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第五話 タロウちゃんのガッカリ

『てっちゃん、もなかー、聞いてくれるー?』


 それから数週間後。


 午前の飛行訓練が終わって、戻ってきた機体の飛行後点検を終えた時、それまで大人しく点検されていたタロウちゃんが、私達に話しかけてきた。


「だから、てっちゃんと呼ぶな」

『でも、てっちゃんじゃん』

「……」


 最近のタロウちゃんは、訓練の合間に朝倉一尉から色々なことを教えてもらうせいか、最初にお喋りした時よりもずっと賢くなって、会話も少しずつ大人びた雰囲気が感じられるようになっていた。


 とは言っても、相変わらず飛びたがりの我がまま坊やなところは健在で、悪天候で訓練が中止になると、僕このぐらい平気だもんとぶーぶー文句を言っては、朝倉一尉にたしなめられている。


「で、なんだ?」

『僕ね、ずっとガッカリしてることがあるんだー』

「がっかり?」

『うん。もなかも一緒に聞いてくれる?』

「話してみろ」

「いいよー」


 私と一尉がうなづいて、横に設置したままにしてあるステップに腰を下ろすと、タロウちゃんは嬉しそうにフラップをパタパタさせた。最近は、油断していると外にいてもパタパタさせるので、事情を知らない他の整備員に見られやしないかハラハラしっぱなしだ。


『あのね、サブちゃんは複座だけど僕、単座でしょ?』

「ああそうだな」


 サブちゃんとは、この基地所属のF-2飛行隊の三番機のこと。タロウちゃんいわく、最近は近所のカラスと仲良くなって、昼間はよくお話をしているらしい。たまに、コックピットの風防に鳥のフンがついていると担当の整備班から聞いているので、ケンカもするようなお友達なのではないかと私はふんでいる。


『単座だからね、ママを乗せて飛びたかったのに、一度も一緒に飛べなかったの』

「まあ確かに、いくら社でも、人間一人を膝に乗せて飛ぶことはできないからなあ」

『パパはねー、操縦桿がイーグルと違って横にあるから、ママを膝に乗せて飛べるんじゃないかって言ってた。ママには、バカなことを考えるなって怒られてたけど』


 その言葉に、一尉は可笑しそうに笑った。


「あいつらしいな、まったく……」

『パパとはたくさん飛んだけど、ママとも一緒に飛びたかったなあ。だから僕、ガッカリなの』


 シュンとした気持ちを表すように、フラップが下がる。


「でもタロウちゃんが複座だったとしても、藤崎さん乗れなかったんじゃないかなあ」


 ふと現実的な問題に気がついて、私はそんなことを口にした。


『どうして?』

「だって戦闘機に乗るには、それなりの資格が必要だもの。低圧訓練ってやつをうけないと、自衛官でも後ろに乗せてもらえないんだよ」

『そうなの? じゃあ僕、複座にしてもらっても、ママを乗せられない?』

「まあ、低圧訓練はすぐに受けられるから問題ないと思うけど……藤崎さん受けてたかなあって」

「おい、タロウ。まさか、コックピットを換装しろとか言うんじゃないだろうな。F-2の複座はもともと教育目的の機体であって、防空任務につく機体じゃないんだぞ?」

『でも、サブちゃん複座じゃん』


 不満げにラダーをキコキコさせる。


「それはだな。もともとF-2は調達数が少ないから、余っていた複座をこっちに回してもらっているだけなんだ。だからお前は単座のまま、複座への換装はなし」

『ぶぅぅぅぅ、僕、複座がいい! サブちゃんのと交換したい! 複座にしてもらって、ママとパパと一緒に飛びたい!』


 タロウちゃんはバタバタキコキコと、あっちこっちを動かして不満をあらわにした。これでも、随分と大人しくなった方なのだ。最近までは、何度も油を噴き出しては一尉に叱られていたのだから。


「無茶を言うな。だいたい、複座にするのに幾らかかると思ってるんだ」

『サブちゃんと交換すればいいだけじゃん』

「そういう問題じゃない。藤崎がここに顔を出した時に、コックピットに座らせてやるからそれで我慢しろ」

『僕、ママとお空を飛びたいのー!』

「駄目だ」

『ぶぅぅぅぅ……』


 大好きな藤崎さんと、一緒に飛びたいという気持ちは分からなくもない。藤崎さんだって、タロウちゃんと飛べたら喜ぶと思うし。


 だけど、単座ではいくら社さんがその気になっても無理ゲーだし、今からタロウちゃんを複座に換装するのは無理がある。換装に関しては、不可能とかそういう問題じゃなくて、首都の防空任務に穴をあけるわけにはいかないという、防衛上の問題ってやつだ。


