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12 紅梅 ー煌明ー




 気が遠くなる程長い春節を祝う行事が終わり、煌明が私室に戻ったのは日付も変わろうかと言う時間だった。


 ドサリと寝台に身を投げ、長いため息と共に腕で目元を塞いだ。


 先程、女官長、柑音(かんね)から青蘭に月の物が来た事を聞いた。

 そして青蘭を自室へ戻した事も。


「月の物が治るまで休ませればいいではないか、病み上がりだぞ」


 思わず声を荒げた煌明に、柑音は首を横に振った。


「月の物は病気ではありません。御子がおらぬとわかった以上、下女である青蘭をあの部屋に置くことは出来ません。特別な計らいをすれば、それだけ青蘭に返っていきます」


 ぐうの音も出ず、押し黙った煌明に、柑音は文を差し出す。


「青蘭から預かりました。一日休養したのち、通常通り出仕します」


 では、と言って下がっていった。


 煌明は黙って文を開く。

 開いた先に、梅花が一輪入っていた。


 〝花のおかげで、心穏やかに過ごせました。ありがとうございました〟


 短い感謝の言葉に、あの小さな娘の心を思う。


 今すぐ顔を見にいってやりたい。と身を起こすが、先程の女官長の言葉がこみ上げて来て、またバタンと倒れた。

 苛立ち紛れに腕を寝台に投げ出すと、コツンと手に当たる。


「青磁か」


 青蘭が出仕していた頃は、部屋に戻ると必ず箱の中に戻っていたのだか、自分と青蘭以外は触れるなという命が効いているのか、青蘭が居ない間は捨て置かれていた。


 ふっと息を吐き、青磁に触れる。

 青蘭以外というのはあながち眉唾ではなく、つるつると滑りやすいのでかなり触るのにコツがいる。煌明自身も慎重に器を掴み、自分の手で箱に戻す事にした。


 棚の前に行き、箱の紐を緩める為に青磁を隣に置いた時だった。


「……」


 箱の高さが気になった。

 この器を入れるにしては、少しだけ、高い。


 煌明は黙って箱をあかりがある卓の方へ持って行った。




 ****




 二日後、青蘭は確かに出仕した。

 煌明の私室に花が活かるようになったからだ。

 しかし煌明は久しぶりの出仕日にも関わらず顔を合わす事が出来なかった。

 新年の参賀に来た要人の相手をし、宴を開き、深夜に私室に帰り、また朝早く政務に戻る日々が続いたからだ。


 日中、鷹揚な顔の下で、椅子の肘掛けを握る拳に段々と白い筋が浮く様になってきたのを見た緑栄は、侍従長にそっと提言した。


「陛下! 一刻! 一刻ですぞ!!」


 侍従長の叫びに手の平で応えながら、煌明はわざと大きな音をたてて私室の扉を開いた。

 青蘭の驚いた顔を探すのだが、居ない。


 ふと窓際の花器を見ると、花がなくなっていた。

 朝はまだあったので、青蘭が新しい花を探しに出たのだろう。

 庭へと続く廊下を足早に歩いていると、向かいから半刻前は従者として煌明の隣に居た緑栄が、今度は女官姿となってこちらへ歩いてくる。

 道を譲られ、交差した時、


 北の庭です


 と煌明にしか分からない声で告げた。

 煌明は頷き、庭へ下がっていく。

 そしておもむろに走り出した。


「あんな主、初めてみるなぁ」


 緑栄はボソっと呟いて、また淑やかに歩いていった。


 北の庭と聞いて、青蘭がどこに行ったのか見当がついた。

 以前青蘭に梅の枝を届けた時には花がなく随分と探し回ったのだ。

 その時に唯一花芽をつけていたのが、北の庭の奥にある梅だった。

 煌明は最短の道を走っていく。


 前方に紅い色がみえてきた。

 一輪しか咲いていなかった事を思うと、いつの間にか時が経ったのだな、と思った時、ぱっと視界が開けた。


 満開の紅梅の下に佇む女人。


「青蘭……?」

 

 呼ばれて振り向いた女人は、花のように笑った。


「陛下!」


 トトッとこちらに歩み寄って来た女人は、間違いなく青蘭だった。青蘭なのだが。


「背が、伸びたな」


 煌明は戸惑いを隠せない。

 小リスの様にふくっとしていた頰はやせて締まり、煌明の胸辺りしかなかった背が、肩まで伸びていた。

 それに目が、顔の中で目だけがアンバランスに目立っていたのが、今は均等に収まっている。


「はい。お休みしている間に足が痛くて。何か悪い病気かと不安に思っていたら、長耀様が背が伸びる時に伴う成長痛だと教えて下さいました」


 そう言って自分の足元を見る仕草が、童女ではなく女人のそれだ。

 暫く見とれていたのだろう。

 陛下? と怪訝そうに言われ、ハッとする。


「梅を取りに来たのか?」


 取り繕うように言うと、青蘭は首を振った。


「花は、今が盛りですから」

 紅梅を振り返って微笑む。

「切るには忍びなくて。陛下がいらしてくれて、良かった」


 そう青蘭が言うや否や、ザアァッと風が吹いた。


 紅梅の花が風と一緒に舞う。

 二人、しばし紅の舞に見入った。

 はらはらと名残の花が落ちるのを見届けて、笑った。


「見事だったな」

「はい。綺麗でした」


 煌明は改めて向き合って言った。


「青蘭、変わらないな」

「? はい」


 不思議そうに頷く青蘭に、ははっと笑った煌明は、おもむろに担ぎ上げてくるくると回った。


「へ、陛下! 落ちます!!」


 慌てて首にしがみつく青蘭。

 煌明はいつまでもくるくると回っていた。





「……一刻経っても戻られない」

バタバタバタ

「陛下!」

「これは侍従長さま、いかが致しました?」

「紫鈴殿か、陛下はこちらには戻られていないのか?」

「先程一旦戻られましたが、女官長さまの元に行かれました。緊急の案件が出たとか」

「何と……こちらはまだ使者殿を待たせていると言うのに…」

「半刻程したら戻られるとの事です」

「承知した」

全く陛下は…ぶつぶつ……バタン



貸し二ですよ、陛下


by 侍従長&紫鈴(緑栄)

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