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22 気

 


 墨のように黒く、二人の姿が見えない。

 だがパッとまばゆい乳白色の気が見えたかと思うと、水滴が水面が広がるように色が薄まり直ぐに無色になった。

 やがて紫鈴の目に映ったのは、煌明と、煌明の足元に伏した、小さき人。


「主!! 青蘭?!」


「案ずるな、無事だ。……私はな」


 煌明はそう言いつつ青蘭を抱き上げると、ゆっくりと奥にある寝台へと寝かせた。

 伏せた目の端に流れた涙を指で拭う。

 乱れた前髪を整えてやって、円卓へと戻った。


「一体、何が」


 紫鈴が身を乗り出して聞くと、お前にはどう見えた? と問い返された。


「部屋の外まで黒い気が出ておりました。暗殺者が出たのだと」

「なるほど」

「黒い気の後、乳白色の気が広がり、やがて消えました。……青蘭が身代わりに?」


 賊に襲われて倒れたにしては、争った形跡もなく暗殺者らしき人物も居ない。それにこの二人の側に控えているだろう緑栄の姿も無い。

 賊が出れば真っ先に緑栄が盾となる筈なのに。


「そうだな。半分正しく、半分は正しく無い」

「どう云う事です?」

「暗殺者は青蘭だ。そして私を助けたのも青蘭だ。もっともどちらにしても暗殺にはならなかったのだがな」

「主?!」


 苛立った声を上げた紫鈴に、煌明は円卓に座るよう指示した。


「まぁ、ともかく座れ。ひどい顔をしているぞ。よくその顔でここまで来れたな」


 紫鈴はギロッと睨み、これ使いましたから、と袂の木札を見せた。


 木札には、

『道、開け。さすれば罰さらん』

 と達筆に書かれ、署名捺印されていた。


 煌明は顔をしかめる。


「酷い脅迫文だな」

「貴方が書いたんでしょうが!!」


 ぽんぽんと言い合う主従を見て、側にいたシルバは堪り兼ねて吹き出した。

 それを見て煌明はシルバに身体を向けた。

 シルバは臣下の礼を取る。


「顔を上げよ。紫鈴が大変世話になった様だな。礼を言う。名は?」

「シルバと申します」


 煌明は片眉を上げて目を細めたが、頷きシルバに椅子を勧めた。


「シルバも紫鈴の隣に座れ。関わったからには事の顛末を知りたかろう」


 シルバは黙って礼を取り、円卓の下座に座った。


「そうだな、何から話すか」


 煌明はしばし逡巡していたが、二人を交互に眺めてやがて話し始めた。


 紫鈴を万丘へ出した頃、自室で青磁を見聞していた所、青磁の箱の方の細工に気付き調べた。箱は二重底になっており、中から小粒の丸薬が出てきた、と話した所で紫鈴が目を見開いた。


「毒薬ですか」

「調べさせているが、まず間違いないだろう」


 煌明の肯定に、紫鈴は青ざめる。


「知っての通りあの器と共に献上されてきたのは青蘭だ。薬の代わりを入れて、こちらが触った事に気が付くか様子を見ていたのだが……青蘭は相変わらずでな」


 念の為、動かした形跡も分かる様、少量の砂を入れて置いたのだが、青蘭は中身が入れ変わった事にも気付かず、ともすれば二重底になっている事さえも知らない様子だった。

 紫鈴はそうでしょうとも、と頷いた。


「ただ、お前が居なくなってしばらくしてから、どうも気鬱な様子でな。お前に避けられている様だと泣いてな」

「私じゃありません!」

「ま、そうだな。お前に化けた緑栄だ」

「化けた?」


 怪訝に言うシルバに、早口で双子の弟がいる事を告げた。


「見破られそうになって逃げたわね!」


 後でとっちめてやる! とばかりに憤慨する紫鈴に、煌明はいや、あれは仕方ない、とにやりと笑う。


「緑栄の失態というよりか、青蘭の洞察力を褒めるべきだな」


 普段と違う仕草、声かけ、少しの違和感を五感で感じたのだろうさ、と煌明は冷静に言った。


「その後ごたごたと女官達とあった様だが、緑栄は大したことではないと言っていた。が、今日、珍しく朝が起きれず、朝礼を遅れて入ってきた時にはもう様子が違っていた、という事だ。何があったかは、青蘭の回復を待って聞かねばならぬだろうな」