「タロウちゃん」

『なにー?』


 不満げな返事が返ってきて、思わず笑ってしまった。


「タロウちゃんの希望通りにコックピットの換装をするとしたら、サブちゃんとタロウちゃん二機がお休みすることになるんだよ?」

『だからー?』

「そうなったら、ファントムお爺ちゃん達がタロウちゃんとサブちゃんの代わりに、アラート待機もしなくちゃいけなくなって可哀想じゃない?」


 タロウちゃんから聞いたファントムお爺ちゃん達の話で、最近は訓練飛行もアラート待機も、昔のように体がいうことをきかなくて辛いと言っていたという話を思い出して、そのことを指摘する。


『……お爺ちゃん達が?』

「そうだよ。タロウちゃんとサブちゃんが抜けた穴を埋めるのは、残りのF-2飛行隊だけでは無理だもの。そうなったらファントムにも、いつもよりたくさんアラートについてもらわなくちゃいけないでしょ?」

『お爺ちゃん達、今は飛行訓練と連絡で、隣の基地に行っただけで疲れちゃうって言ってた』

「でしょ? だからタロウちゃん達若い子が頑張らないと」

『じゃあ僕、ずっとママとは飛べない?』


 しょぼんとフラップが下を向いた。


「ママに会えるだけじゃ駄目なの?」

『そんなことないけど……やっぱりガッカリなの』

「ま、思うようにならないこともあるさ」


 一尉が慰めるように機体を軽く叩いて、タロウちゃんを慰める。


「考えたんだが……」

『???』


 一尉が首を傾げた。


「中身が入れ替わることは出来ないのか?」

『どーゆーことー?』

「だから、こういう場合なんて言ったら良いのか分からないが、三番機のサブローとタロウが体を入れ替えるってやつだよ」

『試してみる!!』


 一尉の提案に、タロウちゃんはフラップをピンと立てると急に静かなった。


「ちょ、ちょっといきなり今から?! 朝倉一尉、タロウちゃんが壊れちゃったらどうするんですか!」

「え、いや、まさか壊れたりはしないだろ……」


 一尉も、まさかタロウちゃんがすぐに試すなんて言うとは思っていなかったみたいで、ちょっと戸惑っている様子だ。


「でも、不具合とか起きたらどうするんですか。万が一、入れ替わることができたとして、元に戻らなくなったりとか!」

「いやそれは……」

「もう!! もしタロウちゃんに何かあったら、一尉のせいですからね!!」


 私達があれこれ言い合っていると、フラップがパッタリと垂れ下がった。


「タロウちゃん! 大丈夫?! どこか痛いとかない?!」

『……』

「タロウちゃん? 聞こえてる?!」

『…………』

「タロウちゃん?!」

『……聞こえてるよー。今ね、ジローちゃんにも声かけてみたの。ジローちゃんは、機付長のおじちゃんと早くお話をしたいから、てっちゃんやもなかと喋れる僕と、入れ替わってみたいんだって。でも無理だった~ガッカリ~~』

「もう、タロウちゃん。あまり無茶しないんだよ。そんなことして壊れちゃったら、私達どうやってタロウちゃんのこと治せば良いのか、分からないんだから」

『はーい』


 こっちは結構本気で心配しているというのに、タロウちゃんはそれほど深刻には受け取っていない様子だ。こういうところは、まだ子供だなって思う。


「さてと、じゃあ俺達も、そろそろ飯を食いに行くか」

『午後からも飛べる?』

「そうだな。今日は昼から天気が崩れると言っていたから、サードどまりだと思うが」

『わかったー。僕、お昼寝して待ってるねー』

「しっかり休んでおけよ」

『はーい』


 フラップをピーンと上げて返事をすると、そのまま静かになった。なんて言うかタロウちゃんの寝つきの良さは驚異的で、寝ると宣言したら一秒後には寝ている状態なのだ。そのへんが機械というかなんというか、タロウちゃんの不思議なところだった。



+++



「朝倉一尉、タロウちゃんに、あまり変なことを吹き込まないでくださいよね」


 食堂にいく途中で、一尉に文句を言った。


「なんのことだ」

「さっきの、中身を入れ替えたらってやつですよ。もし不具合が出ちゃったらどうするんですか。ただでさえ人知の及ばない現象で、私達では修理できないんですからね!」


 私が本気で怒っているらしいと察した一尉は、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「すまん、まさかあそこで、本当に試すとは思ってなかったんだ」

「……以後は入れ替わりを試すのは、禁止ってことで」

「分かった。しかし……」

「なんですか」


 一尉が変な顔をしてこっちを見下ろすので、首をかしげながら見上げる。


「羽原、お前それ、絶対に超絶過保護な母親状態ってやつだぞ」

「まったく反省してないじゃないですか!!」


 そう言いながら、思いっ切り一尉の足を踏みつけた。

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