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第九話 タロウちゃん、展示飛行をする予定

「朝倉、お前、自分の古巣で展示飛行をする気はあるか?」


 そんな質問を司令からされたのは、アメリカでの合同演習から戻ってきて、しばらくしてからのことだった。


 古巣というのは、俺が所属していた飛行教導群がある小松基地のことだ。そこでの展示飛行に、F-2を参加させたいということでお声がかかったらしい。


「わざわざここから出向くよりも、小松に近い岐阜基地のF-2を参加させれば良いだけではないのですか?」

「俺もそう思ったんだがな。まあ小松にも、色々と考えがあるんだろうさ。で? どうだ?」


 俺に声をかけてきたということは……これは絶対に榎本司令の考えだよな。あの人のことだ、展示飛行でもあれこれ無茶な注文をしてくるに違いない。


「コブラとの対戦をしなくても良いのであれば、参加させていただきたく思います」


 そう答えると、司令はそう言うと思ったよと笑った。


「心配するな。あくまでも地上展示と飛行展示でのみの参加だ。あっちの連中が、お前との日々を懐かしんで気まぐれをおこさなければ、コブラに追い回されることはないはずだ」

「その気まぐれが一番心配なんですが」


 ってことは、追い回される可能性は大いにありってことじゃないか。


「まあそう言うな。久し振りに顔を見せてやれ。俺としても、榎本に無理を言ってお前をよこしてもらった手前、あまり無碍(むげ)にはできんのでな」


 俺が飛行教導群からこっちの飛行隊に来たのは、それまでこの基地でF-2を飛ばしていた社と羽佐間が、F-35パイロットに転換することになったからだ。


 もともとイーグルではなくF-2を希望していたので自分としては大歓迎だったが、小松の司令は、その直前に八神と立木を立て続けに千歳に送り出していたのでかなり渋ったらしい。


 そうやって、群から出すことを渋ってもらえるほど、自分の技量が認められていたということは、パイロットとしては非常にありがたいことだった。だからこちらとしても、その司令の申し出を断るわけにはいかなかった。


「慎んで御招待をお受けしますと、あちらの司令にお伝えください」

「分かった。日程及び展示飛行のプログラム、予行に関しては、あらためて連絡をするから待てと言うことだ。それまでは通常勤務にはげんでくれ」

「了解しました」


 敬礼をして部屋を出た。



+++



『てっちゃん、司令のおじちゃんとのお話は、なんのお話だったー?』


 ヘルメットを手にハンガーに出ると、羽原達に飛行前の点検をされていたタロウがさっそく声をかけてきた。


 最近のタロウは好奇心旺盛(こうきしんおうせい)で、少しでもいつもと違うことが起きるとすかさず「なぜなに攻撃」をしかけてくる。そして自分が満足するまで、答えを求めることを絶対に諦めようとしないのだ。このあたりは絶対に、前任の『パパ』の影響だよな。


「二ヶ月後の小松基地の航空祭、俺達が飛行展示をすることになりそうだ」


 とたんにフラップが元気よく上を向く。


『本当?! 僕、お客さんの前で飛べるの?!』


 この基地で開催された航空祭では地上展示のみだったせいか、今度は大勢の前で飛べると分かって大はしゃぎだ。いつも点検中は大人しくているのに、ラダーやフラップ、そしてエンジンノズルまで激しく開閉させて喜んでいる。


「おい、点検中にいきなり動かすのは危ないからよせと、羽原から言われてなかったか?」

『ごめんなさい』


 フラップが下を向いた。だがしおらしくなったのも一瞬だけで、すぐに質問攻めを再開する。


『何をして飛ぶの? 僕一人だけ? それともジローちゃんとサブちゃんも一緒に行って編隊飛行? それとも他の子達と編隊飛行? それと、ブルーも見れる?』

「行くのは俺達の一機だけだな。こっちの任務に穴を空けるわけにはいかないし。地上展示の途中から、飛行展示のために空に上がることになるんじゃないか?」

『ふーん。小松ってことは、おじちゃんがいるとこだよね? おじちゃん達のイーグルと遊べる?』


 おじちゃんとは、タロウの機付長を長年務めていた榎本一佐のこと。そしてタロウにとっての遊ぶというのは、模擬空戦以外にない。つまり、飛行教導群のイーグルと模擬空戦ができるのかと、質問をしているわけだ。


「さて、どうだろうな。遊びたいのか?」

『だって、てっちゃんのお友達でしょ? てっちゃんのお友達がどんなふうに飛ぶのか、僕も見てみたいなー』

「お前だって、今まで何度もアグレッサーの教導は受けたことあるんだろ?」

『うん。パパと一緒に遊んでもらったよ。僕、一度も捕まらなかった! えらいー?』


 誇らしげな口調に思わず口元がにやけた。俺は一度も手合せはしたことがなかったが、(クーガー)はすばしっこく厄介なパイロットだと、先輩達に言われていたな。


「ブルーに関しては、航空祭のプログラムがどんなものになるか、まだ決まっていない何とも言えないな。予行で前日入りはするだろうが、時間によっては、俺達は展示飛行をしてそのままこっちに戻ることになるだろうから、ブルーのアクロを見られるかどうかは、その時になってみないことには分からん」

