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ワンライ投稿作品

利己的な満足感

作者: yokosa

【第35回フリーワンライ】

お題:

猫の涙

泣いたことさえ嘘にした


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 死の床に伏しながら、私は考えた。

「雀の涙」というものがある。雀ほども小さな生き物が流す涙、つまりごくごく僅かなもの、という例えだ。

 だがそもそも、雀が涙を流すことなどあるのだろうか。もしかしたら、そういった意味でも希少性が高く、僅かなものとして例えられるのかも知れない。

 私は考える。他の動物ではどうなのだろうか。

 そっとお腹を見下ろす。そこで丸くなっている生き物。白と茶色がまだらになった私の愛猫、コペンハーゲンは果たして涙を流すのだろうか。

 私は今まで彼が泣いたところを見たことがないし、猫が泣くなどと過分にして聞いたことがない。……彼は私が死んだら泣いてくれるだろうか。

 猫は死期を悟ると、自ら姿を隠すという。迷信の類いと言うのは容易い。弱った体を安心出来る場所で療養するために消えるのだと、断ずることは出来る。だが……今はそれが本当であると思いたい。

 自分の死期がわかるのなら、飼い主の私の死期もわかって欲しい。そして叶うならば、私の死に際して、涙を流して欲しいと強く思う。

 それが人間のわがままだとしても、最後の願いであれば許されるはずだ。

 私は猫のことを、コペンハーゲンのことを隅から隅まで熟知している。彼が生来目の病気を患っていることも。致命的ではないが、薬や手入れが必要だった。そして仔猫の彼のために寝床を作り、温め、餌をやり、ここまで愛情を注いだ。彼の身を案じて、猫に関する動物医学、動物行動学なども網羅した。

 わかっている。わかっているのだ。それでもその、「雀の涙」よりも希少で、貴い「猫の涙」を私に見せて欲しい。

 段々と、息が苦しくなってきた。私の死期はもうまもなくなのだろう。

 最後に彼の名を呼びたい。私を見て欲しい。そして泣いて欲しい。

 しかし、もう体には口を開いて声帯を振るわすほどの力も残ってはいなかった。私は落胆した。このまま寂しさを抱えて召されるのか。

 ――と、ぴくりとコペンハーゲンが身動ぎして、頭を上げた。彼の目が見開かれて、私をじっと見つめてくる。

 瞳孔がいっぱいに開いた黒い眼。それは瑞々しい黒真珠のように大粒の光を湛えていた。

 私の死期を彼も悟ったのだろうか。そばにじっといてくれるだけでも嬉しい。最後に看取られるなら最上だ。……ああ、だがもう、その目を手入れしてやることも出来ない。

 彼がまばたきすると、光の粒が雫となってこぼれ落ちた。

 ………………私はそれで満足だった。

 …………

 ……


 コペンハーゲンは動かなくなった主人をしばらく見つめていたが、後ろ足で頭を一度掻くと、寝所から飛び降りてどこかへ向かった。



『利己的な満足感』了

 タイトルは『利己的な遺伝子』とかけようとして上手くかからなかったみたいな。

 猫と言えば『シュレディンガーの猫』だけど、あまりにもストレート過ぎてつまらないから『コペンハーゲン解釈』から取っただとか。

 なんかそんな感じで。

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