始まりは意図的に
ソルエイル郊外
ジリリリリリリリリ!
枕元に置いてある目覚まし時計がけたたましく鳴る。男ーーフジミ ツカサはその身をゆっくりとベットから起こした。そして目覚まし時計を見て、大きくため息をついた。
「ついに来ちゃったか、この日が…。このまま誰からも見られず、何も言われずに寝ていたい…。ていうか時が止まればいいのに。」
そんな休日明けのサラリーマンみたいなことを言いながらベットから出て、窓にかかっているカーテンを開けた。
春ならではの暖かくも眩しい光に目を細めながら、眼前に広がるいつもと変わらない風景、緑の原っぱを眺めて深呼吸をする。
「よし、やるか。……はぁ、やっぱり行きたくねぇ…。」
そもそも何で自分がこんなことになったのかを思い返しながら、ツカサは支度を始めた。
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一ヶ月前、盾の勇者でるツカサはソルエイルの中心にある王宮に呼ばれていた。
「あの、俺に用事とは何でしょうか女王?それと何故みんながいるのでしょうか?」
元々弱々しそうなツカサはキョロキョロとせわしなく目を動かし、余計弱々しそうにしている。
ツカサが言うみんなというのは勇者パーティの面々のことである。魔王討伐後、それぞれは魔王討伐の後始末やら何やらで忙しく、その後もすぐにそれぞれが自分の仕事を始めたので、会う機会もほとんどなくなったのだ。
そしてその勇者パーティが集まっている、すなわち何か重要なことがあるのではないかとツカサは思ったのだ。
「ツカサ、そんなにかしこまらなくても良いですよ。私達の仲ではないですか。ラーナとお呼びくださいと前から言っていますよ。それにもうすぐ私は女王ではなく王妃となりますので。…とはいえ、ツカサはまだここが苦手なんですね。」
そう微笑むのはソルエイルの王女、ラーナリア・ソルエイルである。美しい金髪で澄んだ碧眼を持つ、美女と言うより美少女といった容姿である。
彼女は両親である国王、王妃を早くに亡くし、後継ぎとなる息子もいなかったので若干十六歳で女王となったのだ。
初めは女ということで、本当に国を治めることが出来るのかと心配もされた。しかしその生まれ持った才能でどんな事もそつなくこなし、国を以前より栄えさせたのだ。
もちろん求婚してくる貴族もひっきりなしであり、地位よりも彼女自身に惚れたというものがほとんどだった。それを彼女は全て断ったのだが…。
そうやって彼女は、現在十八歳で皆から認められる女王となったのだ。
「い、いえこの口調は癖なので。それにここがというわけではなく、人目がたくさんある所が苦手なのです。」
ツカサは周りを再度見直し、顔を伏せた。確かにそう言うのも無理はない。周りにはソルエイルの大臣、百人がツカサをじっと凝視しているのだ。
「それは気にしないでください。それで貴方への用事というのですが…あなには盾の勇者育成学校の教師となってほしいのです。」
「は?」
そんな唐突な申し出に思わずツカサは変な声を出してしまう。
彼女の言う学校とはこのエーテリアに存在する四つの学校のことである。数百年前に初めて現れた魔王の討伐後に出来、剣、盾、魔道士、僧侶の勇者となる人材を生み出すために作られたのだ。
その理由は魔王は何度でも強くなって蘇るから、それもいつも違う姿をしているのだ。それにいつ魔王が現れるのかは分からない。
よって出来るだけ早く戦力を強化しておきたい、というのがラーナの意見だった。
「無理です。俺には無理です。どうかお考え改めてください。」
必死に頭を振って頑なに拒むツカサだが、そんなことは分かっていましたとばかりのドヤ顔のラーナ。
「だから皆を呼んだのですよ。貴方を説得するために。」
ラーナの向いている方には三人の男女。
「そうだよツカサ兄さん。ラーナの言っている事もそうだけど、僕も兄さんなら教師をうまくやっていけると思うよ。」
そう言うのは金髪青目のイケメン、名前をオリバー・アントニーという。十七歳、身長百七十センチメートルのドイツ人で、剣の勇者である。あだ名はアニー。
