第8話
よろしくお願いします。
曖昧ですみません。
朝、窓から差し込む暖かな光で、私は目を覚ました。
目の前に風が浮遊しながら
『むわ~、僕の下僕になってってば~』
またそんな事を言っている。
「……全面拒否っ!」
私は布団を風に突き飛ばした。
『あぷっ!』
風は布団にあたり、その姿が煙の如く消える。
そしてまた別の位置に現れた。
『むう~、ひどいナ~』
今度は枕を手にして構えた。次は顔面を狙う。
『け、喧嘩はいけません!』
知っている声が聞こえてきた。けれど、今ここで聞こえるはずのない声だ。
怒りの感情も消えて、私の手から枕が滑り落ちていった。
「な、何で雪がいるの……?」
【雪の妖精】雪はにっこりと微笑んだ。
『お、お邪魔しています』
「お邪魔する時間じゃなぁああい!!」
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普達は、普のお気に入りの場所であるあの階段にいた。
ここは、人が通らないので風と会話をしても怪しまれない。
学校へ行く途中の普と雪は制服姿だった。
「あなたね、下僕、下僕っていい加減にしてよ!」
普は、風に怒鳴る。
だが、風はあくびをしたり、口笛を吹いたりと、気にも止めていないようだ。
すると、雪が恐る恐るこう言った。
「も、もしかして、“契約”の事ではないでしょうか?」
「え?」
普は思わず聞き返した。
「契約って何するの? 嫌な感じがするんだけど……」
普の頬を冷汗がつたる。
だが、雪はそんな事はないというように微笑む。
「契約は、私達との繋がりを縁より強めるためのものです」
あまりパッとしない答えに普は眉を寄せた。
「つまり……どういこと?」
「契約すると、わ、私達に触れる事が出来る様になりますし、契約した妖精の属性の能力を操ることが出来る様になり、ます」
雪の言葉に普は耳を疑った。
能力を操れる、そんな事が普通は出来るわけがない。
「例えば、ですが。わ、私と契約すれば、ゆ、雪の力が。風様と契約すれば、風の力が手に、は、入ります!」
「そ、それ、なんか凄いじゃない……」
上手く表現する言葉が普の頭の中に浮かんでこない。
『む~だから僕も言ったヨ~?』
「あなたから、そんな言葉一度も聞いてない!」
普は風を睨んだ。
そしてふと、思い出したことがあった。
「……ちょっと待って、触れることが出来るようになるって言ったけど、前に風に触ったことあるわよ?」
「あ、それはですね。力の強い妖精は自分の意思で、す、姿を実体化できるん、です。私も実体化して、学校に、か、通っていますし。で、でも、大抵の妖精は、実体化できないほうが多くて……」
風と雪は、力の強い妖精の中に含まれているのだろう。
『む~、じゃあ、一回契約してみる? 契約破棄は、いつでも出来るしネ~』
風がふわりと地面に降りた。
「えっ、そんな急に!?」
突然の風の申し出に、普は一度戸惑った。
しばらくの間普は頭を捻った後、頷いた。
契約に対する恐怖心よりも興味の方が強かったのだ。
「わ、わかったわ。でも、変な真似したら許さないから」
『むふふ、了解だヨ~』
風は笑顔を浮かべた。
それと同時に緑色の瞳が輝きだす。
いつもとどことなく違った優しい眼差しが普に向けられた。
……何だろう、何だかとても、懐かしい。
風が巻き起こり普を包み込む。
だんだんとその勢いは強くなってくる。
「えっ、ちょ、これ、大丈夫なの!?」
風からの声は風に遮られて聞こえない。
今更ながら焦る普。
風はそっと胸に手を当てた。
『汝、我が器となりて契約せん。我の名は、【風神】風伯なり』
光が辺りを覆い隠し、そして花のように散った。
光の余韻がキラキラと空に舞う。
風の言った言葉は普には聞こえなかった。
光がすっとおさまる。
そこには、普と風が向かい合って立っているだけであった。
「……な、なにか変わった?」
普が自分の手や体を確認するが、変わった様子はない。
「せ、成功です!」
雪がぱちぱちと手を打った。
「……いまいちよく分からないんだけど?」
普が首を傾げる。
『やってみたら~その方が早いヨ~?』
風が宙に浮かびあがりながらそう言った。
「は? そんなこと言われたってどうしたらいいの?」
風は空中でくるくる回りながら、ぽんっと手を打った。
『よ~し! 試しに飛ぼうヨ』
普は目を瞬いた。
「へ?」
間抜けな声がでる。
『空を飛ぶことをイメージしたら良いだけだヨ~簡単だよネ? ……あとネ、五分くらいしたら学校遅刻だヨ~。気づいてた?』
風の言葉に普は急いで腕時計を確認した。
時計の針は八時二十五分をさしている。
カチッ
そして、二十六分に進む。
普の顔から血の気が引いた。
始業のチャイムが鳴るのは、八時三十分だ。そして、現在二十六分。残りは四分。
ここから学校まで走っても少なくとも十分はかかるのだ。
いまさら走っても間に合わない。
『さあ、普! 空を飛ぶしか間に合わないヨ~』
風が空を指さす。普はごくりと唾をのんだ。
遅刻はなんとしても避けたい。
普はそっと目を閉じ頭の中に風をイメージする。
さわっと木の葉がゆれ、雲が流れていく。
小さい時から普は風が好きだった。
いつから好きになったのかは覚えてはいないけれど、風のイメージは目を閉じればすぐに浮かんでくる。
風はどこまでも自由に飛んでいけるんだ。
普は、目を開けた。
風と同じ、緑色の瞳だった。
「……飛べ」
ぶわっ
風が普を中心に巻き起こる。
そしてゆっくりと浮かび上がった。
「うわっあわわわっ。飛んだ!?」
上空に浮かびあがり普は周りをきょろきょろ見回している。
『あ、普さん。学校に、ち、遅刻してしまいますよ!』
『あははっそうだネ~』
雪と風の声が近くから聞こえてくる。
「え? ど、どこ?」
どこにも風達の姿はない。
『普の中だヨ~契約すると入れるようになるんだヨ』
『わ、私もお邪魔しています』
普はそれを聞いてなんだか複雑な気持ちになった。
「……な、何か嫌」
あまりぐずぐずしていては、学校に遅刻してしまうため普は学校の方に向かって飛んでゆく。
かなり上空のようで家や人がとても小さく見えた。
初めてのはずなのに空を飛ぶことに恐怖はない。
どんどん速度が上がっていくのが自分でもわかった。
風を切って青空の下をグングン進む。
それがとても心地よくて、普の顔に笑顔が浮かぶ。
「私、飛んでる!」
そして、あっという間に普は学校の屋上に到着した。
普が地に足をつけると普の体が一瞬輝き、風と雪が現れた。
普は腕時計を睨んだ。
八時二十八分を指している。
「ま、間に合った。雪! 急いで教室に行かなきゃ!!」
「は、はい! い、急ぎましょう」
普と雪が教室に向かって駆けていく。
二人が屋上から姿を消したとき、風はふっと笑みを漏らした。
『むふふ~。普、最近きらきらしてる』
風がさっと流れてくる。
心地よい風が風の体をさらうように吹きつけ、姿がふっと消えた。
誤字・脱字等ございましたら、教えていただけると幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございます。