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第六話 ママとパパがきた!!

 私達がタロウちゃんとお喋りするようになってすでに半年。タロウちゃんは相変わらず飛ぶのが大好きで、いつも元気いっぱいだ。


「もう今日はビクビクだったよ」

『どうしてー?』

「だって、あの小さい子が喋りかけてた時、タロウちゃんてばフラップを小さくパタパタさせてたでしょ? 他の人に気づかれるんじゃないかって、めちゃくちゃ緊張したよ」

『あの子、僕の声が聞こえてたからお話してたの』

「確かに通じてたみたいだね」


 今日はこの基地の航空祭で、たくさんの見物客がこの基地に訪れている。今年のタロウちゃんは訓練展示ではなく、地上展示でお客さん達をお出迎えする担当になっていた。


 本人は飛びたがっていたんだけど、いつもメインでタロウちゃんと一緒に空に上がっている朝倉一尉が、小松基地から訪問した榎本司令ご夫妻を出迎えることになったので、今回は地上でお留守番ということになったのだ。


『おじちゃんとおばちゃんが来るなら、僕、がまんする~』


 榎本司令の話をした途端に、普段は僕も飛びたいのにとブーブーと文句を言うタロウちゃんは、すんなりとお留守番を承諾(しょうだく)した。


 司令が長年、タロウちゃんの機付長をしていたことが大きな理由ではあったけど、それだけではなく、司令はF-2が部隊配備される前から試験飛行に携わっていた一人でもあったので、空自のF-2達から絶大な信頼と尊敬を受けているからなんだとか。人だけではなく、機体からも信頼されているなんて何とも羨ましいと思ってしまうのは、きっと私が整備員だからだと思う。


 そして司令はここに訪問すると、真っ先に奥様の榎本三佐を伴ってタロウちゃんに会いに来てくれたので、本人は超御機嫌だった。


 そして昼間、お父さんに抱っこされた小さい子がタロウちゃんの前に来た時に、急に赤ちゃん独特の言葉を発しながら、嬉しそうにタロウちゃんに手を差し伸べてキャッキャと笑い出す出来事があった。小さい子とタロウちゃんは、しばらく二人?にしか分からない言葉で楽しそうにお喋りをしているように見えたのは、私の気のせいじゃなかったらしい。


「楽しかった?」

『うん、楽しかった~~。なんかね、初めて会った子じゃないような気がした~~』

「そうなの? でもあれだけ小さい子なら、去年のオープンベースに来るのは無理だよね」

『よく分かんないけど、そんな気がしただけ~』

「へえ……」


 不思議なこともあるものだねえとうなづきながら、明日の飛行訓練に備えての機体チェックを続ける。航空祭が終われば、休む間もなく元の防空任務が待っていた。


「そうだ、今日はね、大人しく地上展示でお留守番をしていたタロウちゃんに、ご褒美があるんだよ」

『そうなの? なにー? もしかして新しい装備ー?』

「違う違う。そろそろ朝倉一尉が連れてきてくれると思うんだけどな」


 そう言いながら腕時計を見た。約束の時間まであと五分だ。


『もしかして、新しい猫ちゃん?』

「さあ、なにかなー……」

『お尻に絵を描く人~?』

「それはタロウちゃんが絵が気に入らないからって、やめたじゃない」


 私としては、高性能のレーダーがついているんだから、タロウちゃんはそろそろ気がつくんじゃないかなと思っていたんだけど、こういうことでは、機体に搭載されているレーダーは役に立たないのかな?


『なんだろう~~…………あっ!!』


 ピンッとフラップが嬉しそうに立ち上がった。


「分かった?」

『ママとパパだ!!』


 タロウちゃんがそう叫んだと同時に、バックヤードからハンガーに出るドアが開いた。そして懐かしい声が響き渡る。


「タロウちゃーん、会いたかったよ~~~!!」

『ママぁーーーー!!』


 ドアから走ってきた藤崎さんが、嬉しそうにタロウちゃんに抱きついた。


「私達がいなくて寂しかった? 野上曹長達はよくしてくれてる? 飛ぶのはきっと、社さんより朝倉一尉の方が技量が上だから心配はしてないけど、どうかな? 毎日ちゃんと気持ち良く飛べてる?」

『僕、寂しかったよ~~! もなか達は優しいけど、やっぱりママとパパが一緒がいいよぅ~~!』


 タロウちゃんは泣き声でそう言うと、パタパタとフラップを動かした。慌てて藤崎さん達からそれが見えないように、視線をさえぎるように立ち位置を移動する。


「おい、姫。いい加減に離れろメカオタク。またヨダレと指紋をベタベタつけるつもりか。それにさらっと失礼なことを言うのはよせ」

「うるさいですよ、社さん。いいんです、私とタロウちゃんの間柄なんだから! それにヨダレも指紋もつけてませんよ!!」

『パパぁー!!』


 社一尉がやってくると、さらに激しくフラップがキコキコと動いてこっちは気が気じゃない。


 お願いだからタロウちゃん大人しくして!! ハラハラしている私の様子に気がついたのか、朝倉一尉もさりげなく社一尉からフラップやラダーが見えないようにと、視線をさえぎる場所に立った。


