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「コクーン!」
チェントロに入るといきなり声をかけられた。
今の時点で俺の名前を知ってるのは宿屋の人たちとギルドの人たち、変態一号と変態二号だけだ。
そして宿屋の人たちは宿屋で、アクロアはファームで働いているだろうから結果呼びかける奴は明星になる。
「革加工者って知らない?」
「振り向き様に挨拶無しでそれですか! 知ってますが、教えません。何故な――」
「あ、居るんならいい。探すから」
「――らって、ちょちょちょ、ちょっと待って! 最後まで話を……」
「どうせ返信が無かったからとか」
「……ギクッ」
「こっちからのメールが来ないだとか」
「……ギクッギクッ」
「そんなクソ面倒くさい理由で問い詰めるカノジョみたいな癇癪だろ? イヤだよそんな金にも経験値にもクエストすらもならない詰まんないもん聞きたくないわ」
「そんな殺生なぁ……」
食えない料理とかまってちゃんは投げ捨てとくことがいいだろう。めんどくさいの嫌いだし、金と時間の浪費になって仕事や遊びに費やすものがなくなる。
「で、明星さん。あなたが知っているレザーワーカーを紹介してくれませんか?」
「一気に距離が離れた!?」
「なにを仰っているのですか? 出会った時分からこの口調でしたはずですが」
「ちゃんと教えるから敬語やめてー!!」
こういうずけずけと仲良くなってくるお馬鹿な変体娘には丁寧な口調で一歩離れて接すれば堪えるからな。
「ま、八割方の嫌がらせは終わりとして、なんのようだ?」
「八割方って!? えっと……まあ、簡単に言いますとどこかで素材狩りでもしたいな〜……なんて」
「んで、お前が知ってるレザーワーカーはどこに居るんだ?」
「無視!?」
「無視じゃない。先に装備の目処を立てたいんだ」
「それじゃあ行ってくれるんですね!」
目を輝かせて詰め寄る明星の顔を手で押さえつける。どさくさに胸に狙いを付けているところは変態の鑑だ。とりあえず拳骨落としておく。旋毛に思いっきりツボを突くように。
「ここがお前が知ってるレザーワーカーがいるのか?」
「……はい。さっき連絡取ってみたらここで休んでるみたいです。ていうか旋毛のツボって迷信ですよね? しかもここバーチャルだから反映されないよね? なんかお腹痛いんだけど……」
「知らん。てか真っ直ぐつれて来られたから金作ってないんだが?」
「ああ、余剰の素材でも支払い可能って言ってましたから大丈夫でしょう」
カラスとウサギぼこってたからそこそこ素材が溜まってるから、それが本当なら安心だな。
レザーワーカーがいると言う場所はチェントロの商店街エリアの防具店。一回覗いてみたがだいたいRPGでの売っているプラス効果が一律な量産品で、初期金額では皮のシリーズを買うとほとんど吹き飛ぶことを記憶している。
「こんにちわー! カワラギさん居ますかー!」
「……おいーっす。おめえ誰だ?」
「あ、言ってなかったかな? 俺だよ明星。アバター変えたんだよ」
「ああ、お前女だって言ってたからな。で、そっちのがメールで書いてあった皮装備の依頼の人か」
「どうも、コクーンです」
出てきたプレイヤーの姿は紫色をした短髪目隠れ系のM型プレイヤー。背は俺よりちょっと下くらい。
自作の皮装備で固めているが、その姿は服飾系作業着に似ている。
「じゃ、早速依頼の件だが、何を持っている?」
「影兎の皮と月兎の皮なんだが……」
「なっ、あの群れを倒して十分な量を手に入れたのか!」
「まあな。夜の連戦は辛いものがあるが、明け方にもちょろっと居るからアルネブとニハルのレベ上げにちょうどいい感じになるだろう」
テイムモンスターの実力を数え間違えていなければ、一匹二匹ずつ倒せていけるだろう。俺一人だと五匹六匹の群でもいけるがな。
「素材の個数は足りるか?」
「ああ、たぶん足りるだろう。余った素材は料金として貰うがいいか?」
「話通りだな。なら全部出そう」