『つまんなーい、ぶぅぅぅぅぅ!!』


 不満げな声とともに、エンジンノズルがバコンとイヤな音をたてた。


「おい、油はやめておけよ? いま吐いたら、朝一の飛行訓練は中止だからな」

『ぶぅぅぅぅぅぅ、僕、ブルーが飛ぶの見たいのにぃ!!』


 さらに、キャノピーまでガタガタと揺らし始める。


「見てどうするんだ。いいか、いくらお前と俺とでも、あれと同じように飛ぶのは絶対に無理だからな」

『そんなことないもん! お爺ちゃん達が言ってたよ、僕と同じ子がもっと作られてたら、ブルーに行ってたって! それにおじちゃんとこにも行ってたって!!』

「それはそれ、これはこれ。訓練無しでは絶対に無理だ。俺が乗っている間は絶対にそんなことさせないからな」

『ぶぅっっっっ!!』


 タロウは不満げな様子で、ラダーを激しく左右に揺らした。


「まったく、急にアクロを飛びたいと言い出したのはどうしてなんだ」

「アメリカで、F-16のお化けみたいな機動を見たからですよ。ここしばらくあれぐらい僕にもできる、もっと凄いこともできるって大騒ぎです。タロウちゃんの負けず嫌いは誰に似たんだか」


 それまで機体の下で点検をしていた羽原が出てきた。


「負けず嫌いなところは社に決まってる。アメリカ本土での合同訓練のことを忘れたのか?」

「あー……あれは当分は伝説ですね」


 アメリカ本土で行われた米国空軍と空自との模擬空戦。


 今年の模擬空戦は『僕、負けないもん! ママとパパに僕のかっこいいとこ見せる!!』と張り切るタロウと、『おにーちゃんガンバレー』のモモスケだったかウメスケだったかの、レーダーを使った連係プレーのお蔭で、空自サイドの圧勝に終わった。ただそのせいで、タロウの声が聞こえる俺にとっては、やかましいことこの上ない状態だったし、キャプテン・アサクラは千里眼でも持っているのかと変な噂まで流れるしで、複雑な気分ではあるのだが。


「来年は絶対に参加しないからな。あんな騒々しい模擬空戦は、二度とごめんだ」

「それに、リベンジに燃えるアメリカ空軍さんが待ちかまえていますしね」

「笑いごとじゃない羽原。あいつ等とタロウの相手をしていたら、こっちの身がもたん」

「確かに」


 タロウの無茶ぶりに付き合っているのは俺なんだぞと呟くと、羽原は少しだけ気の毒そうに笑った。いや、本当に笑い事じゃないんだからな?


『てっちゃん、僕、もう準備できたー』

「ブルーみたいに飛びたいとか言わないなら、すぐにでも離陸準備にかかるが? どうなんだ?」

『……ぶぅ、しませんー……ひんこーほーせーおぎょうぎよくー……』

「よろしい。それを忘れるなよ? あまり好き勝手なことばかりするようなら、小松にも連れていかないからな?」

『てっちゃん、いじわるだ』


 不満げな様子でラダーを揺らすタロウ。


「おいタロウ、俺達はなんだった?」

『ぶぅぅぅ……』

「ぶーたれてないでちゃんと答えろ」


 答えをうながすと、タロウは不満げに機体下のタクシーライトを点滅させた。まったく、また新しくやらかす余計なことを覚えたな。


『……てっちゃんは航空自衛隊の戦闘機パイロットでぇ、僕はF-2戦闘機ぃ』

「俺達の役目は?」

『首都防衛ぃ』

「だったら、何が一番大事なことかは分かっているよな? ブルーみたいな飛ぶことか?」

『僕達のお仕事は、日本の空を守ること~』

「その通り」

『でも、僕だってあんなふうに飛べるのに~~』


 諦めきれない様子のタロウの様子に、思わず溜め息が漏れた。


「分かった分かった。小松では、できるだけ元気に飛べるように頼んでやるから」

『本当?!』


 ピンっとフラップが立つ。


「その代わりに、こっちでの飛行訓練とアラート待機は真面目にはげむこと。いいな?」

『はーい!!』


 やれやれ、我ながら甘いよな。


「朝倉一尉、タロウちゃんにはめちゃくちゃ甘くないですか?」

「うるさい羽原。こいつと一緒に飛ぶのは俺なんだからな」


 そう言ってニタニタする羽原の額を人差し指で小突くと、離陸前の点検を始めた。

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