表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第二話 一基地に一幽霊らしい

「そう言えば聞いたか? また聞こえたらしいぞ」


 ある日、食堂で整備員仲間とお昼ご飯を食べている時に、那須(なす)曹長がそんな話を口にした。


「どうしたんですか? 油漏れの次はエンジンに異音でも?」

「違う違う。F-2のハンガーで、夜な夜な子供のシクシクと泣く声が聞こえてくるらしいんだよな。昨日のアラート待機の連中が、朝の引き継ぎの時に泣き声を聞いたって話をしていたんだ」


「なななななななな、なんですか、それ?! もしかして怪談ですか?!」


 手にしたスプーンの上で、デザートのプリンがプルプルと震える。それを見た同期の黒田(くろだ)君が笑った。


「もしかしなくても怪談だけど、それにしたって羽原、怖がりすぎだろ」

「ダメダメダメ!! 私、その手の話は大の苦手なんだから! 那須さん、そういう話は、私のいないところでしてください!」


 それもあって、テレビでその手の特番が放映される夏が憂鬱(ゆううつ)でしかたがない。ああそう言えば、梅雨も明けたことだし、そろそろそんな季節じゃない。テレビをつける前に、ちゃんと新聞のテレビ欄をチェックして、うっかりチャンネルを合わせないように自衛しなきゃ。


 だけど那須さんも黒田君も、そんな私の気持ちなんて、まったく理解してくれていない様子だ。


「まあまあ遠慮せずに」

「遠慮じゃないですよ。なんでこんなところで、社交辞令精神を発揮しなくちゃいけないんですか。私、本当に怖いのダメなんです。しかも自分の職場の怪談なんて、絶対に聞きたくありません」

「だけどお前、いま寮生活だろ? 常に誰かいる生活なんだから大丈夫だって」

「一体どのへんが大丈夫なんですか、那須さん」


 寮生活で大勢の人間に囲まれていたとしても、こういう話って、誰もいない時に限って思い出すと相場が決まっている。だからこの手の話は、聞かないに限るっていうのに、黒田君と他の子が私を挟むようにして座った。そして何故か目の前に那須さんが。これはもう、私に絶対に聞かせる気満々というやつだ。


「こういうのって、ナニハラって言うんですかね……オカルトハラスメントだからオカハラ?」

「いっそのことサイノカハラ?」

「私達があの世に行っちゃってどうするんですか」

「じゃあタカアマハラ?」

「それは神話です」


 ここは心を無にして、なんとか耳に入らないようにしなきゃ……。


「お前達、なにやってるんだ」


 そこへやって来たのは野上曹長と朝倉一尉。ニヤニヤしている那須さん達と、憂鬱(ゆううつ)そうな顔をしている私を交互に見て(いぶか)しげな顔をした。


「一基地に一幽霊ってやつですよ。羽原はここの話を知らないそうなので、是非とも聞かせてさしあげようと思って」

「私は聞きたくないですけどねー……」

「それは俺も初耳だな。うちの基地に幽霊話なんてあったか?」


 野上曹長が興味をひかれた様子で、その場で首をかしげる。


「ここ最近の話なんですよ。曹長も聞きますか? その話の場所がF-2のハンガーなんで、整備班としては無視できない話なんですよね」

「それは気になるな。朝倉一尉、君もチャーマーの一人として聞いていくか?」


 曹長が一尉に確認すると、一尉もそうですねとうなづいた。


 ちなみにチャーマーとは、F-2に搭乗するパイロットの愛称だ。この場合は魅了する者という意味ではなく、F-2がバイパーゼロという名で非公式に呼ばれているのにあわせて、毒蛇(バイパー)を操る蛇使い(スネークチャーマー)という意味からそう呼ばれているものだった。


「アラート待機時に、そっちのハンガーで幽霊と鉢合わせしでもしたら大変ですからね。いきなり遭遇しても慌てないように、聞いておきますか」


 すでに遭遇することが前提とか? っていうか存在することが前提とか?!


「二人も新たに聞いてくれる人間が増えたんです。もう私はいなくても良いのでは?」

「なにを言ってる。お前だってF-2の整備員だろ。話を聞いて、敵と遭遇した時の心づもりをしておけ」

「したくないです」


 しかも敵であることが前提とか! そりゃ味方ではなさそうな気はするけど……。


「なんでそんなあっさりと聞く気になるんですか、信じられませんよ」


 斜め前に座った曹長と一尉を軽くにらんだ。


「俺からしたら、原因不明の油漏れ現象がすでにオカルトだからな。ここでもう一つ増えたところで、大したことない」

「泣くだけならいいが、これ以上うちのF-2に悪さをされたら困る」

「……ありえない」



+++



 その不可思議な物音が聞こえ始めたのは、ようやく桜が咲き始めた頃。基地内にある桜の木の下で、ワイワイと遅くまで騒いでいた若い整備員達が最初だったそうだ。


「待ってください。あの桜の木からハンガーまで、かなりの距離があるじゃないですか。しかも夜ならシャッターが閉められていたはずです。号泣ならともかく、なんであの距離でシクシク泣く声が聞こえるんですか」


