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深層世界  作者: NAAA
第四章
61/65

17

 光が、ついさっきまでまっちゃんの身体だった、精神だった、光の粒が俺の手から零れ落ちる。その光はふわふわと漂いながら聖堂の天井に達する前に完全に消失してしまう。すがるように光の行く先を見ても俺の親友は帰ってこない……。そしてついに、最後の光の粒が消えてしまった。後に残されたのは長年まっちゃんの左腕にあったブレスレッドだけ。

 

「今、全てを知ってもなお、記憶を取り戻せて良かったと言える?」


 聖堂の奥に立つヤマツカミが呆然と上を見上げている俺に声をかけてくる。記憶を取り戻せて良かったか? 記憶を取り戻したことでまっちゃんはいなくなってしまった……。それが良いことな訳がない。ただ、それでも俺は……


「この世界は歪だ……。何時か抜け出し、現実の世界に戻ることを目的としているのに、ひたすらに真実を隠し続ける存在であるお前達がいる」


 俺はまっちゃんのブレスレッドを握りしめ、立ち上がる。涙を拭い、ヤマツカミの元に近寄る。


「真実を隠すことが悪い事って言い切れるの? この世界での暮らしは幸せではなかった? この美しい世界で、辛い記憶を忘れ、死ぬこともなく生き続けるのは幸せじゃなかったっていうの? 人間がいつの時代からか求めた楽園にもっとも近い場所ともいえるのに」


 確かにヤマツカミの言う通りかもしれない。この世界にいる人は確かに幸福を感じていただろう。でも、この美しい世界には……


「……未来がない。この世界にいる限り、俺達は一歩も先に進むことができないんだ……」

「いいじゃないか、未来がなくたって。僕達は、未来に向かう道筋を立ててあげているんだから。例えその未来は永遠にこないとしてもね」

「永遠にこない未来を追い続けても意味がない! そう思う人が増えてきているからこそ、この世界に違和感を持つ人達が増えてきているんじゃないのか?」


 俺の言葉にヤマツカミは押し黙る。十歳前後の見た目をした彼が、恐ろしいほど真剣な目で俺を睨みつけてくる。

 

「俺達は出ていくぞ、この世界を。人々に真実を知ってもらうことで」


 俺はそう言って聖堂を去ろうとするとヤマツカミがなおも食い下がってきた。


「待ってよ! 君にそうさせるわけにはいかない」

「いくらお前が止めても俺の考えは変わらない」

「止めるよ……力づくでもね!」

「どうやってだ。お前は俺達に手出しはできないはずだろう? そうプログラムされているはずだ」


 ヤマツカミ達はいつか現実の世界に戻るため、つまりこの世界を終わらせるため(・・・・・・・)に、この世界を存続させて(・・・・・)いる。一見矛盾しているこの難題にヤマツカミ達は必死に応えようとしてきた。その結果、仲間であるはずのクレイオとヘラクレスが戦うはめにもなったんだ……。


「違う! 僕は、僕達はただのプログラムなんかじゃない!」


 いつも飄々としていたヤマツカミの姿はもうなかった。感情をむき出しに怒るその姿は、年相応の少年にも見える。



「君に世界に真実を広められる訳にはいかない! この夢の世界が終わろうとするとき、人々に本当にその時かを考えさせるのが僕の役目。この世界を存続させること、この世界で生きていくこと、それが僕の存在理由……」


 俺はヤマツカミを一瞥して、聖堂の出口へと向かっていく


「行こう、シコウ、アル、マリア。俺達がやることは変わらない。この世界の人達に真実を知ってもらうんだ。これからはやることがいっぱいあるぞ。それに……まっちゃんは正確には死んだわけではないはずだ。現実の世界でその体は確かに存在し、生きている。まっちゃんはどうなったのか、それが分かればもう一度目覚めさせることだって……」

「ああ、そうだな。正隆ならきっと」

「まっさん……」


 シコウとアルが声を振り絞って答えてくれる。


「待ってよ! 君達を行かせる訳にはいかないんだ!」


 ヤマツカミの必死の叫びに俺はもう一度振り返ってしまう。そこにはどこから取り出したのか、拳銃を右手に持ち、俺に狙いを定めているヤマツカミがいた。


 

 ヤマツカミが涙を流しながら手を震わせて引き金を引こうとしている。無駄だ。ヤマツカミは自分で言っていたはずだ。自分は攻撃できないと。俺達に攻撃でき、真実を追うことを邪魔できるのは、オーディンやクレイオといった存在だけだったはずだ。


「僕は、僕は! この世界に存在している! 君達が現実の世界を思うように、僕はこの世界を思っている!」


 ヤマツカミにはそのようにブログラムされていない以上、俺を止めることはできない。その引き金を引くことはできな……


 ――――パン


 聖堂に響き渡る銃声。放たれた銃弾は俺の胸に吸い込まれていく。

 時間間隔が歪み、世界がゆっくり動き出す。俺は立ってられなくなり、よく磨かれた床に倒れ込む。床のひんやりした感触が肌に触れ、研ぎ澄まされた感覚の中では冷たすぎるほどだ。


 銃声、そして俺が倒れる物音を聞いて少し前を歩いていたアル、シコウ、マリアが駆け寄ってくる。


「どうして!? 何で永志を……。君達は僕らに対する攻撃はできないんじゃなかったの!?」

「永志! 永志! しっかりしろ! クソッ、お前が今永志を排除しようとしたって世界は変わらないだろ! どうして、こんな……」


 ヤマツカミは悲し気に、それこそ全く人間と変わらない表情で言う。


「いいや、変わるよ。今回の世界で僕達の予想を越える出来事を起こった要因は二つある。正隆と永志という過去を共有したことのある二人が出会って、結果的に多くの人達が世界に違和感を持つようになったこと。永志達との出会いによって今回の世界の指導者であるマリアに大きな影響を与えたこと。この二つが重なって世界は終わりへと動きだしたんだ。今回の世界で需要な役割を持った永志を排除することは僕にとって、この世界の存続にとって、とても意味のあることなんだよ。


これまで世界は何度も繰り返されてきた。その世界での指導者の方針に従って、ある目標にたどり着けば世界はリセットされ、繰り返されてきた世界の中の一層となる。林業、農業、医療の発達目的とした指導者はこれまでにたくさんいた。そしてどの世界でも正隆は世界に反逆することを選択していたんだ。ただ、今正隆は真実を知り、この世界に存在することを諦めた。僕達が長年手を焼いていた正隆はもういない。僕がもう一度強制的に世界をリセットすれば、この夢の世界は存在し続ける……」


 マリアが泣きながら俺にすがりついてくる。


「永志さん! 永志さん! いかないで……! あなたはまだこの世界に必要な存在です……!」


 ああ、ごめん。ごめんよマリア。でも体がもう動かない。俺に覆い被さるようにしているマリアの顔と聖堂の白い天上。その二つがキラキラとした光の中にあってとても幻想的だった。そんなことをぼんやりと考えていて俺は気付く。ああ、そうか。この光は俺から出ているのか。


 全ての真実を知れたのに。まだ必要としてくれている存在がいるのに。


 最後の最後で


 俺は


 死んだ――――


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