君が君だった日
「…勉」
テレビを見ていた僕は声の方へ顔を向けた。
廊下からスリッパの擦れる音が聞こえる。彼女は寝起きらしく目をこすっていた。
「ただいま。」
僕はコーヒーが入っていたカップを片手にイスから立ち上がった。
「おかえり。」
彼女は眠そうな声で言った。時計は5時を少し回ったところを指していた。
「ごめん。起こしたか?」
キッチンに向かって、シャツをめくりカップを水に浸す。清潔感のあるブルーのワイシャツはやや皺くちゃになり、汗のにおいがしみついていた。
「また事件?」
「最近多いな。」
「ニュースもそればっかり。」
彼女はテレビのリモコンを動かし、チャンネルをかえた。紺色のジャケットをきた女性のキャスターが、淡々と手元の紙を読んでいく。隣町で殺人がおきたらしく、犯人はいまだ逃走中。被害者はロボットだった。
20XX年にロボット産業が発達し、今ではロボットは[人]として認識されるようになった。人間と同じように会話も食事もできる。誰が人で誰がロボットかなどわからなかった。なかでも医療はめまぐるしく発展した。事故や事件など何かしらの原因で亡くなった人間を生き返らせることに成功した。亡くなった人間の記憶をもつ家族や恋人、友人などの脳からその人物の記憶を複写して、ロボットのメモリーに記憶させ、外見もそっくりそのまま作られる。不死の誕生だった。
「シャワー入ってきたら?」
「ああ、そうするよ。」
「ご飯食べる?」
「いや、すぐ出ないといけないから。」
「そっか。じゃあシャツ用意しとくね。」
「ありがとう。」
3年前、彼女は事故にあった。車にぶつかって頭を強く打ち即死だった。先月に挙式をあげたばかりだった。仕事中、彼女の母親、美希さんからその知らせを聞いて上司の怒号を無視して病院へと向かった。彼女の顔には白い布が被せられていた。頭が真っ白になった。美希さんのすすり泣く声が聞こえた。彼女の父親、隆之さんと目が合い会釈をすると、ゆっくりと歩みをすすめた。
「秋は…」
本当に死んだんですか。そう続けようとしたが言葉がかすれてでなかった。秋が死んだことが信じられなかった。隆之さんは僕の言葉がわかったのか、静かに頷いた。目には光るものがうかんでいた。
「まったく、かなわんな…」
隆之さんは呟くように言った。その声は震えていた。
後日、秋の両親と僕は病院へよばれた。秋の記憶をロボットに移してみないかというものだった。美希さんは賛成したが、隆之さんは反対した。僕はどちらかというと反対だった。死んだ人間は帰ってこない、と思っていた。けれど、それで秋が本当に生き返るならとそう思う自分もいた。
結局、美希さんの意見に決定した。といっても美希さんの状態をみかねて、隆之さんが賛成したからだ。美希さんは心身ともに不安定だった。体はやつれ表情も暗く、以前の優しい雰囲気を漂わせた美希さんではなくなっていた。それほど秋を大切にしていた。愛していた。それは僕も隆之さんも同じだった。
秋は生き返った。まるで死んだのは夢であったのではないかというほどに、彼女は似ていた。黒のショートに右の目尻のほくろ、落ち着いた声までなにもかも同じだった。
シャワーを浴び終えるとリビングから鼻歌が聞こえてきた。彼女は機嫌がいい時、よく鼻歌を歌う。
「じゃあ、もう行くから。」
「行ってらっしゃい。今日は早く帰ってきてね。」
「わかった。できるだけ早く帰る。」
彼女は僕の腕にとびついて言った。そのかたい腕が彼女をロボットであると主張していた。最近は残業つづきだったので今日は彼女の誕生日であることを忘れていた。家を出て、帰りに彼女の好きなチーズケーキを買っていこうと考えながら車を運転した。ラジオからは優しげなメロディが流れてくる。僕はそれを口ずさみながら窓から差し込む朝陽に眼を細めた。まるで僕と彼女を歓迎するかのようだ。車を包みこむ優しいメロディと朝陽、彼女の誕生日。
[彼女]の。
「秋…」
僕はアクセルを踏んだ。何かが溢れてしまいそうだった。疲れてるせいだ、と自分に言い聞かせた。今日は仕事を早く切り上げよう。
プレゼントはネックレスにしようか。僕は彼女の喜ぶ姿を想像し、口の端をかすかに上げた。朝陽に照らされた薬指のそれは優しくひかっていた。




