第八話 タロウちゃんアメリカに行く
今年もアメリカ本土でおこなわれる合同演習の季節がやってきた。
空自の戦闘機が、実弾を発射することができる唯一の演習ということで、この演習に参加することを希望するパイロットもけっこう多いとか。
「やっと到着~~!!」
アメリカの空軍基地に到着して、KC-767Jから降りたところで思いっ切り伸びをした私を、藤崎さんと社一尉が出迎えてくれた。
本来はこことは違う場所で、F-35の部隊配備に向けて訓練を続けている社一尉達だったけれど、今回の演習には特別に参加するんだそうだ。もちろん、テスト飛行を兼ねているものだから模擬空戦には参加できない。そのかわり、飛行隊と一緒に編隊飛行をする訓練をするそうだ。今までにない新しい機体が参加するということもあって、皆それぞれ色んな意味でワクワクしている。
そしてそれを聞いたタロウちゃんも、日本を飛び立つ前からパパと並んでモモちゃんと一緒に飛べると大騒ぎ。朝倉一尉曰く、出発直前から訓練で飛んでいる間も、ずーっとモモちゃんと遠距離電話?でお喋りしっぱなしだったんだとか。
「お久し振りです、藤崎さん!」
「長い空の旅お疲れ様~」
「いくらKCが旅客機仕様でも、さすがに長時間は疲れますね」
しかも着ているのは普段の作業着でなく制服。さらにはちょっと偉い人も一緒の機内。いつもより堅苦しい恰好と雰囲気で体がカチカチだ。
「明日から不慣れな場所での整備作業が続くから、今日は早く休んでね」
「分かってます。あ、タロウちゃんには会いましたか?」
飛行隊は私達より先に到着しているはずだったので、確認をする。
「ううん。これから。大人の事情で、こっちを先に出迎えなきゃいけないのは分かっているだろうし、もうちょっと我慢してもらおうと思って」
藤崎さんがそう言うと、社一尉がニヤニヤと横で笑った。
「先に到着した朝倉一尉も、先にこっちへ行けって合図してきたから大丈夫だと思う。姫は自分一人ぐらい抜けていても分からないだろうって、ぬかしてたがな」
「社さんだって私の案に乗り気だったくせに!」
相変わらずこの二人は、喧嘩するほど仲良しの通常運転で安心した。
「タロウちゃんとモモちゃんは、私達があっちを出発する直前から、ずっとお喋りしっぱなしだったそうですよ? 多分ここに来る途中も、そうだったと思います」
「ははーん」
社一尉は納得したという顔をした。
「先月あたりから、システム起動が微妙に遅いと思ったらそれだな。兄貴とお喋りに夢中になっていたってことか。ちゃんと任務には集中するように言って聞かせないと駄目だな。姫、頼むぞ」
「私が言わなくても、社さんの声だってちゃんと理解してると思うけどな」
「だが、俺にはまだタロウの時ほど、ピンとくる手応えみたいなものがないからな。姫が言い聞かせた方が間違いないだろ。それとも兄貴から言い聞かせてもらうか?」
でも二機でお喋りに夢中になっていたんだから、タロウちゃんの言葉は説得力がないかもしれない。そんな話をしながら、タロウちゃんが格納される予定のハンガーへと向かう。今は到着したばかりなこともあって、全機が野外できちんと整列していた。
そこへ朝倉一尉がやってくる。
「俺はタロウの声しか聞こえないんだがな、あいつの話ぶりからして、ここに集まった全機と会話してるみたいだぞ。タロウが話せるようになったのは、藤崎の名付けがきっかけなんだろうが、今はそれだけじゃないみたいだ」
「つまり、空自戦闘機の付喪神化は拡大しているということですか」
社一尉が呆れたような口調で呟いた。
「そういうことみたいだな。もちろん、タロウが近くにいる時限定なのかもしれないが」
『あ、ママ!! パパ!! みんなー、僕のママとパパがきたー!!』
タロウちゃんの嬉しそうな声がして、整列している戦闘機達の視線が、一斉にこっちに向いたような気がした。声が聞こえるわけじゃないのに、ジッと見られている気がして物凄く不思議な気分だ。
「なんだか見られている気がするのは、気のせいじゃないよね」
そして、その注目を一身に集めているであろう藤崎さんと社一尉が、ただならぬ雰囲気に困惑しつつ笑った。
「僕のママとパパが来たって皆に自慢してるので、間違いなく全機に見られてますね、藤崎さんと社一尉」
「姫、そのうちタロウだけじゃなく、ここにいる全機のママにされるんじゃないか?」
「まだ三十歳にもなってないのに、あっという間にたくさんの子持ちになっちゃった。名前、全機につけてあげた方が良いかな」
『つけてつけて、みんな可愛い名前が良いって!!』
「あーあー、藤崎さん、皆に火をつけちゃったみたいですよ」
タロウちゃんの声からして、名前をつけてもらいたがっている子達が大騒ぎらしい。
「よーし、こうなったら帰国するまでに、全機に名前つけちゃうぞー!!」
そう藤崎さんが元気な声で宣言すると、並んでいた戦闘機全機のフラップが一瞬だけピンッと上がった。
「おいおい、まだ増やす気なのか、この不思議な戦闘機達を」
朝倉一尉と社一尉が呆れたように笑う。もしかして空自が保有する航空機すべてが、付喪神化する日も近いんじゃ……?
