13 紅梅 ー青蘭ー
少しずつ春めいてきた風の中、紅梅の木の下で話し込んでいた二人の耳に、従者の探す声が遠くに聞こえてきた。
慌てて奥宮の方へ足を向ける。
「仕事に戻った早々悪いが、あまり部屋に戻る事はないと思う」
「承知しております、陛下」
「お前は、本当にすぐ言葉が戻ってしまうんだな」
呆れた様に言う帝に青蘭は、ごめんなさい、と首をすくめた。
「まあ、無理にとは言わないがな」
そう言って遠くを見る帝に、青蘭は問う。
「どうして普通に話せとおっしゃるのですか?」
素朴な疑問に、帝はふっと笑った。
「お前も私と同じ様な立場になったら分かる」
そう言って帝は立ち止り、青蘭を見つめた。
「陛下?」
トトッと青蘭も歩みを止める。
黙って見つめる帝の目には、深い色が宿る。
青蘭の乱れた前髪を直す手が、つっと頬で止まった。
ザワッと青蘭の背中が熱くなる。
〝そうゆう時は〟
と言う紫鈴の声がよみがえった。
帝と床を共にした時の事を話した時に〝今度もし、陛下と相対し身体が熱くなった時には……〟と言われていたのだ。
青蘭はおもむろにギュッと目を瞑った。
そのくしゃっとした顔に、帝は笑いながら額に一つ、唇を落とす。
勘違い?!
パッと額に手を当てて顔を真っ赤にする青蘭に、そうじゃない、と帝は手を取り歩き出す。
「お前の立場だと難しいかもしれないが、嫌なら嫌だと言えよ?」
さりげなさを装いつつ帝は言った。
青蘭は暫く黙って歩いていたが意を決した様に、私はどの様な方に対しても、嫌なものは嫌だと言います、と早口で言った。
俯き顔を下げているので顔色は見えないが、耳が林檎の様に赤い。
つまりは是、という事だ。
言外の肯定に気を良くした帝が今度こそ、と身を乗り出した時、陛下! 探しましたぞ! 従者長が現れた。
ガクッと項垂れる帝に、青蘭はほっとした様な、少しだけ惜しい様な心持ちで微笑んだ。
「なるべく顔を見に戻る」
「はい。待ってます」
青蘭の柔らかい言葉に笑って頷き、素早く頰に口付けて足早に去っていった。
残された青蘭は、ただただ動悸が治るのを待つ。
私……あんな陛下と相対していけるかな。
心臓がもたない気がする。
この動悸の速さに一抹の不安を抱えつつも、紫鈴姉さんに相談しよう、と心に決めると、やっと一歩歩き出せる様になった。
その夜、更けて…
「と言うわけなのです」
「そう…」
「お久しぶりにお会いしたのも有るかもしれませんが、これからお部屋に戻られる度に、その…あんな感じになるのでしょうか」
「いや、それは……なんとも言えないわね…」
「あの、私、実家でもお養父様にあまり触れて頂いた事もないので、その…男の人が近くに居られる事にも実は慣れてなくて…」
「そ、そう…」
「だからでしょうか、あんなに動悸がしてしまうのは」
「それは、また…違うと思うわ…」
「…」
「まぁ、少しずつ、慣れていけばいいと思…うわよ」
「…はい」
「さ、もう寝ましょう。明日も早いのだから」
「はい…おやすみなさい」
「おやすみなさい」
by 青蘭&紫鈴(緑栄)




