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21 疾走

 


 シルバと紫鈴は駆けに駆けていた。

 本来ならば一日半かかる距離を、紫鈴が日没までに王宮に入りたいと言ったからだ。

 それは無茶な要求だった。

 何より馬の負担が激しく、シルバは反対した。だが、紫鈴が頑として首を縦に振らなかった。


「明日では間に合わないかもしれない」

「何に」

「それは……分からない。嫌な予感がするのです」


 つき合ってられないと空を見上げるシルバに、紫鈴は伏せて頼んだ。


「お願いします。あなたの腕と馬なら可能だと思うのです」


 朝から走ってこの休憩までに、紫鈴が予想した行程よりもだいぶ先まで行っていた。

 紫鈴を気遣って、本来の走りをしていないのにも関わらずだ。


「俺一人ならな」


 シルバは言外に二人では無理だと言った。


「ではあなたが一人で走らせる様に走らせて下さい」

「……」


 正気か、とシルバが口を半開きにした。

 紫鈴を度外視して走らせるという事は、荷物の様に運べと言うのと同義だった。

 紫鈴は黙って頷く。

 その目が、自分が申し出た事の意味は重々承知だと物語っていた。


 数瞬ののち、シルバは黙って馬に向かった。

 紫鈴は慌てて後に続く。

 シルバは乱暴な仕草で紫鈴を抱き上げると、先程とは違い後ろへ乗せた。

 そして自分は前に乗る。

 荷物の中から厚手の紐を取り出し、紫鈴に渡した。


「これでお前と俺を縛るんだ。落ちない様に固く縛れ」


 紫鈴は頷き、お互いの腰部をぎゅっと縛った。そしてシルバの腹に腕を回してしがみつく。


「意識がある時は俺と呼吸を合わせろ。無くなったら無くなったでいい。荷物として運ぶ」


 冷たくも聞こえる言葉に、紫鈴は喜んで礼を言った。

 紫鈴がどんな状態になったとしても、王宮まで運んでくれると言ってくれたから。


 ハッ と鋭く声をかけ走り出した時、紫鈴は軽い後悔と安堵を同時に思った。

 この走りならば、間違いなく日没までに着けると確信した。



 ****



 私室に煌明が来たのは、日がだいぶ傾いたころだった。

 青蘭は花を活けていた所で、手を止めて煌明の側に行こうとすると、煌明は花を活けてからでいい、と促した。

 そして青蘭の集中が切れぬ様、後方の円卓に座る。

 青蘭は会釈してまた花と向き合った。

 四半刻ほどして活け、片付けて煌明の元に戻ると、茶が飲みたい、と言った。

 青蘭は、ただちに、と茶房へ下がって行った。


 部屋の脇にある茶房には常に種火がついており、帝が茶を所望した時にあまり待たせずに出せる様、配慮されている。

 青蘭は茶釜を火にかけ、少し木を足して火力を強めた。

 帝に出す茶器と茶菓子を用意し、湯が沸くのを待って、茶葉を急須に入れた。


 やがて、青蘭の手が袂に触れた。

 紙に包まれた粒を急須に入れる。そして、何事も無かったかの様に湯を注いだ。


 その時、遠くで日没を知らせる銅鑼の音がなった。


 青蘭はその音をじっと聞いている様にも見えた。


 と、突然右手が上がり、急須の方へと手が伸びた。

 同時に左手が右手首を掴み、ぶるぶると力を込めて胸元に戻す。

 暫くぶるぶると震えていたが、やがて震えが止まった。


 青蘭は黙ってお盆を持ち、私室へと入って行った。


「遅かったな、何かあったか?」


 煌明が書簡を見ながら円卓から声をかけてきた。


「申し訳ありません、種火が下火になっておりまして」


 淀みなく言う青蘭に、そうか、と頷いた。

 青蘭は円卓にお盆を置き、事前に温めておいた茶器にお茶を注いだ。

 いつもご相伴に預かるので自分の分も含めて二つ。

 茶菓子を出し、頃合いを見て茶器を煌明の手元に置いた。

 煌明は、すまんなと言って書簡を置き、茶器を手に取った。


「良い香りだ。花茶か」


 しばし香りを楽しんだ後、口元へ持っていった。



 ****



 シルバが王都についたのは日没の半刻前だった。

 紫鈴は息も絶え絶えとし、声をかけても生返事をするだけだった。

 往来のある大通りは避け、通りに側している脇道を全力で走る。

 王宮まできた時に、門兵から馬は共に入れぬと止められた。


「おいっ、ここまでで良いのか!」


 シルバが強い口調で振り向いて言うと、紫鈴は震える手で袂から一つの木札を出して門兵へ見せた。

 門兵はそこに書かれた文字を見、顔色を変えて通してくれた。

同じ事を三たび繰り返してある門の前で、紫鈴が、馬はここで、と掠れた声で言った。

 シルバはずり下げる様にして紫鈴を下ろし、自馬に、よくやった、と声をかけ、ここで待ってろよ、と首を力強く叩いて紫鈴を背負った。

 その門は紫鈴の顔を見るだけで急いで開けてくれた。


 日没の銅鑼の音がする。


 間に合った、とほっとするよりも悪寒が途切れない事に紫鈴はゾッとした。


 目指す場所の方面から異様な気の気配がする。


「シルバ、お願い急いで……!」


 シルバは短く馬の世話を頼み、広い王宮を走り出した。

 紫鈴は首にしがみつきながら右、左、と、帝の私室への最短を示す。


 奥まった角にある部屋の明かりが見えた時、紫鈴が尋常ではない悲鳴を上げた。


「あの部屋へ! 早く!!」


 シルバが走る速度を上げ部屋の前まで来ると、紫鈴は転がり込む様にバンッと扉を開いた。


「主上ぉ!! 青蘭っ!!」


 室内は黒い気で覆い尽くされ、部屋の様子がまったく見えない紫鈴は、慟哭の様な声を上げ、腰砕けた。




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