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まっちゃんが生きている可能性がある。可能性があるなら、俺にとっては百パーセント生きているのと同じことだ。俺はただ信じて待っているだけでいい。
「なあ、シコウの弟があの世界から消えたのもまっちゃんのように自分の意志によるものなのか?」
あの世界で光となって消えたというシコウの弟についても聞いてみる。
「シコウ? ああ、あの東の大国出身の……」
「東の大国?」
「夢の世界で過ごすうちに忘れちゃったのね……。よくできているわよね、本当に。必要な知識は発達し続け、争いを産む恐れがある国名、宗教なんかの知識はゆっくり失っていくように設定されているんだから」
全ての記憶を思い出したと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。人類がまとまる上で不必要だと判断された知識なんかは長い時をかけて完璧に消去されていたって訳か……。
「そうね、あなたには中華料理や麻雀の発祥の地って言った方が分かりやすいかしら。言語は簡体字、あなたが知っている漢字の元となった言語を使っていた国ね。そしてそのシコウって人の弟さんのことなんだけど……。彼は元から身体が弱かったみたいなの。超長期期の冷凍状態に身体が耐えられたなかったみたい……」
「そうか……」
シコウの弟は現実の肉体の方に問題があったのか……。ただ、シコウが炒飯
が得意な理由だったり麻雀を知っていたり無駄に子纲という漢字が難しかったりした理由はそういう訳か。それにしても……
「ずいぶん俺達のことを知っているな……」
「当たり前じゃない。あなた達が通常の人とは違う動きをしていたのは脳波から何となく分かった。もしかしたらあの夢の世界を抜け出そうとしているんじゃないかって私は思ったわけ。あなた達の存在は私にとっても希望だったのよ。だから、あなた達のことはしっかり調べていたわ」
もう質問は終わりという風な目で俺を見つめてくる
「最後にもう一つだけ質問させてくれ。エリスのお母さんって……」
「私のママ? あの世界のことは外側にいる私にはよく分からないのだけど、ママは何か重要な役割を持っているみたい。だから無理に起こすことはできなかった……」
「……君のお母さんの名前は?」
「質問は一つじゃなかったの?」と言いつつ、エリスは笑いながら答えてくれる。
「マリアよ。もうあまりママのことを思いだすことはできないけれど、とても私に優しくしてくれたのは覚えているわ」
ああ、やはりこの子は……
「それに、ママにとっての私は七、八歳くらいの女の子であるはずだわ。もう私に会っても分かるかどうか……」
「分かるよ」
俺が即答したことを不思議に思ってか、エリスは首を傾げる。
「……なぜあなたにそんなことが言い切れるのよ?」
なぜ言い切れるかって? そんなの簡単なことだ。俺はマリアのことを知っている。彼女がエリスとの記憶を失くしているのにも関わらず、エリスのことを“大切な存在”と言っていたのを知っている。
そんな彼女は俺にとって――――
「マリアは俺にとって、初恋の人だからな」
※
「あなた、ママと会ったことがあるの!?」
「ああ、プロポーズまでしたんだけどな」
正確にはさせられたんだが。するとエリスは憐れそうに俺を見つめてくる。
「そう、敢え無く振られたってわけね……。確かにパパは私を産んですぐに亡くなったけど、ママを狙うなんて……高値の花にも程があるわ……」
「…………」
別に、振られたわけではないが、色々説明するのも面倒だしそういうことにしておこう……。
エリスは俺の肩に手を置き、諦めろとでも言うように首を横に振る。いや大分前から諦めるているさ。それこそ別れを決意したあの瞬間から。それに、実際のマリアも七、八歳の子供がいるくらいの年齢ってことだ。例え旦那さんが亡くなっているとしても到底俺には手が届かない。
「でもね、永志……」
エリスは俺の肩に置かれた手に強く力を入れ、視線を真っ直ぐと俺に向けてくる。ちょっと痛いよ、エリスさん……
「あなたの女性を見る目だけは本物よっ……!」