「何かあったに決まってるじゃないですか! 緑栄に女の子の心の機微が分かるもんですか! あの朴念仁!!」


 憤怒の形相で立ち上がった紫鈴の袖を、つんと引っ張ったのはシルバだ。

 落ち着け、と目が言っていた。


 あれ? この人目があった?


 一瞬違う方向に考えを取られて、紫鈴は目をぱちぱちと瞬かせたが、コホンと咳払いし、とにかく事情を聞く際は同席させてもらいますっ、と主に直談判した。

 煌明はよかろう、と頷いて、紫鈴とシルバを面白そうに見る。


「何だ、短い間に随分と仲良くなったな」

「そんなんじゃありません!」


 即座に否定して、あっ、とシルバの方を見る紫鈴も、またらしからぬものだが、シルバは一貫して無表情を通している。

 煌明は、この二人、良いな、と思ったが今は茶々を入れている場合ではなかった。


「さておき、今、緑栄に利葉りようどのを迎えに行ってもらっている」

「お父様を……」


 紫鈴はよかった、と頷いた。

 利葉は紫鈴と緑栄の父であり、紫鈴の師だ。気を見る事が出来、現在は市井に下って民の病気や厄災を払う仕事に就いている。


「あと四半刻もすれば到着するだろう。その間にお前の報告を聞こう」


 紫鈴ははっと臣下の礼を取り、万丘にて紀明きみんが話した内容を簡潔に話した。

 道中シルバに助けられて、ここまで来れた事も重ねて報告する。


「旅人、な」


 煌明は軽く目を瞑って考えていたが、相分かった、とだけ言った。


「お前の報告を受けて、青蘭には罪のない事だと確信した。ご苦労だった」


 煌明の偽りない言葉に、改めてほっとし、よかった、青蘭、と寝ている寝台の方を見た。


 ……え?


 無意識に探した乳白色の気が見えない。


「主、青蘭の様子を見てもいいですか?」

「どうした?」


 紫鈴の気色ばんだ顔に、煌明も寝台へ向かう。


「気が……」


 青蘭の額に手を当てて見るのだが、乳白色の欠片も出ていない。


 まさか自分の力が無くなったのか、と煌明を見るが、煌明からは溢れんばかりの紅金の気が見える。シルバは、と見ると、これがまったく見えなかった。


 どうゆう事?!


 紫鈴が激しく動揺した所に、扉近くで控えていた緑栄が利葉の到着を告げた。煌明が直ぐに許可すると、お久しぶりでございます、と利葉は丁寧に礼をして私室に入ってきた。

 緑栄と共に並び立つ姿は、往年であるにも関わらず幼少から知る姿と変わらない。細身ながら柳のようにしなやかな印象の男。


「久しいな。昔話をしたい所だが、早急にこの娘を診てくれるか」

「御意」


 利葉は胸の前で手を合わせて略礼をし、速やかに青蘭の枕元に向かった。途中、紫鈴の顔色を見て、おやおや、といった顔をしたが、縋るように目で訴えた娘に、手をそっと上げて、後で、と下がらせた。


