。そして私の馬が許す所作をしましたので、これにて仮の婚約が成立しました」
「そんな馬鹿な!」
紫鈴は思わず声を上げた。
シルバは構わず言葉を紡ぐ。
「もちろん求婚された側にも選ぶ権利があります。馬は許しても実際生活を共にするのは本人同士ですから。従って結婚するに値するかどうか三月の間お互いの動向を見るのです」
「なるほど、婚姻準備期間だな」
煌明は興味深く頷いた。
「御意。三月の間、よろしくお願い致します」
そう言ってザッと臣下の礼を取ったシルバに、委細、了承した、と煌明は言い、馬場と馬舎は従者に聞く様に、と指示をして下がらせた。
さて、と煌明は呆然としている双子に向き直った。
「よかったな、紫鈴。婚約者が出来たぞ」
「よかないですよ! え?! なに?! 許可したんですか?!」
煌明はもっともらしく頷いた。
「あちらの馬が許可したのに、こちらが許可せんわけにはいかんだろう」
「う、馬と主を一緒にしないで下さい!」
「はは、一緒の様なものだろう。私もシルバが気に入ったのだから」
「気に入ったじゃないですよ! それなら主が結婚して下さいよ!!」
「私に男色の気はない」
「んなこた知ってますよ! てゆうか、何で許可しちゃったんですか!! っ信じられない!!!!」
頭を抱えて座り込む紫鈴に、はははっと楽しそうに笑う煌明。
奥の寝台にはその騒動も気付かずにすやすやと幸せそうに眠る青蘭。
格子戸から吹き込む風は穏やかで、春を告げる鳥の声が遠くて聞こえている。
帝の私室は、つつがない日々が始まる予感に満ちていて。
「……先、こされた」
伯緑栄の呆然とした呟きがするりと春風に乗って、雲一つない青空に飛んで消えていった。
第一部 蕾 完 です。
幕間がありまして、第二部へ続きます。
当初そのまま青蘭を軸に書いていく筈だったのが、この掟の為に主軸を変える羽目に。これがまた波及して話が動いていくのですが……
第二部 高位女官と一族の掟
シルバと紫鈴の物語。
どうぞ第二部もよろしくお願いします。