 私の疑問に、那須さんが半分呆れたような顔をした。


「……お前、聞きたくないと言ったわりには、細かいところにチェックをいれるやつだな」

「嫌いだからこそ気になるんですよ」

「どうしてその距離で声に気がついたのかは謎だ。もしかしたら幽霊は、現実的な距離を超越できるのかもな」


 那須さんはそう言って、ニヤッと笑う。


 とにかく、その鳴き声に気がついた整備員達は、最初は野良猫がまた紛れ込んだのだと思い、戦闘機の中に潜り込みでもしたら大変だと、猫を探しにハンガーに入ったそうだ。


 だけどどこを探しても猫の姿は見えない。なのに鳴き声は間違いなくハンガーの中で聞こえている。そして彼等は気がついた。その声は「猫の鳴き声」ではなく「人間の泣き声」だってことに。


「あの、私、やっぱり用事を思い出しました」

「なんの用事だよ。お前の直属の上官はそこの野上曹長じゃないか。曹長、なにか用事でも言いつけてたんですか?」

「ないに決まってる。羽原の午後からの仕事は、俺と一緒に一番機のサードフライトの飛行前点検だ」


 黒田君の言葉に曹長が断言した。


「薄情者!!」

「薄情もなにも本当のことだろうが。それで? 続きは? 本当に子供が迷い込んだという話ではないんだな?」


 曹長はもしかして現実的な可能性を考えて、この話を聞いているとか?


「それはないはずです。オープンベースで子供が迷子になったなら話は分かりますが、平日の、しかも深夜近くですよ。子供が忍び込む時間にしては遅すぎます。ですから最初の連中も、野良猫だと思ったわけです」

「じゃあ本当に子供の幽霊がいるってことか、うちのハンガーに」


 思わず耳をふさぎたくなった。そんな具体的な単語を出すのはやめていただきたい。


「そこが分からないところなんですよ。泣き声は確かに聞こえているのに、その声の発生源を見つけることができないそうなんです。今朝の連中も、音の発生源はハンガーの中で間違いないのに、その音の発生場所を特定できなかったそうです」

「なるほどな。まさに怪奇現象だな」


 野上曹長はふむと考え込んだ。


「こうなったら、なんとしてでもその正体を突き止めるしかないな」


 はい?! いまなんとおっしゃいましたか?! なんの正体を突き止めるですって?!


「そしてこの役目は、うちの班が受け持つべきか」


 さらにさらっとなにをおっしゃっているのやら?!


「えええ?! なんでうちの班なんですか!!」

「一番機はここしばらく、れいの油漏れのせいでアラート待機から外れている。その一番機の整備員である俺達も、当然のことながら当直も待機もなしで、通常の飛行訓練の点検作業のみだ。そう考えれば、深夜の見回りが出来るのは俺達しかいないだろ」


 それはそうなのかもしれない、けれど!


「いやでも、だからって、なんで肝試しをしなきゃいけないんですか」

「肝試しじゃなくて見回りだ。よし、その泣き声の正体を突き止めるまでは、うちの班はシフトを組んで深夜のハンガーを見回りだ」

「シフト組むとかマジですか……」


 この顔からして曹長は本気だ。しかも本気で泣き声の正体を突きとめる気でいる。もし本当に幽霊だったら? それこそ悪霊だったらどうするの? 近くにある神社の神主さんとかお寺の住職さんに頼んで、お祓いをして貰う方が手っ取り早いんじゃ?


「善は急げだな。今夜から回ってみるか」

「曹長、やめましょうよ。せめてお札とかそういうのを用意してからにしませんか? 何処で用意したら良いのか分かりませんけど」


 やっぱり近所の神社かお寺に行って、なにかもらってくるべき?


「明日以降は班員の予定を見てからのグループ分けにしてだな、今夜は俺と羽原、お前な」

「えーーーーー?! 嫌ですよ、なんで私まで!!」

「何を言ってる。お前は野上班の一員だろうが、それに、ここにいるうちの班の人間はお前だけだ」

「勘弁してくださいよぅ……」

「野上曹長、俺も同行してかまわないでしょうか?」


 それまで、私達のやりとりを黙って聞いていた朝倉一尉が口を開いた。


「君もか? だが君は、他の機体で深夜のアラート待機もしているじゃないか」

「ですが、一番機を飛ばしているのが多いのも自分ですから。その一番機の整備班が見回りをするなら、自分も付き合います。幸いなことに明日は休暇ですから、問題はありませんよ」

「ああ、そうだったな。じゃあ今夜は俺と羽原、それから朝倉一尉で見回りをするということで。羽原、情けない顔をするな。お前も自衛官だろうが」

「自衛官だって幽霊は怖いです!!」


 幽霊相手には何を武器に持っていったら良いだろう。小火器類なんて持ち出せるわけがないし、第一幽霊には効きそうにもない。ここはやはり塩? 食堂の味塩でも役に立つだろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