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ああ、そうだ……。すべて、思い出した……。俺達は逃げてきたんだ。真実があまりにも辛く、悲しい姿をしていたから。現実から逃げて、逃げて、この美しい夢の世界に……。
アルが俺達の様子を見て悲しそうに佇んでいた。ああ、こいつは俺達よりずっと先に真実を知っていたんだ……。その表情を見て俺は理解した。
「何で……アルは俺達に黙っていたんだ? どうして、お前だけが先に真実を知ることができた……?」
攻めるつもりはない。頭のいいアルのことだ。何かしらの事情があったのだろう。でも、初めて会った時には自分の名前しか知らなかったこの不思議な少年がいったい何者なのか、それが知りたかった。
「永志……。僕は“王”に選ばれたみたいなんだ。マリアがこの世界の“指導者”であるのと同じようにね。といっても僕はもし現実の世界に戻った時に“王”という存在が必要になった時のために用意された存在みたいなんだけど……」
アルがそう言うとその傍に控えていたうさじいが一瞬で白い装束をきた老人の姿に変わった。
「お、お前……! なんでうさじいが……!」
驚いている俺を見て、その老人は苦笑いをしながら口を開く。
「騙していたようになってしまい申し訳ありません。私はゴータマ・シッダールタ。“王”の選定者として存在している者です。今まではうさじいとしてアル様の傍にいて、アル様が真の王となられるように教育していたのです。アル様に口止めしていたのは私です。責めるなら私を責めてくださいませ」
「アルが“王”……?」
そういえばイシス達の仲間である白装束の老人の姿を見なくなったのは、うさじいが”鷹の団”に加わった頃だった。アルが“王”というのはいまいち理解できないが、アルもマリアと同じ様に世界から選ばれた存在だったのだろう……。なぜアルなのか。なぜ“王”という存在が必要なのか、ということは分からないが……。顔にそうでていたのか、元うさじいであるところの老人が説明し始める。
「“王”という存在は人々をまとめ上げるために最も明解にして、最も重要な役割と言えます。古代より、文明が発達してきたところには名だたる権力者達がいて自らを王や皇帝と名乗っていました。“王”が優秀であれば、その国は発達し続け、“王”が愚かであれば、その国は亡びる。ならば、初めから優秀な王を用意して、新たな文明を始めればいい。そう思いませんか? アル様は今いる人々の中で一番王に相応しいと私が判断致しました」
「あくまで決めるのは、その世界に生きるあなた達です。この夢の世界のように民主制を取って人々をまとめていくのか、アル様を”王”とすることで人々をまとめるのか。私としましては、アル様の王の資質を傍で充分に見てきましたので、王の元で新たにスタートする方、世界が発達するのが速いと考えております。それに、優秀な王が一人いればいい。今では不老不死とまではいきませんが、寿命をかなり引き延ばすことのできる薬も開発されていますから」
アルが“王” ……。確かに言われてみればふさわしいような気がしてくる……。適度にわがままで、人を引き付ける魅力があり、ずば抜けて頭がいい。“鷹の団”を実質的に取りまとめていたのもアルだ。不老不死の薬に似た薬があるとはにわかには信じられない話ではあるが、もしそんな薬が存在するなら”王”の元で新たな世界をスタートするのは悪くないように思える。
「永志、一つだけ付け加えたい事があるんだ……」
アルが真剣な目で俺を見つめてきた。きっと、こいつにも“王” としての自覚が……。
「僕は僕のことをアルだと思っていた……。でも違ったんだ! 僕はアルフレッド・ベットフォード! こんなに立派な名前があった! どう、かっこいいでしょ!? ずっと言いたかったんだけどうさじいに口止めされててさ……。ごめん……」
「いや、別に…………」
そんなどうでもいいことに頭を使わせないでくれ……。やっぱりアルが“王”っていうのは不安でしかないような……。
「アル様は血統的にも“王”に相応しい方なのです。人々が眠りに着く前、アル様はとある国の王子でありました」
アルが偉そうに胸を張っている。そうか、アルは偉かったのか。そうか、そうか。
ただ、アルが”王”であることが適切かどうか、という個人的な疑問は置いておき、そういう存在が用意されていたという事実は重要だろう。俺達は現実の世界に戻るため、その準備を進めていたんだ。誰も知らないところで少しずつ、着実に。ただ、その事実を知っているのは今ここにいる俺達だけだ……。では、真実を知った俺達がするべきことは……
「永志! 正隆が!」
まっちゃんと共に聖堂の入り口付近で待機していたシコウが俺を呼んできた。いったい何をそんなに慌てているんだ? もう少しゆっくり考えさせてほしい。これから俺達がすべきことを考える時間がほしいんだ。それはまっちゃんだって同じなはずで……。
「……まっちゃんがどうしたって?」
俺は頭に手で押さえながら、ゆっくりとまっちゃんがいる方を振り向く。そこにはいつも強気で、この世界に対して誰よりもひたむきに戦ってきた友人の姿があるはずだった。しかし、俺が目にした彼の姿は……
「ま、まっちゃん!!」
床にうずくまり、体が少しずつ光となって消えていた。