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「タロウちゃんはこの演習ずっと皆勤だから、来てくれるかなってちょっと期待してたんだよ。来てくれて嬉しいな」
『ママとパパに会えるんだもん、頑張って飛んできたよ。途中でKCおじちゃんからの給油もちゃんとできたよ? 僕、えらいー?』
「給油、ちゃんとできたんだって? 偉いねー、さすがタロウちゃん」
夜になって、タロウちゃん達はこっちに滞在するあいだ、間借りすることになっているハンガーに格納された。
他の人の目に触れなくなったとたんに、タロウちゃんは嬉しそうにラダーやフラップをキコキコパタパタと動かしながら、藤崎さんとお喋りを始める。こうやって聞いていても、藤崎さんにタロウちゃんの声が聞こえてないのが信じられないぐらい、普通に会話が成り立っているのが不思議でならない。
「長距離を飛んできて機体の方は大丈夫かな? 羽原さんと一緒に、私も確認しておこうかな」
『わーい、ママに診てもらうの久し振り~~』
喜んでいるタロウちゃんを、藤崎さんは念入りに点検を始めた。そして私は藤崎さんから、この地域は日本と違って、乾燥して埃っぽい場所なので普段以上に細かい場所までチェックしなくてはいけない、というアドバイスをもらう。
「砂粒が狭い場所に詰まったりすると大変だからね。いつも以上に気を配ってあげて」
「分かりました」
「特に足回りもだけど、こういう隙間ね」
藤崎さんはフラップの付け根を軽くこする。
『ママ、くすぐったい』
キコキコとラダーが激しく動いたのに気づいた藤崎さんは、可笑しそうに笑いながら、同じところをもう一度こすった。
『きゃーっ、ママ、くすぐったいよう!!』
「これって、もしかしてくすぐったがってるの?」
「はい。きゃーきゃーいってますよ」
「へえ……」
『ママ~、こちょこちょするのやめて~~~っ!』
それでも藤崎さんがフラップ部分を触っているせいか、そっちをパタパタさせないのはさすがタロウちゃん。以前に、誰かがそこを触っている間は動かさないようにと言い聞かせたことを、ちゃんと守っているのだ。うん、さすが藤崎さんのタロウちゃんだ、本当に賢い。
「あ、そうだ。羽原さん、ハンガーのシャッターを開けてくれる?」
タロウちゃんをくすぐりながら藤崎さんが私に言った。
「良いんですか? 土埃が入らないように閉めているんじゃ?」
「うん。そうなんだけど、そろそろ社さんが夜間飛行訓練から戻ってくる時間だから。ちゃんと隣、使わせてもらえるように手配しておいたの」
「ああ、なるほど。それでこっち側が開いてたんですか。たまたまだと思ってました」
「せっかくだから、モモちゃんと一緒の方がタロウちゃんも喜ぶと思って」
ハンガーのシャッターの開閉スイッチを押すと、ガタガタと派手な音をたてながらシャッターが上がっていく。その音に混じって、聞いたことのないジェットエンジンの音が聞こえてきた。
「あの音ですか?」
「うん。社さんも、このあたりをモモちゃんで飛ぶのは今日が初めてだからね。テストも兼ねて飛ばしてたの。だけど、寝ないで朝までお喋りするつもりなら、やめておいた方が良いかなあ……」
『僕もモモちゃんもちゃんと寝るよ!! 明日は一緒に飛ぶんだから!!』
「ちゃんと寝るって言ってますけど、どうでしょね。ここにくるまでお喋りしっぱなしで、そろそろ話すネタなんて、喋り尽くしたんじゃないかとは思うんですけど」
だけど、子供達のお喋りのネタって本当に尽きないらしい。誰の言葉かって? もちろん、小さい甥っ子姪っ子さんがいる朝倉一尉の言葉だ。
「それと、うちの整備員もそろそろこっちにくるからタロウちゃん、大人しくね」
『はーい! あ、でもお喋りは良いよね、もなかとてっちゃんにしか聞こえないし!』
「なんだか、朝までずっとお喋りを続けるんじゃないかって、心配になってきた」
藤崎さんの予想通り、F-35が着陸してタキシングし始めると、タロウちゃんとモモちゃんのお喋りは止まらない。口調はいつもの幼いままなのに、ものすごい勢いでお互いの機体情報やら周囲の地形、さらには米軍機の機体性能などの情報共有を始めた。
『今年はいっぱいキルコールするんだからね!! てっちゃんと頑張らなきゃ!! うん!! パパとモモちゃんの分も頑張るから!!』
「藤崎さん……」
「なに?」
「明日からの演習、タロウちゃん、米軍機を全部キルコールする気満々なんですけど……」
「あー……そうかも」
それを聞いても藤崎さんが驚かないのは何故?
「え?」
「去年の演習でね、米軍のホーネット三機に囲まれて追い回されちゃったのよ。で、撃墜判定を食らっちゃったの。それがきっとそれが悔しかったんだと思う」
「なるほど……」
「もちろん、社さんは次の日にやり返してたんだけど、そういうところって似るのかな」
「さすが父と子、ですね」
お蔭でこの後、日本の航空自衛隊のイーグルは恐ろしいが、バイパーゼロも恐ろしいと言われるようになるんだけど、これはきっと朝倉一尉の腕とタロウちゃんの頑張りのお蔭だと思う。