ちなみにツカサを兄さんと呼ぶのは、ツカサが二十二歳とパーティの中で最も年上てあり、何より尊敬しているからである。
近々にラーナと結婚することになり、次期国王として日夜国について学びながらも剣の勇者育成学校の教師をしているのだ。
「そうですよお義兄さん。私も大丈夫だと思いますし、なによりアニー君が大丈夫と言っているので大丈夫に決まってますよ!」
アニーの後ろからひょっこり出てきたのは魔道士の勇者、ムカイ サツキ。サツキはツカサと同じ日本人であり、歳は十六。黒髪のロングで全体的に発育が幼い。胸だけは発育がよろしく、そちらにエネルギーを吸われているのではないかとも。
彼女もアニーと結婚することになっており、第二王妃となる予定なのだ。こちらも現在は魔道士の勇者育成学校の教師をしている。
「どうでしょか、ツカサ。次期国王、王妃ともにこう言っているのですよ。やってみてはくれませんか?」
ラーナがからかうように言うが、ツカサは依然として首を縦に振らない。
「まだレティシアさんが何も言ってません!まずは彼女の意見も聞いてみませんか?」
レティシア・グリーン、僧侶の勇者である。フランス人で十九歳。ブラウンのロング、名前通りの緑色の目を持つ。とてもスレンダーであり、二人が可愛らしいに対してこちらは美しいという感じである。同じく僧侶の勇者育成学校の教師である。
「そうですね。私はツカサさんが望む方に賛成です。本人がしたくないことをさせてもそれは辛いだけですから。」
「レティシアさん…ありがとうございます!」
聖母のような言葉にツカサは感動を覚えずにはいられなかった。
「そうですか…。わかりました、それでは多数決にしましょう。今回はツカサ自身のことなので、ツカサは二票分ということでどうでしょう。」
ツカサは思った。ラーナ、アニー、サツキは賛成派、自分は反対派でレティシアは自分と同意見、すなわち反対派である。そうすれば三対三でやり過ごせるのではないかと。
「わかりました。それで賛成です。」
その瞬間ラーナがニヤリと笑っていたのをツカサは見逃してしまった。
「それでは賛成反対かをこの紙に書いて、この箱に入れてください。この多数決は再度行いませんので、しっかりと考えてから入れてください。」
そう渡された紙にもちろんツカサは反対と書き、箱に入れた。
「それでは結果を言います。票数百四対二で賛成となりました!」
百四対二。通常ではあり得ない票数。しかも反対は二票、つまりツカサしかいないということだ。
「ひ、百四対二って何故ですか!?四票は他のみんなであるとして、残り百票は……もしかして!」
「はいそうです。ここに居る大臣の方々です。私は多数決をすると言っただけで、大臣の方々は参加しないとは一言も言っていませんよ。」
そうニッコリと笑うラーナ。
「それじゃあ、レティシアさんは何で賛成の方に入れたんですか!?」
バッと振り返るツカサ。
「私はツカサさんが望む方に賛成です。…ですがツカサさんが教師となってくれればこれから会う機会もたくさん増える、とラーナさんに言われたので賛成しました。これで私はあのメスゴリラよりも一歩リードできますし。」
すぐに分かると思うがレティシアはツカサにゾッコンなのである。ある些細な事がきっかけで惚れたのだが、それもまた別の時に。
「い、いやそれは俺としても嬉しいんですけど、なんていうか、はい。」
別に鈍感系主人公でもないツカサは頰赤く染める。
「はいはい、それではツカサが教師となる事が決まりました。ですがツカサの事も少し考えまして、この、正体がバレないように外見を変える事ができるネックレスを差し上げます。どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。ですが俺は何を教えたら良いのでしょうか?別に俺自身に技術なんかは一切ありませんよ。」
そう心配そうに尋ねるツカサだがラーナはそれを聞くと、
「あなたそのものを教えれば十分過ぎるくらいですよ。」
そう言ってツカサに学校の場所と日時を書いた紙を渡してから、この会議?を終了させたのだった。