第6話
よろしくお願いします。
「風、という名を聞いたこと、ありませんか?」
「っ!?」
雪が風の事を知っている?
予想外の人物から風の名前が出たことに、普は驚きを隠すことができなかった。
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風の吹かぬ屋上で、長い沈黙が訪れる。
「…やっぱり、し、知っていますよね」
雪は普の表情を見るなりそう言った。
顔に出てしまっていたようだ。
何故その名前を知っているのかと普が雪に問いかけようとした矢先、雪が叫んだ。
「風様の居場所をど、如何か御教え下さい!」
「……え、風さ、様!? あんな奴に様付け?!」
雪は真剣だったのだろうが、チビでなんか透けていて、騒がしく、下僕になれと言ってくる奴が様付けされていると知ると、笑いが込み上げてきた。
すると、突然風が吹いた。
暖かい風が普の目の前に降りてくる。
『ねぇ~、笑うなんてひどいナ~。うんうん』
勝手に消えて勝手に現れたのそいつはやはり風だ。
なぜだかいつもよりさらに体が透けている。
「風様っ、此処に居られるのですか? 答えて下さい!」
雪は屋上を見回した。
風のいる場所は普と雪のすぐ傍だというのに雪は辺りを必死になって捜している。
「見えてない……?」
普は雪の反応からそう考察した。
『そのと~り! よくわかったネ~』
風がにっこりと普に無邪気な笑顔を向けた。
「よくわかったね、じゃないわよ! ちょっと説明して!」
風とは対照的に普は風を睨んだ。
『むぁ~、面倒くさいナ~』
そんな普を余所に風はいつも通りというべきか、空中をくるくる回る。
「……普さんには風様が見えているんですね」
雪は普の視線の先を見つめた。
雪は何かを決心したように一度深呼吸をする。
「……し、失礼いたしますっ! 【解放】!」
雪がそう叫ぶと同時に雪の体に変化が起こり始める。
ショートボブの黒髪は雪を思わせる真っ白な髪へ変化し、茶色の瞳は黄金へと変わる。
ふわりと冷たく白い光が包み込み、光が収まると、
雪のような純白の着物に身を包んだ雪がそこにいた。
『【雪波】!』
雪が両掌を風へ向け叫んだ。
突如発生した大量の小さな雪の結晶が風に目掛けて放たれる。
波の如く唸りをあげながらそれは、風を飲み込んだ。
「風っ!!」
普は雪のほうを振り返った。
「なんて事するの!!」
普はいきり立って雪を責めた。しかし、雪の瞳はまっすぐと風のほうを見ていた。
『この位で倒れるような御方では、あ、ありません。そ、それに…』
雪はどことなく悲しそうな表情を浮かべる。
『このままでは、いけないの、です』
眉をさげ、俯くその表情はいまにも泣きだしてしまいそうだ。
そんな雪に普は黙ってしまった。
『むぅ~、ひどいナ~命令してるのは暁闇だよネ?』
そこに、風の緊張感の欠片もない声が聞こえてくる。
普と雪が同時に風を視界にとらえた。
風の姿が先ほどよりもはっきり見て取れる。
雪にも見えるようになったらしく、風をその黄金の瞳で見据えている。
『あ~あ、せっかく薄めたのに戻っちゃったヨ』
自分の手足を見て、風は頬を膨らませた。
普は風の無事を確認し、ほっと胸をなでおろした。
『風様。如何してこの様な事をな、為さったのですか!?』
対して雪は風に怒りの感情を向けていた。
『……どうせ、暁闇に僕を捕まえろとでも言われたんだろうケド、僕は戻らないヨ~』
風の周りを風が力強く回り始める。
『どうしてもと言うのなら…僕は本気で君を相手にするからネ』
姿は小さな子供のはずなのにその瞳から感じる殺気は、辺りの空気を震撼させた。
いつもの笑顔はその顔になく、普は風が別人になってしまったようにも感じた。
声を掛けたくても言葉が頭に浮かばない。
『どうしても、ですか?』
『どうしても、ダヨ』
『……わ、わかりました。風様が其処まで仰るなんて、余程の理由がある、と存じます。この雪【雪の妖精】の名のもと風様にしばらくの間お仕えさせていただきます』
雪が半分諦めたように呟いた。
『むふふっいいよ~これからよろしくネ~』
先ほどまでの殺気がふっと消え、風は子供らしい笑みを浮かべた。
普は何が何だかわからず、ただ茫然とそこで突っ立っていた。
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