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第四話 朝から御機嫌

「はーーーーー……」


 目の前の光景に、野上曹長達は、ただただ目を丸くするのみだった。


「曹長は声、聞こえてないんですか?」

「お前達は聞こえているのか?」

「はい。今のところ、私と朝倉一尉だけみたいなんですけどね。今は、僕のこと見て見てって言ってます。タロウちゃん、あまり動かしすぎると、ビズが緩んじゃうからほどほどにね」


 皆の前で得意げに、フラップとラダーをキコキコと動かしているタロウちゃんに注意をすると、ピタリと動きが止まる。


『はーい』


 私達と朝倉一尉は、タロウちゃんの声が聞こえていたから別に変とは思わなかったけど、野上曹長や他の人達からすると、怪奇現象を通り越して奇跡の域に達してしまったらしく、「おおー」と、全員が感心したような感動したような変な声をあげた。


『僕、もう点検しなくても大丈夫? すぐ飛べる?』

「今日はファーストフライトから飛べるのかって、聞いてますよ」


 タロウちゃんの声が聞こえない野上曹長に伝える。


「ん? 油漏れの原因が分かったのなら、朝から上げるのは問題ないぞ。もちろん飛行前点検は必須だが」

『わーい!! てっちゃん、僕たち飛べるって♪ 早く行こー?』

「てっちゃん言うな……」


 キャノピーをパカッと開けて、喜んでいるタロウちゃんを前に、一尉は溜め息をついた。


「で、なんで朝倉は、魂が抜けたみたいな顔をしてるんだ? しかも、てっちゃんと呼ばれているのか」

「昨日の夜に、三十分近くこの子をお説教してから、我にかえて落ち込んでるんです。それと、てっちゃんですが、おじちゃんって呼ばれるのを断固拒否した結果ですよ」


 朝倉一尉の名前は(てつ)で「てっちゃん」だ。ちなみに、私のこともおばちゃんと呼ぶというので、断固拒否で名前を呼んでもらうことになった。ただ何故か「まなか」を「もなか」と覚えてしまっているのが、気になるところだけれど。


「いきなり戦闘機に三十分の説教をするとは、なかなか度胸があるな」

「気に入らないことがあると、拗ねて油を吐き出すんですからね。ワガママ小僧は、きちんと行儀よくすることを、覚えさせないといけません」

『ぶぅぅぅぅぅぅぅ』


 一尉の言葉にタロウちゃんは不満げな声をあげると、コンダイノズルをバコバコと開閉させた。するとすぐさま、一尉がビシッと人差し指をコックピットあたりに向ける。


「おいタロウ。こんど油をふいたらどうするって言った?」

『……二週間ここでお留守番』

「だったら?」

『ひんこーほーせー、おぎょうぎよく』

「よろしい」


 タロウちゃんの声が聞こえない野上曹長が、私に通訳を頼んでくる。


「なんだって?」

「品行方正でお行儀よくしますですって」

「まだ子供なんだろ? あまり厳しくするのも考えものじゃないか? ほどほどにな」


 子持ちらしい曹長の言葉に、タロウちゃんが嬉しそうにラダーをパタパタさせた。これはもしかして、野上曹長はタロウちゃんに気に入られたかもしれない。


「それでどうしますか?」

「ん?」

「ですからこの現状ですよ。少なくとも他の機体に関しては、大人しくしているみたいですけど」

『ジローちゃんは皆と話したいって言ってたよ。機付のおじちゃんとは、なんとなく通じてるって言ってたし』

「はいはい、二番機はそろそろ怪しくなってきたのよね。とにかく、この件に関してはどうしましょうかということで」


 曹長は、さてどうしたものかと考え込む。実際に動くところを見せたとしても、信じない人は信じないだろう。下手したら機体不良として片付けて、一番機は分解されて徹底的に点検されてしもうかもしれない。


「他の連中が何か言ってくるまでは、一番機のことは俺達の班だけの話ということにしておこう」

『一番機じゃなくてタロウだよー!』


 不満げに動いたフラップの様子に、何か感じるものがあったのか、曹長が首をかしげた。


「……ああ、タロウか、すまんかったな」

「さすがメカオタクの機付長、声が聞こえないのにさっそく通じてる」

「メカオタクはよけいだっつーの。とにかく当分は、班内でだけの話としておくことにする。作業に関しては今まで通りだ。特に痛がっているとかないようだし、普段通りしてくれたら良いだろう。まあ何か気になれば羽原に聞け。今のところ、声が聞こえるのはこいつと朝倉だけだからな」


 曹長の言葉に全員がうなづく。


「さて、では飛行前の点検を始めようか。どうやらタロウは早々に飛びたいらしいからな」

『わーい』


 万歳をするように、フラップがパタッと上を向いた。



+++



 そんなわけで、飛行前点検を始めるとタロウちゃんは御機嫌な様子で、ちょっと調子の外れた鼻歌を歌いだした。確かこれは、前任の藤崎さんが点検しながら口ずさんでいた歌だ。


