16 木蓮
すこしずつ暖かくなってきた日差しを受けながら、青蘭は一つ一つ器の前で花をかざし、角度を変えながら活けていた。
今は木蓮が見頃で、白木蓮と紫木蓮を一枝ずつ入れている。
木蓮の枝は複雑に伸びており、いつもならそれをどう組んでいくか、楽しみながら活けていくのだが、他ごとを考えている今日の青蘭は、上手く決まらない。
ため息をついて二枝とも花器から引き抜く。
居間の方へ行き、筆を取り、
〝今日は上手く活けられませんでした〟
と書いて花器の底に忍ばせた。
帝は紅梅の木の下で言っていた通り、二日たっても三日たっても姿を現さなかった。
やっと会えたかと思うと、一口お茶を飲んだか飲まないかの所でお声がかかる始末。
今が一番忙しいとは言っていたけれど、一週間も顔を見ていないと、心配と込み上げてくる淋しさで、手がつけられない。
それに、迷ってはいたが、青蘭は帝に進言した方がいいと思っている案件があった。
鬱々とする青蘭の気持ちを察したかの様に、パラパラと雨どいを打つ音がする。
近くの格子戸少し開けると、大粒の雨が降り出していた。
「あ……」
格子戸から見える渡り廊下を、静々と歩いている人物を見つけて青蘭はじっと目をこらす。
いつもの様にたおやかに歩いている姿を見て、やはり気のせいか、とも思うのだか、青蘭の心が〝否〟と言うのだ。
「紫鈴がどうかしたのか?」
突然頭の上から声が降ってきて、悲鳴を上げそうになると、私だ、私、と青蘭の口を押さえて言うのは帝だ。
「びっくりしましたっ」
振り向いて涙目で抗議する青蘭に、帝は声はかけたがそなたが気付かぬのでな、とさももっとらしく言う。
「声をかけられて気付かぬ訳がありません!」
その目はからかいに満ちているので、青蘭は口をへの字にして首を横にふると真っ向から否定した。
「はは、悪かった悪かった」
さすがにやりすぎたと思ったのか、帝は両手を上げ、なぜか嬉しそうに笑った。
そしてやんわりとその手を腰に当たると、緩んだ瞳を少し改めて青蘭を見た。
「声をかけなかったのは悪かったが、かけるのを躊躇わせる顔だったのでな」
その言葉にハッとする。
帝を見上げると、言え、と言っていた。
その憂いを言え、と。
この方はいつも、そうだ。
目でものを言うのだ。
そしてその問いからは逃れられない。
自分だけなのか、他の人もそうなのか、確かめたくなるのだか、今はその時ではないと思った。
「……同室の、紫鈴姉さんが気になるのです」
「気になる、とは?」
「何と言ったらいいか……」
姿は変わらないのに、いつもと違う気がする。眼差しの温かさは変わらないのに、いつもの姉さんらしくない。
「姿が変わらないのに、中身が違う様な……」
「ほう」
煌明は目を細めた。
青蘭の洞察力に舌を巻く。
事実、今の紫鈴は化けた緑栄だ。
男女の違いを感じさせない化けっぷりを見破られた事になる。
「どうしてそう思う?」
「そうですね。いつもより所作が淑やかな気がしますし、あと……」
珍しく口籠もって顔が暗くなる。
「少し、私と距離を置いている様です……」
言葉にしてみて、初めてその意味を知ったかの様に、青蘭の目にみるみる涙が溜まってきた。
これに動揺したのは煌明だ。
元はと言えば、この状況を作ったのは自分だ。有り体に紫鈴の正体を話せば憂も取れるのだか、そうともいかず、ぽん、と苦し紛れに青蘭の頭に手をやる。
ぱたたと落ちる雫に、小さき身体を優しく抱き寄せると、ひっと嗚咽を漏らした。
震える背中をゆっくりとさする。
紫鈴がいつの間にか青蘭の支えになっていた。紫鈴もまた、青蘭に心砕いている。
影を外すか。
余りに青蘭に肩入れしている紫鈴を少し正気に戻す為もあって離してみたが、青蘭が弱る様ならば意味が無い。
任を外して側に置くか。
今後を考え心に留めると、今度は別の想いが浮き上がってくる。
それにしても…あいつを想って泣くとはな。
その事実に軽く嫉妬しながらも、今は自分の腕の中にいる雛鳥が泣き止むまで、包むように抱くのだった。
紫鈴に嫉妬って……何とかは盲目…
ブルッ
…何か…策を得ねば…
by 緑栄