「社も久し振りに古巣に戻ってこれて嬉しいだろ。こいつは長年、お前が一緒に飛んでいた機体なんだから」

「そりゃ愛着はありますよ。戦闘機パイロットになってから、ずっとこいつと一緒に飛んできたんですからね」


 そう言いながら、嬉しそうに機体に触れて軽く撫でる。するとラダーが嬉しそうにキコキコと左右に揺れた。


『パパ、もっとなでなでして~!!』


―― ダメダメ、タロウちゃん!! 気持ちは分かるけど大人しくして!! ――


「どうだ、明日の訓練飛行、お前が飛ばすか?」


 朝倉一尉の問い掛けに、タロウちゃんのフラップが嬉しそうにピンッと立った。


『パパと飛べる? ねえ、僕、パパと飛びたい!!』

「俺もこいつと飛びたい気持ちはあるんですが、今は休暇中ですし飛ばすのはさすがにちょっと」


 社さんの言葉にシュンとラダーが下がる。


『ぶぅぅぅぅ』


 ポタリッと久し振りに嫌な音がした。音がした方に目を向ければ、案の定機体の下に油染みができている。まったく一尉ってば、よけいなことを言ってくれちゃって!! 内心で舌打ちをしながら一尉をにらんだ。


「でもコックピットに座るぐらいは、させてもらっても良いですか? 久し振りにこいつを見たら、操縦したくなりました。飛ばせないなら、せめてその気分だけでも」

『わーい!!』

「良いよな、羽原?」

「もちろんですよ。タラップ持ってきますね」


 そう言いながら、ハンガーの隅に置いてあるタラップを取りに行く。あれ? たしか燃料はまだ入れてなかったよね? まさかタロウちゃん、嬉しすぎて、いきなり燃料なしで飛び出しちゃうなんてことはないよね?


「どうぞー。もし良ければ藤崎さんも、久し振りにこの子の整備員の気分を味わってみては?」

「お馬鹿な社さんが、うっかり飛ばさないように見張りが必要?」

「まあそうとも言いますね」

「本当にお前達は相変わらず失礼だな。それとだな羽原、こいつはもう社なんだが」

「そんなこと言ったって、社さん二人じゃ、ややこしいじゃないですか。職場でそのまま旧姓を使う人だって珍しくないんですから、私は今まで通り藤崎さんって呼ばせてもらいます」

「まったく、先輩が先輩なら後輩も後輩だ……」


 ぶつくさ言いながら社一尉がコックピットに落ちくと、藤崎さんがタラップを上がって覗き込む。去年まではそばでいつも見ていた光景だ。だけど何やら様子がおかしい。


「え、ちょっと、社さん、何するんですかっ」

「いいからいいから、こっちに来いって」

「はあ?! なに言ってるんですかっ」


 二人で押し問答をし始めたかと思ったら、いきなり社さんの腕が藤崎さんの腰に回され、そのまま藤崎さんはコックピットの中に引っ張り込まれてしまった。足だけがこっちに飛び出した状態になって、ジタバタしている。


「とうとう膝に乗せやがったか。まったく、自分の欲望には正直だな、あいつは」


 朝倉一尉はそんな様子を見ながら、ニヤニヤ顔になった。


「まったくもう、なんでこんなことを!!」

「本当に膝に乗せて飛べるかどうか、試したくなってな。尻の大きさは良いとしても、さすがにキャノピーを閉めるのは無理そうだな。飛ぶのは無理だが、滑走路でタキシングぐらいはできそうだぞ」

「無茶言わないでください!! ってか起きれません!! 誰か助けて!! 羽原さん、手を貸して!!」


 名指しで呼ばれてどうしたものかと、横でニヤニヤしている一尉にお伺いを立てるべく見上げる。


「手を貸したほうが良いんでしょうか?」

「しばらくは放置しておいても良いんじゃないか? 社のことだ、きちんと藤崎が出られるように配慮するだろ、多分。タロウも喜んでいるみたいだし、もう少しあのままにしておいてやろう」

「ですよね~」

「羽原さーん?!」


 そんなわけで、タロウちゃんが嬉しそうにパタパタキコキコとラダーとフラップを動かしているのを眺めながら、コックピットの二人をしばらく放置しておくことにした。




 そして次の日の飛行訓練で、空に上がったすべての機体が今まで以上に調子が良かったのは、私達の日頃の整備努力とパイロット達の技量と言うよりも、藤崎さんや榎本一佐が見学にやってきたことの方が大きいに違いない。


 もちろんそのことを知っているのは、極限られた一部の人間と、この基地に所属している航空機達だけなんだろうけど。

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