「名は、何と言いましたか」

「青蘭だ」

「青蘭……」


 利葉は不思議そうに言った。


「気色に青はありませんが、何か特別な謂われでもありますか?」


 この国では、子供が生まれるとほとんどの者が神官や呪い師の元を訪れ、子供の気を見てもらう風習がある。


 その子の気色に合った名前を付ける為だ。

 気色にあった名前を付けると、病気になりにくく、幸福になれると言い伝えられている。


「この者は養女だ」

「さようでしたか」


 利葉は頷いた。

 何事も例外はあり、養子ならば育ての親がその土地にあった名を改めてつけるのが慣例である。

 その場合は気色は見ない。新しい土地の子として育てるからだ。どちらにしても子を想ってつける名に変わりはない。


「それにしても、気がほとんど無いですね。息はしておりますが、まるで死人の様です。このまま放置しておくと、一両日中に亡くなるでしょうね」


 淡々と語る言葉に、一同泡立つ。


「そんなっ」


 声を上げた紫鈴を、シルバが手で止めた。

 それを見て頷いた煌明は、低く尋ねる。


「何とかならんか」

「そうですね」


 利葉は黙って青蘭の周りに集まった人々を見た。


「皆様の気をお借りできれば、戻せるかもしれません。それでも、本人次第ですが」

「気を借りるとは?」


 煌明が問うと、利葉は皆の気を少しずつ分けてもらい、青蘭に注いでいくという言い方をした。

 紫鈴以外は見えないので分かりづらいが、終わった後、脱力感、疲労感が出るので身体を休めて欲しい。と重ねて言った。

 頷く一同の中で、シルバだけが戸惑った顔をした。

 それに気付き、利葉は微笑んで言った。


「面識がなくても、この者を助けたいと思って下されば結構です。……紫鈴の気がだいぶ衰弱しているので、近い貴方が紫鈴を助けると思って頂ければそれで伝わります。」


 それならば出来そうだ、とシルバは力強く頷いた。


「私もその輪に入れて頂きたい」


 緊迫した声で失礼を、と入室してきたのは女官長だ。騒動が奥宮に伝わったのだろう。

 息を切らして駆けつけた様子で、宜しいですね、と目で煌明に迫っている。

 それを見て、利葉は嬉しそうに微笑んだ。


「これは、百人力ですね」


 その声にきっと睨んだ女官長は、あなたはいつも配慮が足りない。女性にかける言葉ではありませんよ、ときつい調子でたしなめた。


「すみません、どうも歴々朴念仁の様で」


 ニコニコと楽しそうに応じる利葉をみて、一同の気がふっと和らいだ。


 利葉は、あ、いいですね、良い気です、と言うと、微笑をしたまま厳かに言った。


「今、時が満ちました」


 青蘭にかけてあった掛布を剥ぎ、直に触れる様に指示した。

 煌明は右手、紫鈴は左手、緑栄は左足首、女官長は右足首、シルバは青蘭の左手を包む紫鈴の手の上から重ねる様に手を当てた。

 利葉は頷き、祝詞を唱えながら青蘭の額に手を当てる。

 見える者は気の流れを、見えない者は何か温かいものが周囲を包んでいると感じた。


「私が指示するまで、この者の事を想って下さい。そして心の中で語りかけ、呼びかけて下さい」


 紫鈴は色々な気が混ざり合い、重なり合い、利葉の手から青蘭に注がれていくのを見た。そしてシルバの気も、見えないのだがちゃんと有り、紫鈴の手を通して繋がっていくのが分かった。

 横を見るといつもは前髪に隠れて見えない目が透けてみえる。

 その目は瞑られ、口の中で声なき声を呟いている。

 きっと、シルバの信ずる神に祈りを捧げているのだろう。


 ありがとう


 出会ってから何度この言葉を思った事だろう。


 感謝しても、仕切れないわよ、青蘭。


 青蘭に心の中で語りかける。

 離れている間、いろいろな事があった。

 それを全て青蘭に語りたい。


 でも、あなたの顔を見ないと語れない。

 起きて、青蘭。

 あなたの、笑顔が見たいの。


 ぎゅっと左手に力を込めた。




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