四マス弱あるゲッコーとシャッテンの皮を取り出して渡す。狩り続けていたら溜まった分だ。またシャッテンとゲッコーを作るなら狩ればいいだけの話だ。
「こんなに……。これで何を作らせるつもりだ?」
「コートだな。闇に紛れる隠密用のな。あと、フードはいらない。イメージはこんな風だ」
明星にとあるアニメのイラストを添付したメールをカワラギにまわしてもらう。まだフレンド登録してないから仲介しないと送れん。
「とりあえず完成報告するためにフレ送るわ。承認しろよ」
「ああ」
「ほかの用事はあるか? 明星の方はメールで用事がないこと知ってるから」
「なら簡易的な鍛冶設備ってのはあるかどうか知らないか?」
間違いでとったものの、せっかくなので腐らせるのもと思い考えていた。手持ちの短剣もボロくなってきていた事だし、毎回買い換えるなんて手間だからと言うのもある。
「鍛冶設備はこの防具屋にもあるが、個人で持つとなるとなぁ……。テスター組なら何か知ってると思うが」
「テスター……βテスターの人たちか。お前も独り立ちしたら店持つようになるんだろ? そこらのこと店主か親方的な人に聞いたこと無いのか?」
「レベルが足らないのか何なのか知らないが、お前にはまだ早いみたいな事を言われて教えてもらえない」
「そうか……。明星知り合いがいないか?」
「ほわっ!? そ、う言われても、テスター組はそれを探すのも一興だの、ヒントとアイテムくらいはとかのネタバレしない派が多くで、そのほかはまだ見てないですね」
1日組とテスター組が攻略組となっていて、いろいろと検証やマップの作成に右往左往しているみたいだ。掲示板でもマップの広さと職業補正のデータを出し合っているところらしい。
ちなみにテイマーは俺一人みたいだ。楽しいから別にいいんだけど。
「そうか。ならおいおい調べていくことが必要だな。カワラギだっけ? お互いに何かわかったら自分の裁量でいいが、教えてくれるとありがたいな。もちろんこちらからも情報は提供するしモンスターの皮素材の融通もできる」
「そういうことならこちらも願ったりだな。ほかの素材が集まったら持ち込んでくれるとうれしいぞ。もちろんウサギの皮でもいい」
「んじゃ、今後ともよろしくカワラギ」
「ああ」
その後二、三個作るコートの細かい作りや採寸をして店から出る。
次は耐久が減ってきた短剣と矢の補充だが、向こうに篭りっきりの状態だったのでアイテムが増える一方ファームの餌代で徐々にお金が消費されている。なので、先にギルドで納品依頼を持っているアイテムの中でできるだけこなしていった。そうするとアイテムボックスからウサギの肉とカラスの羽がごっそり消えて、懐が一時的にあったまるという結果を残した。
そこからいつもの武器屋で普通のの短剣を物色していると、なんか達磨みたいなおっさんが話しかけてきやがった。ちなみに明星はすれ違ったかわいい女の子の尻を追いかけてほいほいとどっかに行った。
「よう嬢ちゃん。短剣をそんなに買ってどうするんだ? 転売にでもするつもりか?」
「いや、自分用だが? いきなり話しかけてきていったい何のようなんすか?」
「いやいや、そんな散財気味の購入が気になってな。君のジョブはいったい何かな?」
「アーチャーですが、あなたいったい誰ですか? 変態ですか?」
マーカーの色からするとNPCと判断できるが、この人の用事はいったいなんだろう?
「サブは?」
「テイマー。てか名前言わないで話進めるとか不作法だろ」
「そうだったな。儂は鍛冶屋のディルマだ。ドワーフだ」
「俺はヒューマンのコクーン。誇れるような称号はまだないな」
首をすくめておどけてみせる。
「で、単刀直入に話しかけてきた目的はなんだ?」
「それだが、そのそこら辺に掃いて捨てるようにある量産品を大量に仕入れるとか勿体無くねぇか?」
「まあ勿体ないが、伝手も技量もないからこうゆうのことするしか」
その言葉を待っていたかのように口角を上げていい笑顔になって、俺にとっても利益になる話を切り出しはじめた。