#2
文字が多くて雑黒いので、横ではなく、可能ならば縦で読んでくださればと思います。
ファストフード店特有の匂いに誘われ、半ば引きずり込まれる様にして、七海輝は店内へ入った。注文はいつも通り、メガ盛りのバーガーセット二つと、バニラシェイク。
この店に入るのは、決まって大きな抗争があった後だ。
人を殴ると神経が擦り減る。人に殴られると身体が疲弊する。
七海輝にとってこの場所は、心身のバランスを整える為のオアシスだ。疲れたら沢山食べるに限る。腹が膨れる頃には、すっかり回復して、家に帰ると泥の様に眠れる。
今日も、七海輝はそれを期待して店内へ入ったのだが。
「げ」
口からは、明らかな嫌悪が零れ出た。
「げ」
同時に、相手の口からも、より明らかな嫌悪が零れ出た。
暫く睨み合っていた2人だが、ポテトの焼きあがる音を契機に、
「何でお前がいるんだよ」
「何で自分ここにおるん」
と申し合わせた様なタイミングで声を飛ばし合った。
七海輝はこめかみがキリキリと痛むのを感じたが、それは先方も同じ様で、2人はまるで鏡の様に左のこめかみを抑えた。
少し冷静になろうと、七海輝は彼から離れた奥の席に移動した……のだが、何故か彼は七海輝の後ろについて歩いた。
「何でついて来るんだよ」
「別について歩いてる訳やない! 手洗い場がそっちにあるからや。サッサと退けろ! 」
「男の癖に便所の事、手洗い場って言うのかよ。このオカマ野郎! いい加減髪切れよ」
「いちいち絡んでくんな!
嫌いなんやったら関わらんでくれ」
嫌悪感丸出しの表情と捨て台詞を残し、彼……佐野雅はトイレへ消えた。
七海輝は胃袋一杯に綿が詰まっているかの様な感覚に襲われ、トレーをテーブルに乱雑に置いた。
努力が相手に伝わっているかいるかしていないかに関わらず、表立って愚痴や文句を言う事を良しとしない七海輝は、どうして彼に会うと感情を露わにしてしまうのか密かに腹立たしく感じていた。
その怒りの対象は、名前を言うだに気分の悪い男でもあれば、その男を醜く詰る自分でもあった。
自己嫌悪。
そんな気分で食べるハンバーガーは、ただ味付けの濃い、胃もたれするだけの高カロリーの塊でしかなかった。
同様にして、いつもは美味しいと感じるポテトも、今の七海輝にはパサパサした、塩辛い物質でしかない。
程なくして、佐野雅がトイレから出て来た。雅は七海輝の鼻の頭の辺りを一瞥し、
「まだケンカしとんのか」
と吐き捨てる様に言った。
ちょうど、七海輝の白い鼻の頭の上には切り傷が横一文字に走っていた。
「お前こそ、オレに関わるなよ。嫌いなんだろ」
その言葉に、雅の眉は、少し暗い影を落とした。
そして、言葉を発した七海輝自身の心また、軋んで痛みを訴えかけた。
永劫の様な沈黙を経て、
「お前なんか、大嫌いじゃ」
雅の薄い唇から紡がれた、この絞り出す様な言葉が、七海輝の心の壁に深く刺さった。
「おい……」
七海輝が言葉を返そうする前に、雅は七海輝に背を向けた。
女の様に綺麗な背中には、青い色が滲んでいた。
零れ落ちそうな程見開かれた七海輝の瞳は、トレーを返却し去って行く佐野雅をずっと捉えて離さなかった。
七海輝は唇を噛み締め、殆ど食べずにトレーを返却した。
そして、佐野雅が出て行った玄関とは真逆の方向から、店内を飛び出して行った。五月の雨は冷たく、七海輝の顔を容赦なく打ち付けた。
それは、まるで過去を顧みない七海輝への罰の様であった。
説明しない女と察しない男とはよく言うものの、説明しない男が本当にいないのか気になる。
逆に、察しない女もいると思うんだが。
むしろどっちもしない男女だっているはず。