戦う覚悟
「……これが、LRの力かぁ」
荒れた町の中心に立つ謎の影。左手は、何回もガチャを回す。金など気にしないように。
「お、またLRが出た。これなら余裕だな……ふふ、あはははは!」
男の笑い声が響く。世界が、揺れるような声だった。
「しかし身体能力の上がり方がすごいな……自分の体じゃないみたいだ」
あり得ない速度で町を走るハルとレオ。二人ともスターターの速度上昇カードを使っている。100m5秒もかかってなさそうだ。更地になったことで走りやすくもなっている。空は暗く、もし裕太というプレイヤーを見つけても奇襲をかけることは余裕だろう。
「とりあえずさっき立てた作戦通りに行きましょう。あと少しで付くわ」
お互いにデッキは見せ合った。そのうえで作戦を立て、裕太を狙う。レオもLRを引いていた。
「レオ。そろそろだ。いったん止まろう」
近くの大きな瓦礫に身を隠す。レオがあるカードを使用する。SSRのセンサーアイ。近くにプレイヤーがいれば反応し、そのプレイヤーのステータスを見ることができる。
「いた。200m先よ。名前は裕太、レベルは5まで上がってる……SPやHP上限も増えてる。いけそう?」
「問題ない。俺のLRはそんなの関係ないからな」
カードを適当に使い、LRが来るように調整する。用意し終わったと告げると、レオが新しいカードを出した。SRのキエルマント。5秒間だけこのマントを来た人間は攻撃できなくなる代わりに姿を消すことができる。
「私が奴の気を引く。ハルはスキを伺って奴をねらっ……!よけて!」
ハルを突き飛ばすレオ。先ほどまで二人がいたところに、赤いレーザーが放たれた。一瞬で、瓦礫を消し去りくりぬいたような跡を残す。
「っ、レオ、レオー!」
名前を呼ぶが、返事は帰ってこない。代わりに帰ってきたのは、赤い光。
「ちぃっ!」
すんでのとこでかわす。光の下には、少年のような男がいた。
「お前が――――裕太だな!」
「そうだよ貧乏人!死ねぇ!」
3度目の赤いレーザー。急いで移動速度アップのカードを使い、攻撃をよける。今はレオのことを、氷見のことを考えている余裕はない!
裕太が手に持つ兵器を捨てた。3発までしか打てないのだろうか。これを機に距離を詰める。ソードの範囲に入り、剣を振るう――――
寸前で、急いで後ろに下がる。裕太の周りに、激しい雷の渦が発生する。あのまま突っ込んでいたら、死んでいただろう。裕太が、怪しい笑みを浮かべる。
「思ったより範囲が狭いなぁ……まあいいや」
「お前……そのカード、まさか」
「そうだよ。ほとんどSSR以上さ!SSRのサンダーウォールにLRのデス・カオス・レーザー!貴様らみたいな貧乏人にはできないだろうねぇ!」
裕太のカードが光る。すると再びレーザーを打った兵器が腕に生成される。
「くそっ……!」
銃を乱射する裕太。だが、近距離ならかわすことは難しくない。先ほどレオからもらったマントを羽織り、姿を隠す。銃は3発しか打てないのはさっきので確認済みだ。
「どうしたどうした!隠れてないで――――出てこいよォ!」
発動させたのは、光の剣。最初に見たものと同じだ。いくら姿を隠し見られていないとはいえ、あれで広範囲を切られては関係ない。
「LR……聖なる剣・エクスカリバー!」
剣が振るわれる。終わった、と全てを悟った。ここで、俺は死ぬのか――――
光の剣が迫る。手持ちのカードを確認するが、あるのはソード、小さな盾、銃、回復、そしてあらかじめ選んでおいたLRと、この状況をひっくり返すものはない。LRも、近づかなければ意味がないものだ。光の剣が、俺を浄化しようと、近づいてくる、あまりの恐怖に、目を瞑る――――
「……ん?」
いつまでたっても、剣はこちらに来ない。恐る恐る目を開けると、裕太は固まっていた。悔しそうにしながらも、動くことが出来ない。
「今だ!ハル!」
「……っ!なんだよ……心配かけさせて……!」
裕太のそばに、レオがいた。おそらく麻痺銃のカードでもつかったのだろう。裕太の動きが止まる。エクスカリバーは維持できなくなったのか、消えていた。
「観念しろ!裕太ぁっ!」
LRカードを選ぶ。近づけば仕留め損ねることのない、必殺のカード。
「LR、暗殺剣クラウ!」
叫びと共に、小さな剣を取り出す。剣は、裕太の胸元を狙う。しかし、ぎりぎりで麻痺が切れたのか、うまく体を反らし、かすり傷しか与えられない。
「は、外したな!馬鹿!もう許さない……」
「HPバーをよく見てみな」
え、と裕太が少し顔を上げる。かすり傷だけ負わせればそれでよかった。
「っ!?ああああああああーーーーーーーーっ!!??」
裕太のHPが、一瞬で1になる。クラウの効果は、リーチが短い代わりに、かすりでもすれば相手のHPを1にし、軽い麻痺状態にするというものだ。裕太は麻痺で動けず、体力も少ないという危機的状況に陥っていり、パニックになっていた。
「や、やめろ!助けてくれ!そうだ、俺のカードやるからさ!頼む!俺はもう10億課金しちまったんだよ!死んじゃうよ!」