『ねえ、もなか~、ママとパパ、帰ってきたら僕に会いに来てくれるかな~~』

「所属基地が何処になるのか、まだはっきりしてないけど、藤崎曹長のことだから、帰国したら絶対に顔を出すと思うな」

『そっか~。楽しみだなあ。新しい子、どんな子かなあ~~僕の妹かな~? 弟かな~? …………弟だ!!』


 ピョンッとフラップが上を向いて、そこにいた三田さんがギョッと飛び上がった。


「タロウちゃん、いきなり動いたら危ない。三田さんが怪我したらどうするの?」

『ごめんなさい』

「ごめんなさいですって」

「手を入れている時には勘弁してくれよ?」


 三田さんは翼を軽く叩きながら笑う。全員がすんなりとタロウちゃんが動くことを受け入れてしまい、何とも不思議な光景だ。


「それで? なんで弟って分かったの?」

『うーんとね、ママがモモスケって名前をつけてくれたみたい。で、モモちゃんって言うんだって。いまパパと飛んでる。えーっと、夜間飛行訓練だってさ。僕も初めて夜に飛んだ時は、すごく怖かったなあ~』


 そうそうに戦闘機同士でネットワークを構築しているなんて。SFちっくな光景を浮かべようとしてみたけれど駄目だった。どう考えても小さな子供達が、糸電話で話しているところしか浮かばない。


「へえ……」

「なにがへえなんだ?」


 そろそろ点検が終わる時間なので、朝倉一尉がヘルメットを手にやってきた。


「藤崎さんがF-35にモモスケって名前をつけたらしくて、タロウちゃんとお話を始めたようです」

「ってことは、やはり藤崎の名づけが原因なのか、戦闘機の付喪神(つくもがみ)化は」

「ってことですかね」

『てっちゃん、つくもがみってなにー?』

付喪神(つくもがみ)っていうのはだな、本来は生物でない物に命が宿ることだ。普通なら百年二百年経った道具に宿るらしいんだが、最近ではそうでもないらしいな」

『へえ~~』

「よく御存知で」


 一尉は肩をすくめる。


「甥っ子たちのなぜなに攻撃にさらされ続けていたら、自然とあれこれ知識が増えた」


 曹長がチェックリストに最後のサインをして、点検が終了した。


「さてと、お待ちかねのフライトだ。ちゃんと俺のいうことをきけよ。エンジンは俺が灯を入れるから、勝手に動かすな」

『はーい』


 嬉しそうに声をあげるタロウちゃんに一尉が乗り込んだ。



+++



 俺が乗り込むと、タロウは嬉しそうな声でおしゃべりを続けてた。どうやら朝から飛べることがよほど嬉しいらしく、放っておいたら勝手に滑走路に飛び出していきそうな勢いだ。


「今日から私が、コックピットの最終チェックを担当します」


 羽原がタラップを上がってきた。


「お前は足回りのチェックが担当だったんじゃ?」

「そうなんですけど、タロウちゃんのことがありますからね。空に上がったら朝倉一尉にお任せしますけど、それまでは私も一緒の方が安心だろうって、野上曹長が」

「なるほどな」


 いつもより賑やかに点滅する計器類。異常ありではないが、どう考えても普通じゃない。


「先に言っておくが空に上がったら俺の操縦に従う。いいな?」

『分かってるよ~。パパともそうだったからだいじょうぶ♪』

「よくもまあ(やしろ)は平気で飛ばしてたな……おかしいと思わなかったのか?」

『僕、パパのいうことはちゃんときいてたから!』


 これは一度ゆっくりと、社に話を聞いてみる必要があるかもしれないな。


「チェック完了。タロウちゃんが元気すぎる以外は問題なし」

「了解」


 野上曹長の指示に従いエンジンに灯をいれた。タロウが御機嫌なせいか、いつもよりエンジンの音が軽快な気がする。タロウはよほど朝一番で飛べることが嬉しいのか、滑走路に出るまでずっと楽しそうに歌を歌っていた。これが無線で管制に聞こえないというのが、何とも不思議な話だ。


「おい、タロウ、そろそろ大人しくしろ、テイクオフだぞ」

『はーい♪』


『キャップ01、なにか問題でも?』

『いや何も。こちらは問題ない。キャップ01、離陸準備よし。ランウェイ21より離陸する』

『了解、キャップ01』


 軽く正面を小突くと計器類のモニターの点滅が大人しくなった。


 まったくこんな映画みたいな話、誰にしても信じてもらえないだろうな。野上班の連中はあっさりと受け入れたようだが、他のパイロットに話しでもしたらあっという間に病院送りだ。

コールサインのキャップ01は架空のものです。

首都防衛の為の飛行隊ということでキャピタルエリア(Capital Area)を短くしてキャップとなりました、という設定。

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