信頼と疑念
Kからの提案を受け、二人は困惑しながらもその申し出を受けることにした。理由としては、既にプレイヤーネームが知られていることと、向こうにはこちらの姿をおそらく知られていると思ったからである。向こうの姿を知るだけでこちらにはメリットがある。もう一つの理由としては、向こうはこちらを殺せたはずなのに、SRG世界で自分たちを殺さなかったことだ。自分たちを最後の最後に襲ってきたプレイヤーがKという可能性もなくはないが、わざわざ殺し損ねたプレイヤーにこんなフレンド申請などと言うマネをするだろうか?
承認し、時間を決める。14時集合とし、それまでできる限りの準備を整える。時間が来て、ハル、レオのもとにバトルの申請が届く。プライベートルーム:ステージは都会、時間無制限。指定通りの内容を氷見と確認し、同時にルームに入る。
レオとハルが、テレビによく映るような都会へと召喚される。集合場所は、このエリアで一番高い塔、ソーシャルクロスネットワークタワーの根本。急ぎ駆けつけると、既にプレイヤーが立っていた。
「……あんたが、K?」
レオがチャットで問う。女性プレイヤーだ。腰まで届くような黒髪に、軍隊のような制服。どことなく歴戦の猛者と言う風格が漂っている。
「そうよ。私がK。生き残ってたのね。ギリギリで襲われた時は少し焦ったけど」
「……見ていたのか」
「ええ。助けられなくて済まないと思っているわ」
まだ信用できるかはわからない。Kは、淡々とチャットを打ち込む。
「このゲーム、信用できる仲間が多いにこしたことはない。無論、あなたたちが信用に値するかは私が決めるけど」
「それはこっちのセリフでもある。お前を信用するとは決めてない」
「だから、少しでも信用されるためにこちらはデッキを晒すわ。これが私のデッキ」
ゲーム内のメッセージを通して送られたスクリーンショット。それは、彼女のデッキだった。スナイパー仕様というべきか、LRのスナイパーライフルが二枚見える。詳しい内容は調べて見ないと分からない。
「わからないカードがあるなら別に教えるわ。あなた達のカードは晒さなくて結構よ」
言い切るK、何がここまで自身を持たせているのだろうか。
「俺たちが組んであんたに襲いかかるかもしれないぞ?」
告げたのはレオ。Kは、少しも動揺せず、メッセージを飛ばす。
「あなたたち、人を殺す勇気がないでしょう?裕太との戦いを見ればわかる。彼に、トドメを刺さなかった」
その言葉が突き刺さる。2人は、反論できない。もしSRG世界で襲われても、反撃こそすれど、殺せるとは思えない。……裕太を前にしたとき、そう思った。
「あなた達がエネミーを狩る間、私がそれを邪魔するプレイヤーを狩る。これでwin-winの関係になると思わない?」
Kの提案は魅力的すぎた。人を殺す勇気がないハルとレオにとって、この申し出はとてもありがたいものだった。決めかねていると、レオがチャットを送る。
「その申し出はとてもありがたい。だが、キミを信じていいのか?キミは、人を殺すのにためらいはないのか?」
その問いにすら、Kは即答。
「問題ない。殺せるから」
淡々とした答えは、まだ続く。
「私は生きるためでなく、楽しむためにゲームをやる。それさえ邪魔しなければ、あなたたちに危害は加えない」
ハルとレオは、いや、琢磨と氷見は黙りこくった。こいつは、Kは、明らかに危険な人物だ。だが、Kの保護が無ければ、野良プレイヤーに襲われた時、どう抵抗するか、という問題が生じる。逃げるだけならばラクダ。しかし、このゲームにおいて完全に逃げる手段は少ない。その点で、追っ手を排除し、危険を減らすという点ではとても魅力的な交渉だ。だが……
「なんで、私達の味方をするんだ?」
ハルが問う。回答は、少し遅れて帰ってきた。
「理由ね、大したものではないわ。あの強力なカードばかりを使う裕太に勝てたのだからそれなりの実力を見っていると判断した。それだけ」
少し遅れて、もう一つのメッセージ。
「いつか、あなたたちの力は利用できるかもしれないから」
その言葉の意味は、ハルたちにはわからなかった。フレンド機能があるから、いずれレイドイベントなどがあると考えているのだろうか?
「こんなところでいい?返事は、後でもいいけど」
「……いや、飲もう」
誰も殺せずゲームを完遂できるなら、迷うことはできなかった。怪しい話ではある。だが、今はすがるしかない。レオとハルは、そもそもフレンド承認をした時点で、なんとか手を組みたいとおもっていたため、断る理由がなかった。話を受け、Kがかすかに笑った気がした。
「じゃあ次は情報交換ね。あなたたちはどれくらいSRGのことをわかっているのかしら」
ハルとレオは、ここまで体験したこと、ネットで得た情報をすべてKに話した。もちろん、自分たちのリアルのことは隠して。全てを聞き終えたKは、なるほど、と前置きし、
「自分たちのプライバシーを守ることくらいは徹底してるみたいね。そうしないと生き残れやしないと思うけど」
その言葉に、二人は困惑した。まるで、琢磨と氷見のことを知っているみたいに話す。ハルが、チャットを飛ばす。
「あんたは私たちのことを知っているのか?」
「いいえ、詳しくは知らないわ。けどあなたたちの性別が逆なことくらいは知っている」
背筋が凍ったような感覚。このKというプレイヤーは、どこまで自分たちのことを知っているのか。
その答えは、すぐ明かされた。
「このゲームのスタート地点はそのプレイヤーのリアルの所在地だと考えられる。それが部屋ならその部屋が、屋外ならプレイヤーを中心とした一辺5mの円がそのゲームでの初期地点になると考えられている」
「待て、なんであんたはそんなに詳しいんだ?」
既にばれたからか、男であることを隠さないハル。答えは相変わらず早い。
「あなた達とは別の協力者がいる。攻略班、と言った方がいいかしら?まあ、あまり信用しなくてもいいわ。確実なのは、初期地点から出ればすぐに姿がゲームフィールドに現れ、プレイヤーに狙われることになる。あなたたちのことを特定できたのも、そのおかげね」
Kの語りは止まらない。これは、協力ではなかった。画面の向こうで、Kが笑っているような感覚。
「別にこのことまで伝える気は無かったけど、情報はなるべく出した方が信用されそうだから。別にリアルに凸しようなんて考えてないから安心して?」
自分たちは、もうこのKというプレイヤーに逆らえない。
「もし断られてたら無理やりにでも手駒にするつもりだったけど、その心配はないわね」
ゆっくりとKがハルとレオに近づいてくる。そのまま、握手のモーション。
「これから長い間よろしくね。洲崎君、工藤さん」
同じく、握手で答えるしかなかった。
「今度からフィールドに出るときは配布カードのこれを使いなさい。少しは気休めになる」
別れ際にKが言う。そのカードはスターターに入っていたエリアワープというNカード。自分を中心とした半径1k以内にランダムでワープするというものだ。確かにこれなら自分の位置は特定されにくい。
「最後に一つだけ聞かせてくれ。あんたは、俺たちが初期地点から出るところを見ていたのか?」
「ええ、たまたまね」
相変わらず早い返信。Kは最後に、メッセージを残す。
「私があなたたちに生き残ってほしいってのは本心よ。だから、気になることやわかったことがあったらすぐに情報交換しましょう?」
バトルエリアから消えるK。それと同時に、通信が切断されましたとのメッセージ。残された琢磨と氷見は、どうしようもなくスマホの画面を見つめていた。
もはや、逃れる術はない。
ゲームはもう、リアルを侵食していた。