必死に命乞いをする裕太。感じたのは、哀れみでもなく、侮蔑。
この訳の分からないゲームに、既に10億も入れたという頭の悪さ。裕太という名前から察するに、ネット初心者なのだろうか。しかし……
「ハル。迷う必要はない。こいつを殺すしか……生き残る道は、ない」
そういうレオの手は震えていた。お互いに、今まで考えていなかったのだ。このゲームは敵モブがいるとはいえ、このランキングを決めるのは主にプレイヤーのキル数、つまり、生き残りたければ誰かを殺すしかない。人の生き死にになどかかわったことのない、今までただの中学生だった琢磨と氷見には、重い決断だった。二人とも動けずに、躊躇した瞬間。
「馬ーーーーーーーーーーーーー鹿ぁ!!!!死ねぇ!!!!!!!!」
裕太の麻痺が解ける。再び体が光るカードを使う。SPゲージが一気に回復するのを見て、SP回復効果を持つカードなのだろう、と察するがもう遅い。
「今度は外さねえ!LR!邪槍……」
構え、距離をとる。しかし、雄太の動きは止まった。……いや、止められた。どこかからか飛んできた白い光が、雄太の頭を貫く。何も言う暇を与えず、雄太の体は崩れ落ち、ポリゴンとなってはじけた。
「な――――!?」
「レオ!伏せろ!」
互いに銃が飛んできた方向から身を隠すように瓦礫に身をひそめる。おそらくは長距離狙撃型のカードだろう。裕太のエクスカリバーにより開けた土地では隠れる場所も、防ぐ場所も少ない、と悩んでいると、ハルのスマホが震える。見ると、メッセージ受信とのお知らせ。差出人は……Kと書かれていた。
恐る恐る開くと、そこには簡素なメッセージ。
<アシストありがとう。お礼にあなたたちは狙わないであげる。アシストボーナス貰っただけでもありがうと思いなさい>
ランキングを開き確認する。目まぐるしく動く上位ランキングの中で、全世界103位に北海道S市のKというプレイヤーを見つける。こいつが……裕太にとどめを刺した、犯人。
「ハル、どうかした?」
レオが聞いてくる。無言でスマホを見せ、何があったかを知らせる。互いに、狙撃されたであろう方向を見るが、もう誰もいない。また、メッセージを受信する。もちろん差出人はK。
<そんなに怖がらなくていいわ。ゲームが終わるまであと少し。互いに生き残るよう頑張りましょう?>
あと少し?とあたりを見渡す。空に、ゲームが終了まであと00:01:25という書き込み。
「なんだ、あれ」
「チュートリアルで説明されなかった?このゲームは、現実時間で1時間ほど開催される。そして時間が来るとどのような状態であれ現実世界に戻されるって」
「……聞いて、ないな」
あの適当な妖精め、と心の中で悪態をつく。あと1分無事に終えれば、今日は終わる。
「ひ……レオ、これが終わってとりあえず寝たら、情報交換しよう。とりあえずうちに来てくれ」
「わかった。それまで死なないようとりあえずバリアでも貼っておく」
そういうと、発動したのはRのバリア。攻撃を一度防ぐことくらいしかできないが、残り数分をしのぐだけなら大丈夫だろう。いろいろなことが起こりすぎた。もう、かなり疲れている。
周囲の警戒、主にKという人物へ注意を払いながら、ランキングを見てみる。相変わらず変化が激しいが、それでも変わっているのは主に上位層だけだ、この人たちは、人を殺すのにためらいがないのだろうか?
Kという人物も見てみる。少しずつ順位は下がっているものの、それでも1000位以内、550位だ。キル数が、雄太から引き継がれた分と裕太の分であろう143から変わっていない。
ランキングの全参加者の人数は、未だ増えている。プレイ前要請が語ったのは1億。数は増え続けていて、3億にも上っている。
「こんな人数で、殺しあえってのか」
思わず乾いた笑いが出る。ふと、レオが話しかけてきた。
「ハル、あんたのランキング見せて」
「ん?ああ……え?」
ランキングを開く。そこには、アシストランキング1230位と書かれた文字。
「やっぱり。ちなみに俺は934位」
ランキングを見せてくる。確かに934位だ。どうやら、ほかにもランキングがあるらしい。
「これも、帰ったら確認の必要がありそうだな」
「ああ」
そうこうしてるうちに、残り時間はあと10秒。ようやく元の世界に帰れる、と安堵し、少し目を瞑った。
その直後、バリアが割られた。その急いで目を開けると、すぐそばに見知らぬ男のプレイヤー。これがKか?と疑問に思うが、振り下ろされた剣が考えることを許してくれない。すぐに回避し、距離を取る。レオに向け、叫ぶ
「残り5秒!逃げろ!」
SRの銃をセット。威力が高いだけの銃だが、時間稼ぎにはなる。距離を取りながら銃で牽制し、男から離れる。レオの援護もあり、男は近づけない。
「カウントダウン…終了!」
空に刻まれた時計のカウントが0になると同時に、世界が崩れ始めた。それとは逆に、プレイヤーの体は浮き始め、カードは使用禁止、メニューも開けなくなる。空が割れ、光が差し込みー---
ハルの意識は、そこで途絶えた。