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17 出会い ー紫鈴ー

 


 いやな予感は、ずっとしていた。


 帝の命とはいえ、青蘭の側から離れた事。

 道中病んだ馬を見捨てられなかった事。

 病人になりすます為に薬を飲んだ事。


 全ての物事がここにきて、紫鈴の行く先を阻んでいる。

 薬で身体が思う様に動けない上に気が急くあまり、道中の休憩を充分に取らず歩き続けた結果、今の紫鈴の歩みは道々を行き交う旅人よりも遅い。


 あと二日、あと、二日あれば、王都に辿り着けるのに……!


 つんのめりながら歩く紫鈴の目の前が、どんどん白くなっていく。周りの音も遠くなった。


 ああ、まずい……。


 ぐらりと視界が傾きだしたのを意識出来たときにはもう、地面が目の前に迫っていた。衝撃にそなえて、せめて受け身を、と身体を堅くした所でふっと浮遊感を感じた。


 ひどく遠くで、大丈夫か? という声がする。


 あ、兄さん、この人! という若い声が聞こえたが、助かったという事実に安堵し、紫鈴はあっという間に意識を手放してしまった。



 ****



 さわさわ、という心地よい葉の音が聞こえる。額をくすぐる柔らかな風が、春の新芽の匂いだ。満足気に息をついた瞬間、意識が覚醒した。

 ガバッと起き上がると同時に目の前がチカチカした。


「まだ横になっていた方がいい」


 低い声がして、やがて肩をぐいっと押されて横にされた。

 でも、と半身を起こそうとするが、肩に置かれた手が重く、紫鈴は諦めて力を抜く。

 状況を把握しようと目を凝らすと、街道脇にある樹木の下に横たわっている様だ。

 側に男と馬の気配。

 またくらっと目眩がして額に手を当て、目を落とすと胸元が大きく開いていた。

 女だと悟られぬよう巻いていたさらしも緩められている。


「っ!!」


 慌てて胸元をかき寄せると、呼吸が浅かったので緩めた。他意はない、と上から降ってきた言葉に身体が揺れた。

 その動揺に自分自身がおののく。


 落ち着け! 今は自分の身を案じている場合じゃない。


 騒ぐ心臓に心の中で叱咤して、男に顔をむける。


「ありが……とう」


 喉の奥が乾いて上手く出せなかったが、なんとか礼を言った。


「わ、たしは……ゴホッ」


 言葉にならず咳き込んだのを見かねて、男は紫鈴の身を抱き起こし、水の入った瓶を口元に持ってきてくれた。

 むさぼる様に飲んだ為またむせて、ゆっくり噛むように、と諭され一口飲んで息をつく。

 そうしてやっと声が出た。


「私は、何刻程ここに?」


 男はちらっと日の傾きを確認して言った。


「一刻半程だな」

「そんなにもっ」


 ぐっと力を入れて起きようとするのだか、今度は身体を押されている訳ではないのに動けない。


「今は無理だな」

「無理でも行かなければ」


 性懲りも無く起き上がろうとしている紫鈴を見て、男は空を見上げる。


「あと半刻もしない内に雨になる。今日の移動は無理だ」


 雨という言葉に一瞬動きは止まったが、すぐまた起きようとしている姿を見て、男は口を開く。


「今、弟にカリマを用意させている。暫く待て」

「カリマ?」


 耳慣れな言葉に動きを止めると、天幕の事だ、と男は頷いて言い直した。

 そしてふいに立ち上がり、ピューイと口笛を吹く。直ぐに馬の足音が聞こえてきた。


「兄さん、カリマ持ってきたよ!お姉さんは大丈夫?」


 ハツラツとした声が最後は心配そうに曇った。そっと、覗き込んできた若者と同じくして馬の鼻が横から出てきた。


「?!」


 紫鈴は驚き思わず身じろぎする。


「ごめんね、こいつお姉さんに助けてもらったから覚えてて。どうしてもついて来たいみたいで」

「あ……あの時の……」


 ブルルッと鼻を鳴らしたのは、行き道で助けたあの馬だった。自分の体調が良くなく気は見えないが、馬の調子は良さそうだった。


「まだ無理をしている。カリマを置いたら一緒に帰るんだ」

「えぇっ 今来たばっかなのに」


 若者のぷっと膨れた頬が可愛らしい。背丈は大人ぐらいに育っているが、身体の線が細い。まだ少年と青年の狭間なのだろう。

 男はだめだと首を横に振り、そのかわり朝一番に朝食を持って来てくれ、ともう一度ここに来る口実を与えた。

 若者は分かった、とすぐに踵を返した。


 紫鈴はその様子を見て、無理に起き上がろうとするのをやめた。

 この男は冷静で、温かい。

 信に値する。

 事情を話して王都まで同行を願おう。

 そう思えたらとたんに身体が重くなった。

 もう瞼を開けている事が出来ない。

 紫鈴は再び眠りについた。




「シン、どうしたカリマを届けたのじゃなかったのか」

「兄さんがカルーの調子が心配だから戻れって。明日の朝、朝食届けに行きたいんだけど…」

「分かった。サリヤに用意させよう」

「ありがとう、叔父さん」



by シン&キサ

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